【短編】ハンバーグ

藤塚マーク

ハンバーグ


 永一郎は悩んでいた。

 スーパーの特売コーナーに並んでいた食材であるが、どうしてもミンチ肉だけが見つからなかったのだ。


「どうしよう。今日はハンバーグの気分なんだけど……」


 手元の長財布をチラリと見やる。

 そこには貧乏学生らしく、慎ましやかな金額が収められていた。


「……今月は使い過ぎたなぁ」


 今しがた計算してみたが、次の収入日までを考えると定価での買い物は控えた方がいいだろう。 

 永一郎は名残惜しそうにスーパーを後にする。


 そうして自宅のアパートまでの遠い道のりをとぼとぼ歩いていると、彼はふと首を傾げた。


「なんだ? なにか落ちているぞ?」


 人通りの少ない道の真ん中。

 そこにはくすんだ金色のランプが、夕陽を帯びて静かに佇んでいた。

 落とし物だろうか。


 多くの者は、それを見て『魔法のランプ』をイメージするであろう。

 しかし、永一郎は腹が減っていた為、それをカレーの入れる容器だと錯覚していた。


「ハンバーグカレーもありだな」


 食べる宛もない夕食を連想しながら、永一郎は涎を垂らしてランプを拾い上げる。

 すると、何処からともなく声が聞こえた。


『私はランプの魔神。我が力を望むのはそなたであるか?』

「――ランプ? ランプの魔神だって!?」


 空耳と判断するにはあまりにもハッキリと聞こえてくる声に対し、永一郎は驚愕する。

 

『左様。そなたの望みを一つだけ叶えてやろう』


 そう言うと、ランプの中から聞こえてくる声の主は、大きな煙と共に姿を現した。


「……なんだか想像してたのと違うな」

『ふむ……? 世間一般の連想するランプの魔神と、似たような姿だと思うが。……まあよい』


 何故だかガッカリする永一郎に対し。

 魔神は一拍置いて大仰に手を広げた後、お決まりのような口調で語りかけた。


『私を拾ったものは一つだけ願いを叶える事ができる。しかし、無から有を生み出す事が出来ぬように、叶えられる願いには制限がある。あまり大きな望みは己の身を滅ぼすだけであろう』

「じゃあハンバーグが食べたい」


 即答する永一郎。

 それを聞いてランプの魔神は、特に驚いた素振りもなく、腕を組んで答えてみせた。


『なるほど。そのような願いは初めてだ。――しかし、それを叶えるには一つ問題がある』

「問題?」

『肉がない』


 魔神は言う。

 無から有を生み出す事は出来ない。

 つまり、『ハンバーグを食べたい』という願いを叶える為には、材料を調達しなければならないのだ。


「なんだ、そんな事か」


 永一郎はランプの魔神をじっと見据えて頷いた。




 その日の晩、永一郎は上機嫌でハンバーグを焼いていた。


 ボウルの中でひき肉を玉ねぎや卵等と一緒にぐちゃぐちゃにかき混ぜ、出来上がったタネをフライパンの上でジューシーに焼き上げる。

 脂が泡立ち、肉の焼ける匂いが香ばしく鼻腔をくすぐっていた。


「一時はどうなるかと思った」


 あの後、永一郎はランプの魔神の願いを叶える事ができた。存在しないものを生み出す事は出来ない。ならば初めから存在する肉を用意すれば良いのだ。


「ランプのひき肉が手に入って良かったよ」

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