第2話

 俺はクソみてぇな生活をおくる、ろくでもねぇ人間だった……気がする。今はもう名前すら思い出せなくなってきたが、それは覚えている。

 そんな荒んだ生活の中での唯一の楽しみがテレビゲームだった。周りにバレねぇように必死に隠しながら、ガキみたいな必死さでのめり込んでいた……はずだ。

 

 中でも、よく覚えているのが『学園都市ヴァイス』。いわゆるファンタジー世界の住人となって、十五歳で名門学園ヴァイシャルに入学し、巨大な学園都市ヴァイスでの三年間の学園生活を楽しむ。主人公の性別・見た目・能力から始まって、学園での専攻や授業態度、果ては対人関係まで自由自在に過ごすことができる学園生活シミュレーターだった。

 

 日本中のゲーマーが熱中したそのゲームに、当然俺もハマった。特にクソッタレを殴って脅すような仕事の後は、黙々と何時間もやったもんだ。ゲームの中だけでも正義の味方として過ごすことで、現実で暴力に身をひたすたびに感じた快感をなかったことにできる気がしたからだ。

 

 そして大好きなゲームの中に登場する、俺が大嫌いだったキャラクター。それがアル・コレオ。自由度の高い『学園都市ヴァイス』内で、どういうルートを辿っても必ず悪役として主人公の邪魔をする貴族の次男坊で、その悲劇的な背景設定から一部には人気があったらしい。

 悲劇的……、そう、俺が今そのアル・コレオ本人だとするならば、これからそうした運命が待ち受けていることになる。

 

 全ての悲劇の根源はコレオ家という貴族の特殊性にある。表向きは真っ当な普通の貴族だが、男爵という末端の地位にありながらその存在は公爵や王家であってすら軽んじていない。

 それは学園都市ヴァイスを擁するこのフルト王国を治める貴族の中でも、闇の部分を担当するのがこのコレオ男爵家であるからだ。コレオ家の次期当主が決定すると、その次の継承権者――つまり今代は俺――がフルト王国に根を張る裏組織の頭領となる。パラディファミリーという名のその組織こそが、権力者のために王国の暗い部分を監視し、時には干渉するための秘密組織として機能する。

 当然、汚れ仕事や権力闘争の渦中に叩き込まれることになり、学園入学と同時に十五歳で“ドン・パラディ”となったアル・コレオは、徐々に心が疲弊していってついには完全に闇に呑まれることとなる。

 

 ゲームの物語後半では、そうして主人公の直面する様々な問題で黒幕として悪逆非道に描かれる悪役貴族アル・コレオだったが……、さっきも言ったように俺は大嫌いだ。

 クソみてぇな現実から目を背けたくてしているゲームなのに、こいつは俺に現実を思い出させるからな…………。

 

 まあ、いいや。そんなことより、だ。

 俺は今、正直いって複雑な気分となっていた。

 

 大好きだった、焦がれていた、そんな『学園都市ヴァイス』の世界に立っている。それはつまり、俺が疎んでいたあの“現実”から、逃れられたということでもある――それが死んだということであっても。

 それと同時に、今の俺には間違いなく過酷な運命が待ち受けていることも知っちまっている。

 

 徐々に“俺”が薄れていっていることは自覚しているが……、不思議とその事に不快さや恐怖は感じない。知識は全く褪せずに残っているからだ。

 ――裏組織? 上等じゃねぇか、それなら慣れてる。お貴族様ってもんはよくわかんねぇが、要はこれから学園入学までの五年間で、見えてる地雷を回避するための準備をすりゃあいいってことだ。

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