027

「おはよ、ミーシャちゃん」


 ベルの声がして、後ろを振り向く。中央広場前で声を掛けられた。そっか、そういう事もあるんだ。


「お、おは、よっ」


 学校の外で話すというのは少し気恥ずかしい。にしても、決意した所でわたしの人見知りは治らないらしい。そんな簡単な問題じゃないみたい。


「昨日よりもなんだ明るいね?」


「そ、そうかな……」


 気分的には晴れやかだと思う。何しろ色々言い合ってすっきりしたので。ともあれ決意したとかそんな大それたものじゃない。まだ多少のわだかまりは残っていると思う。それでも少しは前進したんだ。なら良い事だ。


「今日から本格的に授業だねぇ。楽しみなのはある?」


「えと、ま、魔法理学……かな」


 適当に思いついた授業名を口にする。正直どれでも良い。魔法学というガワだけのモノに囚われるなって意味だったのは間違いないけど、アリシアさんにあんな事言われたら、色々と思う事がある訳で。要は心の持ちよう、か。魔法理学という分かりやすい導があるから、ヒトは思い込み、理解しているのだから必ず使えると自己肯定感に後押しされる。だから、急な戦闘や、冷静さを欠いていた時上手く発動出来なかったりするらしい。まぁ全部アリシアさんが言っている事だ。わたしにはそれを正しいとも間違っているとも言えない。現にアリシアさんが言う様にすればアグニは発動出来た。初めての魔法としては満点だねって言われたけど……。


「魔法理学……なんだか頭が痛くなりそうな題材だよねぇ。魔法学は分離しすぎっていうか」


「こ、これでもまだ、細分化、されき、ってない……みたい、だよ」


「えぇ~これで? 魔法って最初に着く学問多すぎでしょ。明らかに力の入れ方がおかしい」


 ベルが大きく首を振る。魔法学の分類はちょっとおかしいくらいに多い。魔法理学、魔法が自然界においてどのように作用するのか、だとかそういうの。アリシアさんはあんなつまんない学問良くもまぁ研究する気になるよね~との事。アリシアさんがきっとこういうのだから、たぶん面白いと思う。アリシアさんは全て切り詰めた結果の話をするから……。魔法は殺しの道具とか。極論だよ全部。傷を治す魔法もあるんだからさ。


「で、でももしかしたら、お、おもしろいっかもよ?」


「ミーシャちゃんは変わってるね」


「そう、かな」


 学ぶという事に対して抵抗は無い。知識が増えていくのは嬉しい。魔法式の事は良く分からなかったけど、魔法はこうすれば発動するという式に当て嵌めてしまえば、それを起点にすれば、理論的にはあらゆる魔法を使える、というのは正直面白い話だと思う。とは言え、それが出来たら苦労しないって話でもあるんだけど……。


 アリシアさんが使う魔法はその殆どがオリジナルらしい。転移はどうやらセニオリスさん発案らしいけど、その他の魔法は、聖方式から現代式にアレンジした時、基準とする式を書き換えたらしい。それは最早オリジナルと言っても差支え無い。


 えと、分かりやすく説明するのは難しいんだけど、つまりは、今まで使われて一般化されていた数学の公式の一部を破棄して一新した、と言えば多分合ってる。無駄な計算を省いて魔法を更に使いやすくして、聖方式では足りないと言われた魔力量でもある程度可能にした夢の様な魔法式。


 これは魔法の基盤の話だから、広めていくのにかなり時間が掛かったみたいだ。まあそりゃあ、君、今までの呼吸法古くなって使えないから新しい呼吸をしてね。ほら、耳とかで良いから、と言われるようなモノ。出来るか、そんなの! と叩かれるのが殆どだと思う。なので現代魔法が正式にいつから根を張る様になったのかはアリシアさんも分からないらしい。これを無責任と言うんだよアリシアさん。


「でもま、実技とかはまだ先だよねぇ」


「ま、まあ、先に座学から、っていう、のはっし、仕方ないっと思う……よ?」


「そりゃどこぞの魔法使い様みたいにグラーヌスバンバン撃てるとか思ってないけどさ。折角魔法学校に入るんだから、実技で魔法撃ってみたいじゃん?」


「あ、あはは……あれは異常だからね」


「見た事あるの?」


「え、……な、無いよっ!?」


 どこぞの魔法使い様。なんだその名前を呼んじゃいけないヒトみたいな扱い。まぁあながち間違ってないと思うけどさ。というか、ベルはアリシアさんを知っているんだ。気を付けよう。アリシアさんがわたしの親って知ったら流石の彼女もたぶん萎縮すると思う。


「ま、いっか」


 ベルは少し考え込んでから、呟いて、わたしの少し斜め前を歩く。慌てて着いて行くと、彼女は少し振り向き気味になりながら話そうとするので、それは危ないと思い、ベルの隣を歩く。アリシアさんやセニオリスさんと歩く時、私は大体斜め後ろの位置を歩く。なんというか、あのヒト達の隣に座るのはなんだか申し訳なくなるんだ。わたしなんかが、なんて卑下するなとは言われてるけど、いや、それとこれとは話が、違うじゃん? 卑下とかじゃなくてそもそもアリシアさんは半分信仰の対象なので……


「ミーシャちゃんって、杖重くないの?」


「しょ、正直重い、よ」


 装飾はされているけど、そこまで多いわけではない。だけど、元々の素材が重いのか、ずっと持っているのは辛い。魔法使いの辛い所だ。杖が重くてやってらんない。剣とかだったら背負ったり腰に帯刀したり出来るけど、杖ってそういうのあまり……。いや、やるヒトはやるか。ベルだって背負ってるし。でも残念ながらわたしの身長じゃ背負ったとしても先っぽを地面に引き摺りそうなんだよね。


 そもそも魔法使いの杖の装飾は機能美というモノをあまり重視されない。剣だとか鎌だとかは洗練されていってシルバー輝く美しい刀身にシンプルな柄とかになるけど、杖だとそうもいかない。杖でそれをやると枝一本になってしまう。そんなんダサすぎる。杖の先がくるくる曲がっているのとか、あれどうやって作ってるんだろう。魔法使いの杖と言えばあぁいうのでしょ。最近のは可愛さカッコよさがいの一番に重視され、その後に性能がやってくる。


 わたしが貰った杖はどうなんだろうか。綺麗だとは思うけど……、アリシアさんの事だからたぶん機能が先。特殊な杖らしいし、先に機能面を作っておかないと難しいと思う。杖職人の家系であるベルが首を傾げていたし、本当に貴重なモノなのかもしれない。


「……じゃあなんでって思ったけど、前言ってたね。魔力を吸い取ってるんだっけ」


「う、うん。そうしないと、い、色々と弊害っが、ある……みたい、で」


 魂がどうとか。魂の代謝による魔力の生成、なんて話をしても……。アリシアさんだけが知っているのか、それとも魔法学の中では一般的な情報なのかわたしには測りかねる。あまりアリシアさんから聞いた話を垂れ流すのもいかがなものかと思う。あのヒトだけ情報量がおかしいんだ。セニオリスさんに教師をしてもらっていた時はそんな事は無かった。わたしの学力に基づいてしっかり話してくれていたんだ。


「ふ~ん。普通の杖とは違って無くすのはまずいね」


「ふ、普通の杖でも、無くなるっのは、ま、まずい……ん、じゃない?」


「まあそうだけど、なんというかなんで杖に仕込んだんだろうね? アクセサリーでも良いと思うんだけど」


「……、」


 あれ、そういえば。結局宝石から魔力を取り出す事には代わりないと思う。わたしが溜め込んでいる魔力を使う事無く使えるという利点だけで杖に詰め込んだのだろうか。別にアクセサリーに溜め込んでわたしの魔力が減ったら逐次魔力を補充すればいいじゃん。けど、なんで?


「今度、聞いてみよ……」


 ぽつりと呟く。効率が良いという文言だけじゃないと思うんだけど。


「ミーシャちゃん?」


「あ、な、なんでもないっ」


 少しだけ考え込んだせいでベルとの間に距離が出来ている。考え込むと歩くスピードが落ちるのは悪い癖。というか考え込みながら歩くのは危ないからやめたいんだけどな。


「まあ遅刻はしないだろうけど、早めに着いて後ろの席取ろ?」


「う、うんっ」


 毎日席を取ったもん勝ちっていうのは不便だ。出席番号とか、そういうのが無いから自由になっているのだけど、こういうのって大体後ろの席が人気で前方はスカスカになるイメージがある。わたしが前の席に座ると、その、別に見られてないけど見られている感覚になって死寝ねる自信がある。人見知りを舐めないで貰いたい。体がプロミネンスします。


 中央広場に入ると、ドッと生徒の数が増える。わたしと同じ制服を着ている子があからさまに増える。学校前で待ち合わせして学校に入るのだろうか。もうそれ教室で待ってた方が良いんじゃないの? そもそも皆居住区に住んでいるんだから、居住区で待ち合わせすれば良いじゃん? 居住区も広いとは思うけど、わざわざ中央広場で待ち合わせてそのまま学校って。遊びに行くとか、デートだとかだったら分かるけど。学校の目の前で学校に行く待ち合わせはちょっと意味が分からない。わたしだけ?


「一年生って私達のクラス含めて三つしかないはずだし、上級生もそこまで多い訳ではないんだけど、なんか多く感じるね」


「ま、まあ、かなり集まって、る……から」


「まあぼちぼち別の学校の子も居るしね」


 ヒト自体が多い。冒険者も闊歩しているし、生徒も歩いているし、主婦やらなんやら沢山のヒトが居る。中央広場から伸びる様にして全ての区域が繋がっている所為だ。普通トラブルを避けるために学校と冒険者ギルドは離れた位置に作るのが鉄板だと思うのだけど、なんでか知らないけど、殆ど横並び。さらにその隣に図書館だ。わぁ、ごちゃごちゃだぁ、ここ。設計案どうなってるんだ?


 校門まで来ると、緊張がやってくる。足がピタリと地面にくっついたかのように動かなくなってしまう。嫌な事を経験したわけじゃない。自分でもなんでこんなに緊張しているのか分からない。色々な場所からやってくるプレッシャー? それはあると思う。アリシアさんやセニオリスさんだって、わたしに対して期待しているんだ。神子になれ。一本道にしてくれとせがんだのはわたし。だからそれに対して文句は無い。これはわたしが真に乗り越えなきゃいけない難題だ。


 先生からも特別扱いを受ける。普通に接するようにとアリシアさんからの言葉はあったけど、アリシアさんに対する態度も変わっていない様に私への態度もそこまで変化するとは思えない。立場、か。わたしにとってそのギャップが最悪だ。わたしは平民だ。特別じゃない。ましてや冒険者の子。商人の子でも無いんだ。それが、こんな学校に来れて、神子候補だからと特別扱いを受ける。生徒からではなく先生から。年上に気を遣われるというのは、わたしには耐えられない。


 わたしは特別なんかじゃない。ただの平民の子。冒険者の子。だから、そういう扱いなんかされた事無いし、アリシアさんの娘なんて名乗る事になったら気絶する自信がある。あのヒト達の前で、あのヒト達だけなら娘だって言える。けど、他人に対しては、無理だ。


 ふと、右手を何かが包んだ。


「大丈夫だよ、ミーシャちゃん」


 優しくわたしの手を握ったのは、ベル。わたしの足が止まった事に気付いた彼女は、その理由を察したんだ。


「──────────っ、」


 大きく、ゆっくり息を吐く。一人じゃない。ベルが傍に居てくれる。まだ二日目の仲だけど、友達が居る。だから大丈夫。大丈夫なんだ、ミーシャ。わたしは、アリシアさんの娘。ならこれくらいどうってことは無いでしょうが。


 手を引かれて、一歩前に。その一歩で校門を越える。昨日、校門を一人で越えれたのは奇跡だ。というより、考え事ばかりしていて、いつの間に超えていたというのが正しい。


 喜ぶのはまだ早い。今度は教室というラスボスが待っている。


「……慣れるまで一緒に入ろうか」


「…………い、良いっの?」


「もちろん」


 ……この子、もしかして今日もわたしのことを待っていたのかもしれない。タイミングがそうとも取れるくらい絶妙だった。……そこまで優しいはずが無いし、たぶんたまたまだと思うけどね。


「じゃあ、明日もこの時間で、中央広場で落ち合おうか」


 …………、意味があった。よぅしさっきの訂正ね。ここで落ち合う理由、まさか皆緊張して……っ! いや、そんなわけないか。わたしには明るいヒト達の考えは分からないや。関わることもあまりないだろうから別に良いんだけどさ。


「わかっ、た」


 頷くと彼女は嬉しそうに、わたしの手を取ったまま、校舎へと向かう。エントランスに入って、そのまま教室の前まで。そしてわたしの足が止まる。正直、分かっているのに動かない。何も怖くないと知っている。最初から他人に対して悪意や害意を持っているヒトなんて存在しない。だから何も怖くない。そもそもわたしは後ろの席でこそこそ授業を聞くだけなんだ。誰に何を言われる筋合いはない。怖くない。何も、怖くない。けど、わたしの頭は万が一を考える。それが怖い。怖くて動けなくなってしまう。濡れてしまったかのように震えて、吐き気が込み上げて来る。なんでわたしはこうなのか。どれだけ決意しても、どれだけ努力してもきっとこれは治らない。


 …………シグの心の話をした時、トラウマでそうなるんですか、と訊いた。馬鹿か、わたしは。そのトラウマの所為でそうなっているのはわたしもでしょうが。……たった一言だったと思う。ううん、たぶんそれは正しくなくて、何度も言われたと思う。絡んだのは複数人だったから多分その数だけ。覚えていない癖にトラウマだけ自分に植え付けて、しかもどうせ言った本人は覚えてない。酷い話だ、まったく。そう思いながら克服出来ないわたしも、ね。


「ほら、落ち着こうね。ゆっくり息を吐いて、はい良い子良い子。大丈夫だからねぇ」


 ベルがもう慣れてしまったのか、わたしの背中を擦ったり頭を撫でたりしながら落ち着かせようとしてくれる。昨日と同じように水をわたしに呑ませて……、わたしはどうして、治す事が出来ないんだろう。だって知ってるじゃんか。わたしのトラウマの理由も、その中で唯一味方で居てくれた彼の存在も、背中を押してくれるヒトも、守ってくれるヒトも、守ってあげたくなるようなヒトも、居るのに。なんで、どうして、わたしは変われない? 知っている癖に、分かってる癖に、怖いから? 単純に逃げたくなるだけ? 違う。違う、そんなんじゃない。そんなんじゃないッ!


「──────────っ! ごめん、ありがとう」


 もう一度大きく息を吐いて、杖に体重を預ける。大丈夫。怖くなんかない。変わるべきなのは、人見知りじゃ、ない。


 ドアを丁寧に開く。なるべく音が出ないようにしながら隠れる様にして教室に入ると、すぐに後ろが空いているのを確認する。先に鞄を置いて席を確保してから杖を置き、宝石を割る。


「良かったね、後ろ空いてて」


「う、うん。この時間、ならっあ、空いてる、みたい……だねっ」


 秘匿結界が上手く発動したのを見届けてから、振り返ろうとすると、


「わっぷ……っ」


 ヒトとぶつかってしまった。ベルではない、クラスの男子。


「ご、ごごごごごめんなさいっ!」


 勢いよく頭を下げると、


「あ、あぁ、悪い俺も前見てなかった」


 顔は見えないけど、怒ってない……?


「あれ……?」


「…………?」


「いや、なんでもない。悪いな。気を付けるよ」


 男のヒトはそのまま前から三番目辺りの席に座った。たぶん、わたしが杖を置いていたのを見たのに、存在が認知出来なくて頭の中がこんがらがったんだと思う。置いたという事実と認識出来ないという現実が最悪にマッチしたんだ。そりゃ、不思議な顔もする。


「気を付けなよ? ミーシャちゃん」


「う、うん」


 怖いヒトじゃなくて良かった。心から思う。怖いヒトだったら、情けなく泣いてたと思う。そうなるとあのヒトにも更に迷惑を……。? 目が合ってしまった。どうしたんだろう。やっぱり怒っているんだろうか。


「ミーシャちゃん可愛いから気になるんじゃない? ほら、クラス一の美少女だから」


「…………お、お世辞が、上手、だね……っ」


 あはは、と力なく笑う。


「私お世辞なんて言ってないよ。ま、いっか。可愛い可愛くないは結局個人の主観だし」


 ベルも杖を置いて、わたしの隣に腰を下ろす。


「気を付けないとダメだよ。これからどんどんヒトと話す機会が増える。そうするとミーシャちゃんの可愛さに皆気付いちゃう」


「………………、べ、ベルも、可愛い、よ」


「えっへへ、ありがとっ」


 …………、冗談なんかで言わない。けど、綺麗に流された。こういう対応が出来ないとダメなんだろうなぁ。わたしには一生掛かっても無理。


 ベルは、はっきりした輪郭と、すらっとした手足。まだ十二歳だというのに、出る所はきちんと出ている。とは言え、わたしと比べてっていう前置詞が着くけど。こ、これから成長期迎えるもんね! い、いつかわたしだってそりゃ立派なモノを賜るかもしれないじゃん! ……ライラはどっちの方が好きなんだろう。なんて自分の胸に手を置く。


「ミーシャちゃんはそのままが一番だと思うよ?」


「……………………、わ、たしっ、そ、そそそそそ、そんなっに、顔に、出て……た?」


「いや当てずっぽう。けど、当たったみたいだね?」


「ず、ずるい!」


「ずるくないよ~。気になるよねぇ。好きな子が居れば余計、さ」


「……………………っ! ~~~~~~っ!」


「顔真っ赤っ! 可愛いなぁ。こりゃその王子様っていうのが本格的に羨ましいぞぅ?」


 ベルは微笑ましいモノを見る様に、にんまり笑顔でわたしを見る。アリシアさんがわたしを弄る時と同じ顔。くそぅ、言わなきゃ良かった……っ!


「と、まぁ冗談は置いといて。今日の講義は……、あぁ魔法理学だっけ。ミーシャちゃんが興味持ってた……」


「う、うん。そう……だよ」


 教科書を鞄から取り出しながら答える。だから魔法理学って答えたんだけどね。どれでも良い。知識が増えるのなら、わたしにとってどれも嬉しいことなんだから。


 ベルが少し溜息を吐く。座学は苦手なんだよなぁと呟いている。憂いているんだろう。その気持ちは分からないことも無い。座りっぱなしは疲れる。だからわたしは適度に体を動かしていた。散歩とか、その一環。昨日ついに魔法の使い方を教えてもらった。これで息抜きに魔法の練習が可能となったのだっ! ふんすふんす。まあアグニだけだけど。無詠唱? 無理無理。詠唱すっ飛ばして魔法を使うヒトが身近に二人も居る所為で感覚がおかしくなっているかもしれないけど、普通あんなの無理だから。わたしにはグラーヌスも使える未来が視えない。


 確かに、仕組みは教わった。要は思い込み。その為に行うのが口でぶつぶつ呟く空の詠唱。これはこうすれば出来るという世界で共通認識を作り上げる為にある意味の無い文言。アリシアさん曰く、真に必要なのは祝詞だよ、との事。それさえもカットしている気もしないでも無いけどな……?


 分かりやすく言えば、自己暗示。わたしに出来るとでも? 出来ていたらわたしは人見知りをとっくに克服してる。


「うへぇ……小難しい事ばっかり書いてる。いや、入試の時点で出る部分じゃんこれ。なんで今からまた学び直すんだよ……意味わからん」


 ぶつぶつ呟きながら、しっかり講義の用意をしている所を見ると心の底から嫌がっているわけではないらしい。親に行けと言われたから来ていると言っていた彼女にしては意外。


 ベルが言っていることも分かる。初歩の初歩の知識の話。こんなのは、アリシアさんの養子になってから一週間くらいで暗記した部分だ。今更また、というのはなんというか時間の無駄を感じてしまう。まあ、別のヒトに習えば別の視点を見つけられるかもしれない。そう思う事にしよう。


 そんなこんなしていると、教室のドアが開き、先生が入って来た。私語はここまで、今からしっかり集中していかなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る