リサイクルショップ『異世界堂』

椎楽晶

リサイクルショップ『異世界堂』

 ここはリサイクルショップ『異世界堂』。

 異世界から流れて来た様々なモノを売るお店だ。

 店長は緑の髪で耳の尖ったな見た目のエルフ。

 訪れるお客さんは、二足歩行の動物や手のひらサイズの妖精、半透明のゴーストと…まさに人外。まさに異世界なラインナップ。

 もちろん、店長みたいに『人』に酷似した見た目のお客さんもいるけれど、もれなく人外。『人間』ではない。

 ちなみに私はこの世界の住人の言うところの『異世界』…地球の日本産の女子高生。

 お店の裏にはちょっとした滝と池が水源になって、丘をくだり森へ流れる頃にはそこそこの川になっている。

 私はその池に、お店の売りモノにする漂流物と同じように浮いていたらしい。

 世界にはこんなふうに『異世界』と繋がり漂流物が流れ着く場所がいくつかあって、基本は国が管理している。

 たまに個人が所有しているけれど、そう言うのは古くからある名家や超お金持ちなんだとか。

 

 「こんなにとした店やってんの、ここの店長くらいよ」


 と、豪快に笑って教えてくれたのは、赤い鱗のトカゲの奥さん。得意技はファイアーブレス。

 けれど実はこの店長。ただのエルフの店長じゃない。

 実は魔王なんだよ。ここに流れ着いた日に教えてもらった。初対面で打ち明けて良い身の上話じゃない。

 

 「君みたいに、たまに『生きた人間』が流れ着いてくるからここに居るんだ」


 他の場所は『物』だけだけど、ここの池はたまに私みたいに『生きた人間』が漂流してくるんだって。

 たまに、と言っても数百年に1〜2回程度。

 この世界の誕生と一緒に存在している魔王な店長にとっては、『たまに』の範囲なんだろうけれど…。長命種ってこわっ!!


 そんな人外の恐怖をたまにチラつかせる店長のお仕事は、池に流れ着いた『異世界』の漂流物をリメイクして、この世界で使えるようにすること。

 『異世界』産のモノには魔力的なものが何も宿っていないけれど、無尽蔵に魔力を込められる。魔道具と呼ばれる魔力で動くこの世界の道具に引っ張りだこな素材なんだとか。

 同じサイズで同じ効果をの魔道具を『異世界』産の材料で作ると、出力パワーが段違いらしい。

 池に流れ着くモノを回収し、キレイにして魔道具に作り替えたり、素材として職人や仲介業者に売ったりしている。

 それともう一つ。この『異世界堂』の名物は店長お手製のお菓子だ。

 クッキーだったりパウンドケーキだったり飴玉だったり、そこそこに日持ちするお菓子。種類はその日によてまちまちで、『売り切れ御免』で販売されている。

 中にはお菓子だけを目当てに日参するお客さんもいて、そこそこに猛獣のいる森に囲まれた小高い丘の上のこのお店に毎日顔を出している。

 辺鄙へんぴな場所にある店なので、月に1回でも来てくれれば常連と言っても過言ではないお店なのに…。あの人のお菓子に対する熱意には脱帽だ。

 今日も今日とて来店し、ビスケットを上限いっぱいまで購入。満足顔で『明日も来るからよろしく』と言って帰っていった。

 これにてお菓子は売り切れ。それを店長に報告すれば、


 「それじゃあ、今日はお菓子作りだね。ちょうど今日、材料届くから良かった」


 と、閉店後の予定を告げられる。

 このお菓子作りが私は苦手だ。ついでに言えば、材料を届けにくる業者の人も苦手だった。

 そもそも出会いが悪かった。

 この世界に来て、自分の認識がぐずぐずに溶かされ作り替えられる混乱の日々にあって『これはいつ売る?』『鮮度が大事だ』『バラすときは呼んでくれ』と指さされながら言われたのだ。ワニの顔した業者に目の前で舌舐めずりされて、生きた心地は木っ端微塵。

 それ以来、私はしっかり店長のモノだ、と言う証が体に刻まれている。

 装飾品アクセサリーとかだと、素知らぬ顔して外すやからもいるらしい。刺青タトゥーは痛かったけれど、背に腹は変えられない。命大事。

 でも、後から思ったけどさ…皮膚剥がされたらどうする?

 …これ以上は考えないように蓋をしよう。


 閉店間際の時間帯、やってきた業者は今回も舐めるように私を見る。

 手の届く距離ではあるけれど、間にあるカウンターが今は命綱だ。それでも、居心地の悪さに腕をさすっていると、店長がスッと前に出て業者に何やら耳打ちする。

 途端に彼は慌て出し、荷物と伝票をカウンターに置くとそそくさと帰っていった。

 さすが店長(魔王)。きっと、何か肝を冷やす一言を言ったのだろう。恐ろしい。けれど、私としては保護者であり雇用主が頼りになって大変心強い。

 扉の看板をひっくり返し『close』にして灯りを消し、簡単に床の掃き掃除をしている間に、店長が晩ご飯の準備を始めている。スープの良い匂いが2階のキッチンから降りてきて、お腹がなりそう。

 ここに流れ着いたばかりの頃は、店長は魔王だし自分は超絶弱者で店から1歩でも出れば死ぬと教えられて恐怖で部屋からも出られなかった。

 お店に出て接客できるようになって、店長と向かい合ってご飯が食べられるようになるなんて考えられなかった。

 朝は時間が合わないし、昼は交代なので一緒にご飯を食べるのは晩ご飯だけ。

 話は、この世界のお勉強だったり『異世界』の話だったり、今日来たお客さんの話だったり…二人きりの食卓だけど会話が途切れることはなく、いつも和やかで穏やかにすぎていく。何より、店長のご飯はお菓子と同じくらいに美味しい。

 しかし、話が『お菓子作り』になった途端に、私は店長から目を逸らしてし俯いてしまう。

 その様子に店長は、仕方ない、と言うみたいに苦笑して、けれど必要なことなので話を続ける。仕事に関しては、決して甘やかしはしない人。

 『お菓子作り』が苦手な理由は、店長(魔王)が魔王の顔をあらわにして『お菓子』を作るからだ。

 

 普段、ご飯を作ったりお茶を入れたりする2階のキッチンとは別のキッチンが、知られざる地下にある。

 お客の誰も知らない秘密の地下。それもめちゃくちゃ広いし深い。

 私はその一部しか把握できていないし、立ち入りも許可されていない。

 その中の一室に、『お菓子作り』の部屋がある。

 2階のキッチンで準備した次のお菓子、フィナンシェとマドレーヌの生地を持って地下への階段を降りる。店長は先に降りて『お菓子作り』の準備を整えているはずだ。

 扉をノックして中に入る。部屋の真ん中には怪しげな黒い大きな鉄の鍋が鎮座しており、ぼこりぼこりと青緑色の液体が沸騰していた。

 甘い匂いが充満し、全体的に煙っぽい。換気が悪いのは地下だからなのか、今からやることがやることだからか。


 「それじゃあ今から混ぜてくから、小分けしたのを生地に混ぜてってね」


 業者が持ってきたお菓子作りの大事な材料…赤色のピンポン玉を、ざらっと無造作に鍋に放り込む。

 青緑色だった液体が徐々に紫色にな理、粘度が上がりゲル状になったあたりでバットに寄り分けたものを作業台に差し出される。

 大きな鍋のそばに浮いてかき混ぜる店長の今の姿は、まさに魔王。

 緑の長い髪をうなじで緩く結んだエルフの姿は、リサイクルショップの『店長』の姿。

 その肌が薄く紫に染まり、額には第3の目、捻れた2本の角。黒く染まった瞳の中心には血のように真っ赤な瞳孔が爛々らんらんと輝いている。これが『魔王』の姿。

 昼間の店長の格好でこの姿はアンバランスさが酷いが、それでも掻き消し切れない威圧感がある。

 ぐっちゃぐちゃに混ぜられた蛍光紫のゲルを、丁寧に作ったクリーム色の生地に混ぜるのはいつも気分が悪い

 純日本人の私は、青とか紫とか緑とか…およそお菓子に似つかわしくないカラーが混じるのが受け付けられない。そりゃ、ハロウィンの時期のお菓子や紫芋のお菓子は知っているけれど馴染みがあるものじゃない。

 外国のケーキ店のショーケースに驚く、一般的な日本人の感性だから仕方ないよね。

 マドレーヌ生地に蛍光紫のゲルをざっくり混ぜてマーブルになったのを型にべちょべちょと流し込んでいく。

 ふと、作業台の隅にまだ赤いピンポン玉が残っているのに気がついて、これは使わなくて良かったのか聞けば『それは別のに使うから』と返答が返ってくる。店長は鍋を空中に浮かせて豪快にガシャガシャ洗っている最中だ。

 『魔王』が鍋を洗う。やっぱりおよそ姿だよね。魔王ってお城でふんぞり返ってるものじゃないの?

 鍋に放り込んだよりも澄み切った赤い玉は純粋に綺麗だ。作業の手を止めじっと見ていると、フッと玉の中に男の子の顔が見えた気がした。

 驚いて、もっとよく見てみようと手を伸ばすと、いつの間にか片付けを終えた店長が横からサッと玉を取ってしまった。


 「ほら、早くしないと焼き上がりが夜中になっちゃうよ」


 急かされて慌てて残りの生地を型に流し込んでいく。マドレーヌが終われば次はフィナンシェだ。大きなかまどで大量に焼けるとはいえ、そもそもの数が多い。

 私はピンポン玉のことはすっかり頭から放り出し、不気味なお菓子作りを再開した。





 ここは『異世界』からの漂流物を扱うリサイクルショップ『異世界堂』

 世界各地にある漂流物の流れる場所の中で、唯一無二の『生きた人間』も流れ着く場所を有した店だ。

 この世界の魔力を司る存在としてこの世に存在してから、僕はこの場所を管理してきた。

 次第にこの世界にも知性体が増え、この場所がバレるのも近いだろう。

 そうなる前に僕はここを占有している証として、世界の魔力を司る存在…略して『魔王』であるのを隠し店を構えることにした。

 商いは意外としょうに合ったのか、今ではすっかりと板についている。たまに当代の王や金持ちが漂流物の流れ着く地を欲しがり人を送ってくるが、創世記より生きている僕に勝てるはずもなく始末させてもらっている。

 結果、この場所は不可侵として世界中で認識されるに至った。

 歴史が刻まれ語り継がれるるようになって数百年。その間、一度も侵略を許さない上に、侵略者が漏れなく死亡していると伝われば手を出そうとも思わなくなるのだろう。

 他の漂流物の流れ着く場所ならいざ知らず、この場所は特別なのでこの世界の住人に知られるわけにはいかない。


 流れ着く『生きた人間』は、この世界で意識を保つ魂を持つものはいない。肉体的に『生きて』いるだけで、その精神は実は死んでしまうのだ。

 肉体はやがて精神に従い緩やかに死んでいく。

 僕はそれが勿体なくて、魂を抜き出し肉体はコーティングして人形にして売り出した。死んで流れ着く『人間』も同じようにして売っていたからそれと同じように。

 ただ、魂をどうしようか悩んだ。

 死んでいるとはいえ『異世界の人間』の魂。何か使い道があるかも知れない。

 しかし、使い道を思いつくこともなく数百年ごとに溜まっている魂が箱にいっぱいになった頃、『異世界』から魂を集めて食べる食文化や、魔道具に入れて動かす動力にする技術が発明された。

 それを真似して僕もお店の新商品にすべく、試行錯誤を繰り返す。

 お店は面白かったけれど、こうして新しいことを始めるのは更に楽しい!!

 箱いっぱいに溜まっていた魂を使って色々と試した結果、鍋でぐちゃぐちゃに煮込みお菓子の生地に混ぜて試しに売ってみたら大ウケ。

 元々、質の良い漂流物や魔道具を販売するとして知る人ぞ知る店だったのが、『実はお菓子もお美味い』と密かに有名になった。

 分かる人なら分かるお菓子の原材料。業者が嗅ぎつけ、『異世界』の魂を売り込みに来てからは、魂はは業者から買い付けることになった。ストックしていた魂は、あっという間に底をついたからだ。

 どこから入手してくるのか大量の魂の中には、とても綺麗で純粋なモノも混ざっていた。そういう魂は別に避けて、魔道具に入れるようにした。

 しかし、最近の魂の質は少し悪い。

 あの業者が特に、とい言うわけではなく魂全体でそうなっているようだ。少し老いた魂が多いせいか?

 今回の材料となった魂も濁り腐ったものが多かった。それでもお菓子のクオリティを保てるのは魔王の技術と言えるだろう。

 これ、うちの店のちょっとした自慢。

 唯一入っていた純度の高い魂は、久しぶりに動力に使おう。良いものが出来上がる気がする。

 そう思って別に置いていたら、一緒にお菓子を作っていた子がそれに気がついた。

 この子は世にも珍しい『生きた人間』。店で店員もしている働き者の良い子だ。

 お客は、精巧な人型魔道具に上物の魂を入れたと思っていて、飽きたら買い取って魂を食べたいと思っているやからもいる。

 絶対に誰にも渡さないけれどね。なんたって特別な子なんだから。

 池にプカリと浮いていた数百年ぶりの『生きた人間』は、この世界の話を聞いても精神を壊さなかった。

 酷く怯え、部屋の外にも出られず震えていたのに、ある日突然吹っ切れたような顔をして部屋から出てきて『生き残る方法を教えてください』と真っ直ぐに僕を見つめてきた。

 か弱く儚く、興味深い可愛い存在。

 気が遠くなるほど生きてきて、そんな存在は初めてだった。

 僕は、数ある生き残る方法の中から『この世界の魔力を司る存在魔王』の眷属となる方法を、それと教えずほどこした。

 これでこの子は僕のモノになった。

 初めは『人間』の肉体だったけれど、僕のあげた眷属の証と『美味しい美味しい』と食べている魂入りの食事やお菓子のお陰で、肉体は再構築されている。

 その証拠に、この子が来てからもう100年以上は経っているけれど肉体は成長せずこっちに来た時のまま。

 気がついているのかな?それとも、無意識に心を守って気が付かない様にしているのかな?


 どっちでも良いよ。僕とずっと一緒にいてくれるのならね。


 売り物のマドレーヌに魂をぐちゃぐちゃに煮溶かしたものを混ぜ込む僕の『人間』。必死なその姿が可愛くて、いつまでも一緒にいてね?と小さな声で呟いた。

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