第2話 YouTudoとYURINDO

「ここがYouTudoの及ばない聖地とはいえ、OKミューズコットンを外套がいとうに紙の本を持つそのお姿は危険でございます。こちらへ」


 何言ってんの、とくちばしまで出かかってブッコローはそれを飲み込んだ。今の最優先事項は水をもらうことである。彼らが何者であろうと好意的である限り、様子を見るべきだ。

 しかし、老いた男の後ろに寄って来た者達が怪しむ視線をあらわささやく。


「おい、今度は大丈夫か? 怪しくないか?」

「お前にはあの方の握る光が見えないのか!?」


 彼はいきどおった。胡乱うろんな目をブッコローに向けた者達は次の瞬間、叫ぶ。


「まさか! 失われた技術ロストテクノロジー、ガラスペン!?」


 ざわめきが起こり、彼らは互いを見交みかわした後、次々と礼を取る。幼い姿が再び笛を吹き、アルペジオの様な響きが柔らかく辺りに満ちた。不意に周囲の景色は消え、空っぽの部屋がそこに残る。


 ――えぇぇぇ!? もしかしてVR? めっちゃくちゃ科学技術、発展してるんですけどぉ!? なんでガラスペンがロストテクノロジーな訳? ついでに私の決死のウォーキングの意味はっ?


「ご安心ください。これはYURINDOの御技みわざ。YouTudoではございません」


 ブッコローの驚きを勘違いしているらしい年寄りは笑みを浮かべ、隣室へと彼をいざなう。

 そこは古いが、何処どこか懐かしさを感じるたなやテーブルのある空間だった。姉弟だろうか。ブッコローの倍程の背丈せたけの子達が瞳をきらきらさせながら丁寧ていねいに彼のOKミューズコットンを解き始める。


「すっげぇ! ストライプとボーダー混ざってるぜ!」

「しっ! 使者様に失礼でしょ!」


 幼いやり取りにブッコローも思わず目を細めた。勧められた席に座った彼の前にはあめ色の液体の入ったスパウトパウチがうやうやしく置かれ、むさぼらないよう細心の注意を払いながら吸い込むと、野菜スープに甘みを加えたような味が広がる。疲労回復薬だろうか、と首をひねるブッコローに古老は語り出した。


 この世はYouTudoとのみ呼ぶことが許される絶対者の体である楽園。

 それが民の認識だった。YouTudoは何もない箱を町にし、部屋にし、一瞬にして荒野にもできる。

 住民がその箱の与えられた区画で規律通りエネルギー生産にいそしめば、そこは荒れることなく快適さが約束され、過不足なく必要な物が与えられた。物は混乱と堕落だらくを呼ぶため、YouTudoが計算・管理する必要があり、最適な恵みに感謝して住民は生きている。

 その物の中でも紙は桁違けたちがいの悪だった。全ての邪悪の根源は紙であり、紙に文字を記す行為は最大の罪とされる。太古、紙を司ったYURINDO邪神を打ち倒し、民に平穏をもたらしたYouTudoへの背信はいしん見做みなされるのだ。

 YouTudoは紙を取り上げ、筆記する技術を徹底的に排除した。

 しかし、YouTudoは神ではない、という伝説を持つのがここにいる者達であり、特異点より絶対的に君臨するYouTudoの弾圧からYURINDOが守るこの小さな一画を聖地と呼んでいるらしい。


 ――うわぁ、嫌な予感しかしねぇ……ラブコメの世界線が良かったんだけどなぁ。


 ブッコローは重々しくうなずいてみせながら落胆する。その真意を知らず、長老だというその男は苦悩の表情で彼に迫った。


「YURINDOの加護の下、私達はきのこや野菜を作り、物を修理して伝えておりますが、苦労は多く、一族を裏切りYouTudoへ走る者も少なくありません。その度、聖地はおびやかされ……。物に執着することはやはり罪なのでしょうか?」

「いや、私はそういうとこから来たので罪と言われても。皆、幸せそうだったし」


 ブッコローは考えるより先に答えていた。キムワイプに目を輝かせ、どんぐりの粉で想像上の食物を作り始める有隣堂の社員達の、楽しそうな珍獣ぶりは死んでも忘れられない。

 それを聞くや喜びの波動は広がり、長老は涙を浮かべて仏壇ぶつだんに似る棚の方へうなずいた。脇にいた者達が神妙しんみょうひざまずき、両側から扉を開ける。


「やはり貴方様で間違いなかった。ご覧ください。我が一族に預言よげんされし救世主の聖画像でございます」


 変色しながらもイエローを保つ鮮やかな紙はOKゴールデンリバー。

 そこに大きく描かれる顔はまぎれもなくR.B.ブッコロー、そのミミズクであった。

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