046

 状況を理解出来ていない。ミーゼリオンと言った。それが誰かは分からないが、話の流れから察するに、この状況を作り出した黒幕みたいなモノだろう。


「…………、考えるのはやめだ。被霊に続きネクロマンシー。星の廻りは輪廻するとは言うけど、これはちょっと話が出来過ぎてる」


「何の話ですか?」


「敵の話だ。正しくは私が倒すべく悪の話だ。敵はミーゼリオンの魔女。レンデオンの魔女の功績を一部強奪した、私の宿敵だ」


 レンデオンは聞いた事がある。麗愛に出て来る魔女の名だ。印象的だったから覚えている。悲しい話だった様な気もするし劇的で刺激的な話だった気もする。


「何故そんな事が分かるのか、って顔だね。分かるよ。ここまでの規模でのネクロマンシーはあいつしか居ない。…………何故、ヴェルニア・フォン・ヴェルディオンが被霊になったのかは分かっていた。けれどその大元が何故そうなっていたかは分からなかった。あれがどこの誰かさえも分からないくらい原型が無くなる程に浸食されていた理由が、わからなかった。けれど、ミーゼリオンが居るならば全て合点が行く。ライラック、どうやらこの視察はキミにとって意義のある物になるらしい」


「どういう事です? 何故俺に繋がるんですか」


「ミーシャちゃんが戦った、ヴェルニア……あの子はベルと呼んでいたかな、の被霊はミーゼリオンによって作られたと言っても過言ではないという事だ」


「………………………………………………」


 そう、か。そうか。そういう事か。ミーシャは戦ったのか。自分の友達と。親友だって呼んでいたその子と。戦ったのか。どれだけ酷な選択を取ったのだろうか。どれだけ苦しかったんだろうか。今の俺には想像さえ出来ない。けれど。


「キミは本当に、ミーシャちゃんの事を想ってくれているんだね」


「好きなので」


「…………そっか。親として、キミの様なヒトに娘が好かれるのは素直に嬉しいよ。キミにとっては私にあの子の親面なんてして欲しくないだろうけど」


「いえ、貴女のおかげであの子が元気で居られているのを知っています。あの子を引き取る際、多額なお金をあの子の両親に支払い、今後食うに困らないだけのサポートをしているのも」


「あの子の事だけは何でも知っているね」


「何でも知っていたのは昔の事ですよ」


 今は、知らない事ばかりだ。けれど、これから知ることの方が今までで知った事よりも多くなるだろう。いや今はそんな事を言っている場合ではない。


「しかし、何故ミーゼリオンが動く? 国なんか興味無いはず。一体──」


 エリーさんが息を大きく吐く。エリーさんでも理解出来ないことがあるのか。というおどろきもあるけれど、それより、彼女が苦虫を噛んだような顔をするのが意外だった。何せいつも澄ました顔でへらへらしているイメージが強い。こんなのが建国王で良いのか? とも思ったことがあるくらいだ。


「未来視さえも、最早使い物にならないということか……ッ。ライラック、私は今からミーゼリオンを直接叩く。キミはどうする。連れてきてなんだけど、ここから先はキミにとって辛い戦いになる。今ならまだ帰せるよ」


「いえ、ここまで来て帰りたくはありません。それに、ミーシャが関わっているのら、俺は行かなくちゃ」


「そっか」


 何度か見かけた優しい顔。千年生きるとか噂があるけれど、だとしたらあまりにも子供っぽい顔だ。


「行こう。恐らく奴は潰れた宮殿の中に居る」


 骨組み程しか残っていない宮殿だ。最早建物であると言う事さえも烏滸がましい。普通ここにヒトが居るとは考えない。けれど彼女は自信を持ってそこに居ると言った。恐らく、とは言え、彼女が言うのだから確実に居るのだろう。彼女はそういうヒトだと、この短期間で思い知った。けれど疑問は当然残る。


「何故、そこなんですか?」


「トルガニスは古くから龍神信仰の残る厳かな国でもある。この国の王は龍神から力を賜った、という建前の元存在していた。つまりは教皇でもあったわけだ。この宮殿には、それら儀式を行う為の設備が存在してる」


 エリーさんが杖を突く。魔法を発現させたのはわかるが、仕組みはわからない。とにかく、目の前に、おそらく崩壊する前の宮殿のミニチュアのようなモノが生成される。とは言え全体的に青い。恐らく魔力の糸で編んだモノだろう。理屈はわかるが、平気な顔でやってのけることではない。


「これは……地下があるんですか?」


「うん。地下は遺跡、神殿になってる。本来なら、王族以外立ち入る事は許されないんだけど、ミーゼリオンの事だ、そこを逆手に取っているに違いない。なんせ王族は全滅、最早管理するヒトも居ない。外がこの様子じゃ、遺跡が一番安全な場所だろうしね」


「遺跡が一番安全? 何故です? 周りにはこれだけの動く死体が居るんですよ」


 今もどんどん増えている。俺たちが居るからだろうか、だとしたら厄介だ。生者に釣られているとしたら、いつか外へ溢れるかもしれない。アンデッド、いやリビングデッドか? 傀儡が如くその姿には何が相応しいだろう。バカ、今はそんな事どうでもいい。すぐ話が脱線するのは良くない癖だ。


「扉が頑丈だからね。王家の血筋でしか開かない」


「なるほど、ネクロマンシーであればその扉も開けられると」


 王家の血をそんな事に利用するとは、肝が据わっている。そもそもネクロマンシー自体、忌み嫌われるモノだろう。死者を愚弄する行為だと言われても仕方のないモノだ。それこそ、麗愛に聞く被霊だって。


「レンデオン、キミが望んだ使い方では無い、ね。これは」


 また大きく息を吐く。何度も確認しているような言い方だ。彼女にとって大切なことであるのが伺える。俺にも関係がある、ミーシャが関係するなら、そうなのだと思っていたけれど、思っていたよりもエリーさんの方が重要なんじゃないのか? 俺はこの先蚊帳の外だろう。このヒトと関わるといつもそうなる気がする。


「どうせ気取らてる。さっさと行こうか。正面突破が一番あいつには効く」


「知り合いなんですか?」


「え、初対面だけど」


「……………………」


 にしては知っている様に語る。未来視と言っていたが、それで見ていたのだろうか。──未来視、何もかもお見通しだなんて、恐ろしい。だが、使い物にならないとも言っていたし、何かしら弊害があるのだろう。知らない事、というより知らされていない事が多い。アリシア・アリシオスという少女の皮を被ったこのヒトは一体何者だ?


「命の危険を感じたら逃げて。極力守るけど、私にだって限界はある」


「……、その前に、この死者達をどうにかしなければ」


 群れてきた騎士鎧と、骸骨魔導士をどうにかしなければ先に進むこともままならない。エリーさんによる転移でどうにかなるかもしれないが、このままにしておけば、まだ生きているヒト達の脅威になりかねない。先ほど見たあの少年の様に生きているヒトも居るんだ。


「一掃しよう。……キミは、ヒトが斬れる?」


「…………………………えぇ」


「そか」


 短く返したのは、そうしなければ、意思が揺らぐからだ。彼らは既に死んでいる。無理矢理動かされている状態であるなら、止めてやるのが生者として出来る唯一の事だ。彼らにも家族は居て、友達は居て、大切なモノがあったはずだ。そういう事を思ってしまうと手が止まりそうになるけれど、それじゃダメだ。優しさをはき違えてはならない。


「やりましょう」


 背から剣を抜く。


「魔導士は任せて。キミは騎士を」


 その言葉を合図に地を駆ける。ネドア・ルビツさんから教わった事をこんな形で実践する事になるとは思っていなかったけれど、いい機会だと思うしかない。俺が考えるべき事は剣だけではない。──魔法剣。正確にはエフェクターと呼ばれる戦い方。剣と同時に魔法を扱い、時に剣に魔法を纏わせる。その戦い方こそ、ネドアの騎士の道。得意な属性、不得手な属性。彼にはそう教わっていたが、その考え方は現代にそぐわない。属性なんて考えは聖方の古いモノ。故に、俺が扱うのは現代魔法。故に炎剣。グラーヌスの応用。


 詠唱は、簡略化する為に存在する。フル詠唱なんてやってられるか。エフェクターは速さが命。不意を突いて即殺しなければ、魔法剣の意味が無い。扱いは槍兵に近い。


「炎よッ!」


 実用の仕方は宝石魔法に似ている。ネドア・ルビツさん、師匠であれば無詠唱で発動出来るが、俺の場合そうもいかない。無詠唱が出来る程センスも実力も無ければ、集中力も無い。だから、


「煌々一閃ッ!」


 剣を炎が纏う。熱を灯して薙ぎ払う。纏った炎が死者達を焼き尽くさんが為、剣を離れ斬撃が如く放たれる。本来、こんなモノじゃ簡単に避けられるだろう。けれど相手は死者だ。冷たくなってもう動かないはずの者達だ。故に、熱は彼らにとって天敵だ。それに動きも遅くなっているのだから、避けられるはずも無い。例え硬い鎧であろうとも、元はグラーヌス。廉価版とは言え、それなりの威力はある。


 それでも全てを薙ぎ払う事は出来ていない。集まってきていた死者達は数えたくも無かったが、ざっと三十程。魔導士はエリーさんに全て委ねれば良いから、俺が相手するのは二十程。いや多いな?


「魔力にも限りがある。一度に薙ぎ払えるのも五体が限度……か。師匠の様に上手くは行かないな」


 強大なヒトを身近に見ている。エリーさんも含めれば、二人。セニオリスさんという方には会った事が無いけど、一応含めるなら三人。だから自惚れる事は絶対にない。あれを目標に、なんて言うと大袈裟だけれど、指標にはしてきたつもりだ。


いかづちよッ!」


 キュクロープス。本来ならば矢として弓を用いて穿つと聞くが、魔法剣においては投げ槍として扱う。左手に雷の槍を生成して、投げ穿つ。魔法剣は分類としては宝石魔法に近しい。スタニング・レンデオンだとか、そういう魔法自体の話ではなく、扱い方が、だが。魔法を予めスタックしておく、という考え方だ。


 とは言え、そのスタックも保てて一日程。ギルドでエリーさんに話し掛けられる前にスタックしていた分はまだ生きている。グラーヌスが三回、キュクロープスが二回、スカジが四回、パニッシュが一回、ストリボーグが二回……。


 これだけあればこの場は余裕で切り抜けられるだろう。


「ッ──ァァアッ!」


 投げ穿つ槍が地面に死者の一体に着弾すると同時に雷が広がっていく。先ほどのグラーヌスより範囲は広いが、威力が低い。使い所によってはかなり厄介なモノになるのだが、麻痺したとしても操られている様な状況の相手だ。そんなモノが効くのか、なんて考えていなかった。動きを止めるにはどうすれば良いか、恐らく、操る為に一体一体、魔力によるコアが存在するはずだ。それを叩けば流石に止まる。


「死者を愚弄する行為だ。魔法倫理に疎い俺ですら、禁忌だと分かる」


 しかし、これを切り抜けたとしても王家の血が無いと、遺跡に侵入出来ないんじゃないのか? 今はそんな事考えてる場合じゃないか。


 死者は機敏には動けない。それに、一体一体、ミーゼリオンというモノが操っているわけがない。本能やら役割やら、そういうのを与え刺激する事で動かしているだけに過ぎないはずだ。だったら、単純な動きになる。


 遺族が居るかもしれない。まだ生き残ってどこかで暮らしているかもしれない。そのヒト達に、こんな姿は見せられない。止めなくてはならない。だが、このまま全て薙ぎ払っても良いのだろうかと考えてしまう。彼らに罪は…………。


「迷うな、ライラックッ!」


 エリーさんの声。既に魔導士達の処理は済んだのだろう。なら、後は俺だけだ。


 そうだ、迷う暇は無い。悩んでいる暇も無い。連れてこられた以上、逃げ場は無い。前に進むしかないんだ。


「氷結せよッ」


 薙ぎ払う。相手が何者であるか、なんて俺には関係ないじゃないか。さっきも言われたばかりだ。助ける、なんてそんな事が俺に出来る訳も無い……。だからせめて、一撃で……ッ


 剣を地面に突き立てる。切っ先が地を突くその瞬きに、魔法が発現される。スカジ、杖との用途とはそれ程変わりはない。だが、使い勝手であれば、きっと剣が勝っている。


 放射状に広がる冷気が、地を凍らし、死者へと氷を突き立てる。それら氷は死者を悉く包み込み、そして──氷はその身と共に砕け散る。


「なんだ、思ったよりきちんとネドアの騎士は師匠をしているんだね」


 安心した様な顔をする。彼女から見て師匠はどのような人物なのだろうか。良く知った顔なのはその言い草で分かるけど、どういう関係なのかまでは測れない。


「そんな事より、行きましょう。長居は無用です」


 剣を背負い直し、彼女の言う宮殿に足を向ける。死者は、屠った。生きてはいなかったのだから、こう表現するのは間違いかもしれないけれど、屠った。


「そうだね。どうやら、生者が居るだけで彼らは寄ってくるようだし。さっさと内部に侵入してしまおう」


「けれど、どうやって侵入するつもりですか? 王家の血が無ければ入れないのでは?」


「それなら安心して良いよ。六十年前、ここに来た時に少しばかり弄って、私にも反応するようにしたから」


「…………六十年前。トルガニスが事実上の滅びを迎え、ファブナーリンドが建国された年。まさかとは思っていましたが、貴女もきっちり関わっているんですね」


「まぁ、ね。いやまあ知っているヒトは知っているんじゃないかな」


 杖から手を放し、彼女は腕を組む。俺が歴史に疎いから知らないのだろう。彼女の名、アリシアという名はきっと歴史書に幾度も記載されているのだろう。


「兎に角行きましょう。扉が開くのであれば、反対する事はありません。貴女の言う様に、遺跡が一番安全ならば尚の事」


 こうしている間にも死者は寄ってくる。総数がどれだけかは分からないけど、騎士や魔導士の殆どは死者だと思った方が良いだろう。ならばここに長居しては寄ってくるだけだ。さっさと遺跡に入るのが賢明だ。


 宮殿だったモノの基礎を乗り越えて、宮殿内部に侵入する。これだけ穴だらけ、青空さえ見ている状態で、馬鹿正直に正面から突っ込むバカも居るまい。


「それで、入口はどこに?」


「あの丸く切り抜かれている所、魔法陣があるでしょ? あそこに私が立つとそのまま床が移動する仕組みさ」


「それだと、移動している間に侵入されるのでは?」


「きちんと扉も用意されているよ。この宮殿を作った奴もそこまで馬鹿じゃない」


「そうですか」


 彼女が指差した場所へ向かう。丁度エリーさんが円の中心に立つと同時に、地響きのような音と共に、足場が勝手に動き始めた。


「……なんというか、デグルの技術と似ていますね。それに、他の部分は破損しているのに、ここだけ綺麗。何か秘密でも?」


「うーん、どうだろう。恐らくミーゼリオンの奴が結界でも貼っていたんだろうけど……残念ながらそんな気配は無い。私が前に訪れた時は、そういう結界も無かったんだけど…」


 エリーさんにも分からないとなると魔力探知を行っても何も得られる情報は無いだろう。動く床に乗るというのは初体験だ。デグルの技術である、と言われれば納得は出来そうだが、明らかに古いモノ。デグルの魔導技術だって、最近急激に進歩したんだ。ここまでのモノを遥か昔に作れるものか?


「この遺跡は、龍神信仰の為に作られたんですか?」


「逆だね。この遺跡があるから、龍神信仰となった。実を言うと、この遺跡は空から訪れたモノなんだ」


「空……、それは、月とか太陽のその向こうって意味ですか?」


 だとしたらこの超技術も頷ける。いや、まぁ納得は出来ないけど、そういうトンデモ話に繋げる事で無理矢理だが合点が行く。


「いや、古代に栄えたネドアという国の残骸だよ」


「……それって」


「そう、ネドア・ルビツの故郷だ」


 だが、空とはどういうことだろうか。空から訪れたというのは不思議な響きだ。まるでネドアという国が空にあったかのような。


「浮遊島だったんだよ。彼らは自分の国の事を不沈艦と呼び慕っていた。飛空が可能なのは、龍神様のおかげなのだと信じて疑わなかった。実際龍神は居たようだしね?」


 動く足場が止まる。そこは地下であると信じられない程広い空間だった。この上には宮殿があるが、それよりも遥かに広い。だだっ広い空間。そして、動く床が地面に着地すると同時に床に描かれた文様が完成する。


「……ドラゴン、これが龍神とやらの……」


 全体像だろうか。なるほど、こんなのがあれば確かに龍神信仰も生まれるだろう。


「ミーゼリオンはどこに……」


 首を傾げる。広い空間だが絵と台座以外何も無い。魔力的な仕掛けが施されているのだろうか、俺には紐解けないようだ。この絵に仕掛けでもあるのだろうか。この部屋だけで終わりだとは到底思えない。


「壁と同じ模様だから、扉を扉と認識出来ないんだ。もしもの侵入者対策だね」


 スタスタ歩いてく彼女に慌ててついていく。


「しかし、トルガニスの地下にこんな広い空間があるんですね。良く地上が崩れないで残っていますね」


「ここは地脈が通っていてね。地脈がそのまま地盤を支えているような形になっているんだ。だから、ミーゼリオンはここを選んだんだろうけど」


 地脈とは星の血管だ。そういう話は魔法を学ばないヒトでも知っている常識だ。けれどその性質に関してはあまり詳しく知られていない。地脈が地盤を支えているというのは初耳だし、ここを通っているのも初耳だ。


「ま、地脈なんて本来気にするモノじゃないんだけど、この遺跡の場合はそうもいかない」


 彼女に追いつくと、エリーさんはそっと壁に触れる。ゴォーっという石と石が擦れあう音が響き、目の前の壁が動き出す。


「こういう仕組みには魔力を使っている。流石に大気中の魔力を使って、というには規模が大きすぎるから、地脈を用いているんだ」


 確かに、これだけの大きさのモノであれば、そうする他無いんだろうけど、そうなると疑問が残る。


「ネドアは、浮遊島だったんですよね。だったら地脈の恩恵なんて当然得られないはずです。この遺跡は活動していなかったのでは?」


「ネドアはね、移動しているんだ。だから、今現在どこにあるかはわからない。そこに住んでいたネドア・ルビツでさえも知り得ない。キミにお爺さんに渡せと言ったネックレスは、ネドアのモノで手掛かりだったんだけど、それも無駄だったようだし」


「移動していることと遺跡に関係が?」


「天脈だよ。地脈があるように、この星の空には天脈が存在する。地脈が星の血管なら、天脈は神経だね。ネドアは天脈を辿って移動している。天脈は地脈と違って、私の目でも追い切れなくてね、だからネドアの移動場所がわからないのさ」


 なるほど、と納得しておく。これ以上話を聞いてもきっと俺に理解出来るモノじゃないだろう。


「ミーゼリオンは最奥に居るんでしょうか」


 彼女が居ると行ったのだから、どこかしらにミーゼリオンなるモノは居るのだろう。だが、どこに居る? やはり最奥なのだろうか。この遺跡はかなり広い。空から訪れたなんて言われても信じられないくらいだ。これだけの巨大なモノが空に浮かんでいたなぞ、到底信じられる話ではない。その最奥となるとかなり進まないと居ないのではないだろうか。


「ミーゼリオンはここで何を?」「研究じゃないかな」「研究? 何故」「魔女だしね、彼女」


 呪いを専門としたヒトの総称が魔女であると聞いたことがる。知識だけはあるのは、ファブナーリンドにも魔女が居るから。アインセルの魔女がその一人。あの家系のことはたまに話に聞くくらいだけど、ファブナーではかなりの知名度だと思う。だから知っているだけに過ぎない。だから、魔女とは何かと聞かれても、呪いを専門とした代々続く一族としかわからないんだ。


 エリーさんならきっと色んな事を知っているだろうけど、説明してくれるかどうか。ただでさえ言葉足らずなのに、彼女に説

明を求めるのは問題があるのではなかろうか。訥々と話されてもきっと理解出来ないだろう。だったら最初から知らずに警戒していた方がいい。


 いくつか壁のような扉を潜る。エリーさんが居なければ、立ち往生だったのは間違いないが、様々ギミックを簡単に全てパスしているのを見ると、やはりいたたまれない気持ちにもなる。何故ミーゼリオンがここを選んだのかは会えば分かるだろう。地上に蠢く死者達は贄の様なモノ。だからきっとロクなモンじゃないはずだ。


「魔女、ですか」


 そういえば、ミーゼリオンの魔女とエリーさんも言っていたのを今更になって思い出した。ネクロマンシーという言葉に引っ張られ、肝心なモノを忘れていた気がする。


「ですが、何故わざわざここを選んだんです? 死者を使って内紛を長引かせる理由もわかりません」


「あぁ、それは本人から聞けば分かるさ。剣に手を、ライラック。この先に居るよ」


 一段と大きな扉が開く。エリーさんが手をかざしただけで簡単に開いたその扉の先は、最初の部屋程ではないが、かなりの広さを持つ。最奥には、ドラゴンを象った石造が置かれ、そしてその前には、


「よぉ、ダウナーウィッチ」


 銀髪の少女が立っていた。


「少女……?」


 その雰囲気は明らかに異様だった。少女とは言ったが、エリーさんと同じく外見と年齢が一致していないように見える。やけに大人びた雰囲気で、妖艶ささえも感じ取れる。


「子機か。人形に用は無い。本体はどこに居る」


「おいおい、一応これでもこの国のお貴族様にさえ気付かれなかったんだぜ? 一目見ただけで看破されるたぁ、ちぃとショックだな?」


 ミーゼリオンはニタニタと笑う。


「目的はなんだ? お前がシンジュルハを操っているのは見当が付いている。ファブナーリンドに出現した被霊。活発になり始めたベスター共を見るに、この地での活動でかなりの収穫を得たようだけど?」


「あぁ、魂の蒐集は済んだ。あとは撤退するだけだったんだが、面白い客が来たモンで待ってたんだ」


「先代はどうした」


「あのヒトはとっくにおっちんだよ」


「そうか。ならもう一度聞く。お前の本体はどこだ」


「神子様から話は聞いていないのか。そうか、せっかちだとは聞いていたが、なるほど」


 魂の蒐集と言った。俺にはその用途はわからないけれど、エリーさんは納得したようだ。


「お前の目的は多少は理解出来た。五つ目の神の顕現だな。ネクロマンシーのくせに神とは、恐れ入る」


 話が見えない。今の一瞬でエリーさんは何を理解したのだろうか。状況証拠は掴んでいるような発言だけど、そもそも魂の蒐集とはなんだ? 五つ目の神とはなんだ? わからないことばかりで、嫌気がさしてくる。


「……上の死者達は子機を通しているらしい。お前を壊せば上は救われる。案外呆気ない幕引きだね? 貴族達を誑かしたのもお前だろう?」


「いいや、私ではないな。私はただ利用しただけにすぎんよ」


 ネクロマンシーは認め、貴族の暴走は否定する。


「いや、それだけで十分だ。灯台元暗しとはこの事」


「おや、これだけの会話で理解したか?」


「バカでも分かる。トルガニスの内見とか何の価値も無かった。ただ不快なだけだ。時間を無駄にした」


 エリーさんが身を翻す。もう用は無いと言った様に。けれど俺にはまだ疑問があった。


「魂を蒐集して、何を企んでいるんだ?」


「……少年、こいつの連れか? だとしたら物好きだな。良いだろう、物好きな少年には正答をくれてやる。五つ目の神。シンジュルハの経典には複数のページに渡って空白が広がっている。ベスターは諦観した。アグターは落屑となり、ラスターは壊劫を招き、イアターは粛正を望んだ。ならば、五つ目は何か。描かれるべき五つ目は何かッ! 私はそれをこの眼で拝謁するが為に蒐集した。呼び起こすは、未知の神」


「…………何を言っているんだ?」


 頭が悪いのか? 神は存在しない。ネドアが崇め奉った龍神が存在するというのなら、それはきっと紛い物だろう。魔法理学には疎いが、それでもあり得ないと言える。何故、なんてそんなの分かり切った話だろ。カミサマが居るのなら、この世界に不幸は存在しない。魔法は、存在しない。


「神と崇められたモノは存在しても、それは本当の意味で神じゃない。脚色、誇張、虚偽、それらを多分に含み神に非ずモノが神として振舞っているのみ。ならばこそ、五つ目の神はどうか。空白そのものが神としての特性であるならば、それは全でもあろうよ」


 言っている事がめちゃくちゃだ。空白は存在しないから空白なんだ。意図的に消されたのではなく最初からそんなモノは存在しない。であれば、何故経典に空白のページがあるのか。


「ライラック、今は良い。ここを出よう」


「しかし、」


 あれが人形で本体でないとしても、俺はあいつを殴り飛ばさないと気が済まないッ! 意図的にではないにせよ、ミーシャの親友を使ってミーシャを傷つけたのには相違ない。だったら今ここで、その顔面が二度と鏡を通して見れなくなるまでなぶり殺しにしてくれる。人形だって無限じゃない。壊しておくことに意味はあるだろう。


 ぶっちゃけむしゃくしゃしているという事もあるけど、何よりこれを放置していてはあいつの有利な方向に話が進んでいきそうで、怖いんだ。


「なあ、ダウナーウィッチ、お前の国は大陸の中心部にある。つまりお前の国は、他の国全てに手を伸ばそうとすれば届いちまう。その意味が分かるか?」


「………………」


 そう、ファブナーリンドは大陸の中心に存在する交易都市だ。トルガニスが喉から手が出る程欲しがった土地でもある。だってこの土地さえ手に入れば、大陸を統一する事だって夢じゃなかったはずだ。けれど、そうなれば全ての国からヘイトを買う事になり、いつ戦争になってもおかしくない状況になる。


 そんな時にトルガニスは崩壊し、ファブナーリンドは建国された。明らかに出来すぎていた。トルガニスが潰れたからファブナーリンドは建国されたんだ。ならば、その意味はなんだ? 何故ファブナーリンドは建国された。とある魔法使いの憩いの場としてあった場所がいつの間にか大きくなって、なんて良く聞くけど、それだけじゃ国になるはずがない。


「全ての国はお前に逆らえない。お前を裏切れない。中心に構え、中心より観測するお前の眼を搔い潜れない」


 牽制しあい、全ての国が不可侵の条約を締結し、決して踏み込む事を許されなかった大陸の中心。そこに堂々と国を建てたその大胆さこそ、謎なんだ。どうしてそんな事が出来たのか。どうして建国したのか。明確に表現されたことは無いはずだ。十三年程生きて聞いた事が無い。


 ファブナーリンドの地下に存在するという、大規模な疑似魔力回路。城壁に設置された十三に並ぶ砲台。教会に施された強固な結界。そして新たに設置された禁書庫。その全てが、ファブナーリンドを建国した理由であれば、何のためか。


「私に目的はなんだ? と問うたな。その言葉そのまま返そう。お前は何の為にあの国を建立させた?」


 トルガニスが無くなれば、戦争を仕掛けるような国も残っていない。中心を執り守る必要はない。だからどうしてだと、疑問が残る。どうして全ての国を相手取るように円形に十三の砲台が置かれている?


「ライラックに正答を与えたお礼だ。答えてあげる。意味はただ一つ、世界を救う為だ」


 彼女は一切竦むことなく、一遍の曇りもない表情で、臆面もなくそう宣言した。どうして? なんて疑問は浅はかであると、ただ一点、世界を救う為だ。そう言ったんだ。きっと嘘ではない。事実を述べているのだろうけど、他の全てはひた隠しにしているようなそんな印象。けれど、それ以上聞く事は出来なかった。何故なら、子機と呼ばれたミーゼリオンの人形に、岩石の剣が突き刺さり、自壊を始めたからだ。


「行こう。この様子じゃ既に儀式は始まっているだろう」


 あくまで今のミーゼリオンの発言は時間稼ぎに過ぎないという事だ。けれど、本心から問いたいことでもあっただろう。


 流石のバカな俺でも、ミーゼリオンの居場所は分かった。けれどだからと言ってどうする? これ以上は俺が関わっていいような問題ではなくなっただろう。


「五つ目の神なんて存在するんですか?」


「しない。けれど似たようなモノは作り出せると思う。このままじゃ、本格的にミーシャちゃんに危害が及ぶかもしれない。保護したあの子も気になる。一度ファブナーに戻ってミーゼリオンの居場所を突き止めなければ」


 彼女は訥々と言ってその手に持つ杖を突く。その挙動に違和感を持ったのは、丁度魔法が発現した後だった。


 転移魔法は通常、予め座標を設定しておく必要がある。彼女の場合は一度訪れた事のある場所であれば所構わず扱えるだろう。けれど、それは正確な座標を記録しているからこそ成せる事だ。例え転移魔法を会得していようとも、座標が正確でなければ何の意味もない。


「どこだ、ここ」


 だからこの光景は彼女のミスだと言えるのだろうか。いや、違う。近くに彼女の姿が見えない。偶発的な事故。何かによって術式が乱されたか? だとしたらそれは間違いなくミーゼリオンだ。だが何の為だ? アリシアさんを邪魔した所でもう一度転移されてしまえば意味はないだろう。だったら何故わざわざ転移障害なんて設けた? 遺跡による自動的なモノか、それともミーゼリオンによるモノなのか、正確なところはわからないけど、もしミーゼリオンによるモノだったら目的は……。


「植生は……オヴィレスタフォーレか? 随分と奥まったところだな。少なくとも貿易路からは離れてる」


 針葉樹と広葉樹の入り混じった気持ちの悪い森。魔力が充満して気分を害しそうになる。オヴィレスタフォーレで良く見られる植物と菌類が足元に広がっている。ほぼ間違いないだろう。問題は場所だ。残念ながら地図を持っていない。持っていたとしても役に立ったかは不明だが、まぁ気休め程度にはなったかもしれない。アリシアさんに連れられるのだから要らないと判断したのが悪かった。


 どんな状況でもまず落ち着け。ここがどこであるかわからない以上下手に動くのは得策じゃない。幸いサバイバル術は学んでいる。多少であれば野外で過ごす事も可能だ。冒険者は基本野宿が普通だ。外に出て何日も国に帰らないというのもザラにある。討伐依頼であれば猶更だ。


「太陽の位置を確認しようにも、針葉樹のせいでロクに望めやしない。どうしたもんか」


 こんなトラブルはさすがに想定していない。食料は木の実が豊富にあるし、魔物も多少居るだろう。解体すればいい。火は魔法でどうにかなる。夜はアグニで温まろう。ここがオヴィレスタフォーレであるなら確実に今日中にファブナーに戻ることは出来ないだろう。それにここは魔力が溢れている。さすがのアリシアさんも俺の居場所までは特定できまい。


「とりあえず今日を過ごす準備を済ませよう。焚火、食材、寝床の確保。飲み水は……、近くに小川でもあると良いが」

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