029
時間は三か月程進んで、試験前になる。正直な話、講義自体はめちゃくちゃ簡単だった。予習をしっかりしていれば、わたしにとってはそこまで苦ではなかった。そもそも教科書の内容も全部セニオリスさんとアリシアさんに教えてもらったから、躓くはずも無いんだ。一番苦だったのはアリシアさんによる魔法の使い方講座。アグニは完璧に使える様になった。けど、他、攻撃魔法はどうも苦手だ。杖に溜め込んだ魔力を消費して魔法を使うというのはまあ出来る様になったと思う。
魔法の種類が多すぎるんだ。場面にあった最適な魔法を瞬時で決めて構築し放つ。これを行うのにはタイムラグが発生する。わたしには魔法図書館みたいなそういう能力があるらしいけど、その使い方もわからない。というかわたしが知らない能力をどうやってアリシアさん達は認知したんだろうか。
「ミーシャちゃんっ! 勉強会! 勉強会しようっ!」
慌てた様子でわたしの隣に座ってまくしたてる様にするのはベルだ。筆記試験前になってこのままじゃ赤点取るのでは? と不安になったらしい。
「こ、講義の殆どを寝て過ごしてるから、そうなる……んだよ」
この子が起きている講義なんてあまり無かったと思う。ずっと寝ていたし。何度か先生に注意されていたでしょ。
「放課後図書館でっ! ね? 良いでしょ?」
「…………と、図書館かぁ」
あそこにはアリシアさん達が居る。たまにシグも居るらしいし、う~ん……。別に居たところでわたしがアリシアさんの養子だと知られるわけではないだろうけど……まあいっか。
「う、うん。分かった。今日、するの?」
「早い方が良いかな。ほんとにやばいから……」
「ん、わかった。じゃあ準備したら行こっか」
伸びを一つして帰り支度を進める。教科書を全部詰めて、杖を回収する。
「そ、そういえば、ベル、杖はっ?」
「あ、あぁ~…………うん。ちょっと調子が悪くて家に置いてるんだよね」
「……? そう、なんだ?」
杖が調子悪くなるなんて事があるのか。初耳だ。わたしもかなり杖を酷使しているけど、そんな兆候は見えないけれど……。特殊な杖だからなのかな。
「そ、それよりも、早く行こう? 勉強しないとほんとに赤点取っちゃう」
何かを隠す様に少し慌てた様子の彼女は早々に自分の荷物を持って立ち上がる。それに着いて行くようにわたしも立ち上がって、教室を出る。
「さ、最近っ寝てばっかりなのは、なん……でっ?」
「えーと……い、家の手伝いだよ。最近はお兄の手伝いが忙しくて、さ」
「そうなんだ」
深くは聞かないでおこう。嫌そうだし。心から友達と思える相手でも隠し事くらいはある……らしい。そりゃそうだ。わたしもアリシアさんの養子とか言ったことないし。秘密だ。
校舎を出て校門まで歩く。前までは一番最後まで残っていて帰っていたけど、ようやく慣れたと思う。最近は普通に帰れるようになったし、たぶん成長してる……はず。慣れただけで、克服出来た訳じゃないと思うけどさ。
「なんで図書館なの?」
「……勉強するなら図書館ってイメージあるくない?」
「ま、まあ、そう……かも?」
「学校以外ならどこでも良かったんだけど、わざわざ私の家に来てもらうのもアレだしさ。丁度近くにあるんだから、使わにゃ損って事でっ!」
確か前に読んだ小説でも図書館で勉強していたと思う。魔法が無い世界、なんて不便な世界での話だったけど、設備とかはあまり変わっていなかった様に思う。
校門を抜けてそのまま図書館へ。少し暑くなった陽射しの下には長いしたくない。日焼けしてしまうのは嫌だ。毛やら髪やらの艶が消えちゃったりするのも嫌だしね。肌が少しだけ黒くなるのは、小さい頃に経験したんし、艶だって子供の頃は最悪だったと思う。けど成長するにつれて、なんだか嫌になって。最初は遠慮しながちだったケアも行う様になった。何せアリシアさんが買ってくるモノは全部高価なモノだから、使うのがちょっと憚れるんだよ。
図書館に入る。この時間だとセニオリスさんが巡回しているはずだけど……。見当たらない。セーフセーフ。なんとかなった。
「ここって涼しいんだね」
「あ、あれ、来た事無かったの?」
「あんまり利用する機会無いからさ。図書館に行くならお兄の手伝いするし」
「そか。でも今日は勉強する為に来たんだから、読書は禁止だ、よ?」
「分かってるよ。大丈夫、私読書好きじゃないから心配ないよ」
「それはそれで別の心配が出てくる……かな」
冗談を言い合いながら、空いていた席に腰を下ろす。
「あ、ごめんミーシャちゃん。教科書貸してくれない……?」
「良いけど、なんで? 持ってきてるよね」
「えと、学校に置いてきちゃった……?」
「…………じゃあ明日早くに取りに行かないとだね?」
「うん」
ずっと寝ていたから、教科書出してすらいなかったと思うんだけどな。まあでもそういう事もあるか。あれだけ寝ていたら寝惚けてしまうのも頷けるし。
鞄からいくつか教科書を取り出す。全教科危ないと思うので今日必要だった教科書全部だ。わたしは普段からしっかり勉強しているので筆記試験であれば何の憂いも無く受けられると思う。もちろん試験前に復習はするけど、赤点を取る事は無いはず。
「あれ、ミーシャちゃん。どうしたの今日は」
そりゃずっと同じ所に居たら見つかるよね。というか魔力とかそういうので来ている事は察知されたと思うけど。
「こんにちは、セニオリスさん」
「ん、ん? うん。こんにちは」
セニオリスさんはたぶん察したのだろう、ベルを見て頷く。わたしの友達だと理解したんだろう。その上でセニオリスさんは
「ミーシャちゃんのお友達?」
「あ、え、えっと、ヴェルニア・フォン・ヴェルディオンです」
「ヴェルディオン家と言えば杖職人の所か……。娘さんはもうこんな大きくなったのかぁ」
「えと、私の事を知ってるんですか?」
「そりゃファブナーリンドで杖職人と言えばヴェルディオン家だからね。あれ、でも家を継ぐのは長男だよね。なんで学校に?」
「頑固親父に言われてです。ヴェルディオン家たるモノ学校くらいは出ておけと」
「あぁ……あのヒトはそういうヒトだったね。まぁゆっくりしていってよ。二人で勉強頑張ってね」
「ありがとうございますっ」
ベルがセニオリスさんに頭を下げる。そういえばこのヒトもかなり位の高いヒトだった。アリシアさんばかりに目が行くけど、セニオリスさんだって、一応は建国に携わっているようだし。
セニオリスさんはそのまま本棚の影に消えてしまって見えなくなる。
「み、ミーシャちゃんっ! なんでセニオリス様とお知り合いなの!?」
「えと、まあ、色々とあって……」
「……ファブラグゼル家、聞いたこと無かったけどとんでもない家系、なの……?」
ベルが首を傾げる。実際はただの冒険者の子。知られるのが怖い。養子と知られれば、元はどこの子かを調べられると思う。普通のヒトは皆そうする。だって気になるからって。そうなると、わたしが冒険者の子って知られてしまう。冒険者の子だっていうのが恥ずかしい訳じゃない。それによって、ベルが離れてしまうのが怖いんだ。…………トラウマだ。どれだけいい子であろうとも、どれだけ純粋な子であろうとも、根底にあるのはヒトを見下す心だ。トルガニスの歴史が物語っている。だから崩壊したんだ。
「ミーシャちゃんは図書館を良く利用するんだね」
「え、どうして?」
「セニオリス様と知り合いになるってそれくらいじゃないの?」
「ん、ま、まぁそうだね。よ、よく来てる……よっ?」
嘘ではない。学校終わりになると図書館に行って、アリシアさん達を待って一緒に帰ったりする。決して二人が扱う転移魔法が便利だからってそんな理由は……無いよ? ……はい、白状します。白状しますよ。めっちゃ便利ですよ転移魔法。羨ましいよほんとにさ。そのために図書館行ってるよだって歩かなくていいもん!
「ミーシャちゃんなら試験余裕でしょ?」
「い、一応予習復習をしてるからそう見えるだけ、だよ」
「普通のヒトはそれが出来ないんだよ。私がその証拠」
「…………口動かさないで手を動かそっか」
はい……と小さく返事をしたベルが、筆記用具を渋々取り出す。勉強会ってのは建前なのは分かってるけど、建前じゃんで笑い飛ばすには彼女は寝過ぎ。赤点を取らない程度で良いなら簡単。殆ど入試で出た範囲の復習だ。だからたぶん知識として彼女の中に多少なりとも残っていると思うんだけど……。全部寝て忘れてしまったのだろうか。そんなわけないと思うけど。とりあえずそれらを掘り起こすのが最初の目標。教科書とか読めば大体思い出せるはず。
貸した教科書を丁寧に開くと彼女はやけにボロボロになっているノートを開く。三か月でここまでボロボロになるとは思えないから、たぶん昔から使いこんでるモノだと思う。教科書に書いてある重要な部分を探してそれを記憶する。書き取って覚えるのが一番早いと思う。それだけやっていれば基本的に筆記試験で赤点を取ることは無い。
問題は、実技試験。今回は無いけど、実技試験は才能が無ければ問答無用で弾かれる。とは言え、実技試験においては魔法が使えないからと言って単位が貰えないという訳じゃない。魔法は使うだけじゃなく、識る必要がある。識るだけなら魔法を使えなくても構わない。事実、魔法学者には魔法が使えない者も多い。使えないからこそ憧れ、識りたくなる。ロマンとは一番遠い場所にあるから美しいんだ。
でも、これ勉強会って言ってやる事なんだろうか。本当はどっちかの家でやって何だかんだ言い合いながらするモノなんじゃないだろうか。いや、前に読んだ本がそんな感じだったから……そうなんじゃないの? 現実と空想だから違うのはそうだけど、あぁいうのって割とリアル思考だと思うんだけど。
「ミーシャちゃんはどうしてあんなに勉強出来るの?」
「あ、与えられた機会を余しなく使ってるだけ、だよ」
勉強は嫌いじゃない。というか好きな部類だと思う。読書も好きだし、座学は好き。それでもって体を動かすのが苦手という訳でも無い。最近はあまりしていないから、体力も落ちているだろうけど、前はライラと一緒に冒険ごっこって言って走り回ってたんだ。寧ろ好きだったんだけど、アリシオス家に養子に入った時期を境にあまり運動をしていない。だって移動の殆どが転移なんだもん。歩くのなんて登校するくらい。
「私には真似出来ないなぁ」
ベルは溜息混じりに呟く。ベルは勉強が嫌いなんだろうか。確か親に言われて入学したと言っていたけど、本当は嫌だったんじゃないだろうか。だから眠っている?
「し、仕方ないよ、苦手なヒトも多いみたい、だし」
わたしはたまたま性に合ってるだけ。元々知りたがりだったのは本当だ。だから冒険ごっこなんてモノをしていたんだ。
ペラペラと教科書を捲りながら、ベルはノートに重要な点を抑えていく。正直な話、これで全部覚えられるのは今の内だけ。入試の経験が生きているだけなんだ。もしこのまま寝続けるのであれば赤点回避は難しくなる。とは言え、まあ仕方ないから一緒に勉強する事になると思う。わたしにとってベルはかなり大きな存在になったと思う。友達だとはっきり言える。だから、彼女が赤点取って補修とかになると、少し寂しい。
そういえば今日はやけにヒトが多い気がする。賑わっているという言い方は間違っているけど、ヒトが多いと思う。ほとんどの席が埋まってしまっている。こうなるとなんだか申し訳なく思えてくるな。……あぁいや、そうか。わたし達と同じようにここで勉強している子が多いんだ。試験前で、丁度学校から近い図書館なんて場所、使わないと損だ。
アリシアさんが運営する図書館だけど、お金は発生しているんだろうか。図書館って貸出とかが基本で売り物とか無いし、どうやって利益を出しているんだろう。まあいっか。今度アリシアさんに聞いてみよう。
「ミーシャちゃ~ん」
今度はアリシアさんの声で呼ばれる。呼んでから気付いたのだろうしまったと口を抑える。
「こんにちはアリシアさん」
「うん。こんにちは。ごめんね急に話しかけて」
アリシアさんがたはは~と帽子の上から自分の頭を撫でて、申し訳なさそうな顔する。その申し訳なさはたぶんわたしに対して普通に話しかけてしまった事だと思う。わたしの隣のベルが完全に固まってしまっている。そこでようやくアリシアさんと呼んでしまった事に気付く。……それくらいだったら別にバレないか……?
「二人で勉強してるん、だよね? 司書室使う? ヒトが多くて集中しにくいでしょ」
「あ、えぇっと……」
正直ありがたい。図書館だから声を出すのも憚れるような気がするんだ。勉強会だから別に私語が必要かと言われれば別に要らないけど、教える場面とかになると色々不便だ。
「あ、あああ、アリシア様!?」
人見知りをフルに発動したわたしみたいな反応をベルがする。そうなるでしょーね。同じ立場ならわたしもそうなってたと思う。
「ほ、本日はお日柄も良く……」
「曇りだけどね?」
「え、いや、えぇとっ。は、ははは、く、曇りが好きなので……。さ、最近少し暑いくらいだったのでありがたいなぁと……」
「あははは、面白い子だね、キミ。えぇと、確かヴェルニア・フォン・ヴェルディオンちゃんだっけ。杖の所……ってこれはオリちゃんと話してたか……」
アリシアさんは微笑みながら、思い出す様に顎に人差し指を当てる。たまに見る考えるヒトの代表的なポーズ。わたしもたぶん無意識でやってると思う。
「ど、どうしてアリシア様が私達にお声を……?」
「あ……、えぇと、まぁ気まぐれだよ気まぐれ」
「気まぐれ……」
苦しい言い訳すぎない? このヒト嘘吐けないでしょ。下手すぎる。ヒトの事言えないけどさ。気まぐれって、一番分かりやすい嘘じゃないか。アリシアさんが気まぐれで動く事なんて絶対にない。この九か月間程で知ったんだ。
「魔法使いは気まぐれなものだよ」
分かりやすい嘘すぎる。さてはこのヒト何も考えてないな!? …………? なんだ、いつものことじゃないか。
「み、ミーシャちゃん、なんでアリシア様と知り合いなの? 凄くない?」
「図書館に良く来てるからだよ」
「その理論だと図書館常連客全員アリシア様と知り合いって事になるけど、とんでもない事だよそれ……っ」
「た、たまたまだよ。うん奇跡的に話す機会があっただけで……ね?」
「…………嘘ばっかり」
「ウソジャナイヨ」
ベルの詰め寄りに思わず目を逸らす。
「やっぱ嘘吐いてるっ! ミーシャちゃん分かりやすいからなぁ」
「声大きいよベル」
「あ、ごめん」
どうしようか。声を掛けて来てくれたのは嬉しいし申し出も凄く嬉しいけど、集中出来るか? と言われればベルは無理でしょ。ベルの反応はヒトに会った時の態度じゃなくて信仰対象と会ってしまったような反応。アリシアさんはこの反応を嫌うけど、大人だから表に出さないんだろう。それくらいの強さが欲しいな、わたしも。それくらいの強さが無いとわたしは一生人見知りのままだと思う。
「ベルが大丈夫なら司書室行きますね」
「司書室って私達みたいな普通のヒトが入って良いんですか!?」
「ん、ん~。まあ良いんじゃない?」
そうは言いつつわたし達以外は絶対に入れないだろう。娘だからとは言えないから適当に誤魔化したんだと思う。
「じゃ、じゃあ、こんな機会二度と無いと思うので、ぜひっ!」
「じゃ、準備出来たら司書室に来てね」
アリシアさんはあっさりそのまま司書室へ戻っていく。少し疑問に思ったのは、あれだけ声を出したのに周りのヒトに何も不思議に思われてなさそうな事。アリシアさんが何かしたんだと思うけど、何をしたんだろう。また結界? だとしたらまた無詠唱。いやセニオリスさんの可能性もある? どちらにせよ一切気取られる事なく事を済ましている辺り怖い。九か月くらい一緒に暮らしてきたけど、こういう所は未だに怖いと素直に感じてしまう。ヒトの技術じゃないでしょ、これ。
「じゃあ行こうか」
「慣れてるね、ミーシャちゃん。少なくとも私と話す時より緊張してない」
「そ、そんな事……ないよ!?」
「本当に嘘吐くの下手だね。なるほど、アリシア様達とゆかりのある家系か……そりゃあ色々と納得行くよ」
わたしを見て大きく頷く。なんとか誤解してくれたみたい? だ。
「あれ、でもなんで聞いたこと無かったんだろ。普通それくらいの家系なら名前くらいは……」
「ほら、行こ?」
準備を終えて声を掛ける。これ以上深く考えられたらやばい。地頭のいい彼女なら、たぶん結論を言ってしまう。バレたくない。最悪、養子というのはバレても良いから、冒険者の子だっていうのはバレたくない。
「う、うん」
半ば強引に彼女を連れだして司書室に入った。
ごめんね、わたしが弱い所為で、君に嘘を吐いているんだ。
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