024

 結局、ヴェルニアさんに始まった途端取ってもらって、わたしは実質見学の様するような状態になった。とてもありがたい。今のわたしには刺激が強すぎる。


「ミーシャさ、……ん」


 少し離れている所に座っていると、先生が声を掛けてきた。先生は知っているからたぶん様を付けようとしてギリギリで踏み止まって「さん」になった。最大限の気遣いなんだろう。


「貴女は私の生徒です。何かあれば仰ってください。それと、そんなに気負わないでください。貴女は特別ですが、ただの女の子なのには変わりない。それに十二歳となれば思春期でしょう。色々と思う事もあるかもしれませんが、一旦は学びに集中してみるのも良いと思いますよ」


「……………………………………………………」


 わたしの悩みを知っているのだろうか。いや、知ってるはずが無い。アリシアさんやセニオリスさんにも言っていない。神子になるならないの単純な話じゃないんだ。わたしにとっては生きるか死ぬかの選択に等しい。


「……、終わったみたいだな」


 わたしにとってはとても迷惑な話だけど、皆は楽しめた様だ。ヴェルニアさんも結構楽しんだ後にあぁ~満足したってわざと取られていたし。


「よぅし、それじゃ教室戻れ~、戻ったら各自解散で良いぞ~」


 今日は初の登校だった。本来はこういうのは入学式の後とかにやるべきだったのだろうけど……。なんでわざわざ分けたんだろう。何かあったのかな。


 皆各々教室へ帰っていく。わたしは最後で良いや、と座ったまま。ヴェルニアさんはそんなわたしを見つけて駆け寄ってくる。


「戻らないの?」


「さ、最後で良いや、って」


「そっか。ならお供しよ~っと」


 隣に座った彼女はわたしに微笑みかける。


「な、なんでそ、そんなにわた、しをっ構って、く、くれる、のっ?」


 思わず聞いてしまった。彼女の優しさは度を越していると思う。今日あったばかりだ。まだ少ししか話してない。なのになんでキミはそんなにわたしを構ってくれるの? と。意味がわからないんだ。わたしにはどうしても。過去が、過ぎる。冒険者風情の娘、か。知られたらキミもああいう風になるんでしょ? …………なぁ。


「そりゃあミーシャちゃんが可愛いからだよ」


 ………………困った、本当に善意だけのヒトだ。ひねくれてしまったわたしとは違う。彼女は本当に真っ直ぐなんだ。あぁ、わたしもこういうヒトだったら、きっとライラを待たせてなんかいなかった。羨ましい。


「…………………………………………」


「可愛い子は好きだからね。誰だってそうだと思うよ。ミーシャちゃんくらい可愛いならモテモテでしょ」


「……そんな、ことっない、よ」


 そんなわけがない。わたしは、ダメな部類のヒトだ。ダメダメだ。沢山のヒトの助言を貰って、一度心に決めた事さえも揺らいでいる。一貫性の無いゴミ。心の中がぐちゃぐちゃで答えが出せない軟弱者。


「良いなぁっ! ミーシャちゃんみたいな可愛い子と婚約してるって事でしょ? 許嫁の相手はっ!」


「………………………………」


 彼女は手を後ろについてそのまま腕に体重を預け空を見上げる。


「ミーシャちゃんは、許嫁の事どう思ってるの?」


「え……っと。…………ど、どうだろ……っ、わ、わかんっない……」


「顔真っ赤にして言うセリフじゃないねそれ。分かって言ってるねそれ。え、わっかりやすっ!」


 やっぱりわたしわかりやすいんだ……。


「そっかぁ。好きなのかぁ。良いね、ちゃんと幸せになれると良いね」


 彼女は優しく笑う。


「けど、わ、たしっじゃ、彼につ、釣り合わない、から……っ」


「ミーシャちゃんで釣り合わないってとんでもない聖人なの? ミーシャちゃんで釣り合わないならもうこの世界にそいつと釣り合う奴なんて居ないでしょ。独断と偏見だけど」


「わ、たしにとってっは、王子様、だかっら……」


「………………………………、そういう事ほんとに言う子が実在してたんだ……物語の中の空想だとばかり……。そっか、王子様か、そりゃ頑張らないとだ」


 …………善意だけでここまで優しくなれるのなら、きっとこういう子が幸せになるべきだ。きっとヴェルニアさんはこの国で一番の幸せ者になる。ならなくちゃいけない。それだけのヒトだと思う。


 耳まで熱くなった顔をどうにか冷まそうと手で仰ぐ。ライラの事をどう思っているか聞かれると毎回顔が熱くなる。わかりやすいって言われるのも仕方ないんだろうけどさ。これじゃ本当の意味でライラと顔を合わせた時、爆発するんじゃないだろうか。


「そろそろ皆帰ったかな。戻ろっか」


「う、うんっ」


 立ち上がったヴェルニアさんに続いてわたしも立ち上がり、教室の方へ向かう。


「そういえば、釣り合わないって、なんで? 相手が王子様って言ってもミーシャちゃんなら問題ないと思うけどな」


「…………、わ、たしって、こ、こんなっだから……つ、釣り合わない、し。や、約束もっした……からっ」


「約束ってそういう……。良いなぁ、青春じゃん」


 制服が風に靡く。少しだけ風が強い。ヴェルニアさんは両手を後頭部に置いて、にへら~と笑う。少しだけ面白がっているんだろう。まぁそれくらいならもう慣れた。アリシアさんにユメ様、この二人と似たような表情。


「ミーシャちゃんが居るなら、毎日学校も楽しそうだねぇ」


 わたしにとってその笑顔は太陽の様で。眩しくてあまり目を向けたくない類のモノだけど、わたしがひねくれてる所為で彼女の事を嫌いにはなりたくない。わたしは我儘なんだ。たぶん……だけどさ。


「ど、どうして、そうっお、思う……のっ?」


「え、う~ん。だって、話してて楽しいし……ね?」


 はにかんだ彼女から目を逸らす。直視していると、自分がすり減っていくような気がする。惨めにも程がある。わたしってこんな性格だっけ。


「まあまだ会って間もないし、これからミーシャちゃんの事を知っていくんだろうけど、今のところ楽しいし、きっとこれからも楽しいよ。私、こういうの直感で分かるんだ~」


「…………、」


 わたしはこの子には一生敵わないって泡の様に舞う感情が弾けたような感覚があった。単純だなぁわたし。まだ一日しか話してない。だけど底抜けに明るい彼女を見ていると、不安と自虐で出来たわたしが消えてしまいそうな気がする。


「べ、ベル、はっ、この学校に入、って何か、し、したいことはある、のっ?」


「したい事かぁ。……難しいなぁ。なあなあで入っちゃったからそういうのは考えてなかったや。でもそうだなぁ、したい事かぁ。考えておくべきなんだろうな、私」


 最後は呟く様に小さくなっていった。彼女にとって学校は目的を果たす場所ではないんだろう。けどそういうのが無いとどうにもやりづらいとも思っている様で、少し悩んでから、


「ま、講義受けてたらその内見つかると思う。最終的にお兄の手伝いが出来ればそれで良いから」


「そっ、か」


 十二歳で目的が明確に決まっているのは流石に早計すぎる。わたしみたいな特殊な状況か、貴族の生まれならば決まっているかもしれないけど、この国ではそうもいかないと思う。親が勝手に決めるというのもあると思うけど、だとすればわざわざ学校に行かす必要は無いんだ。学校に行かせるお金があるなら、その分個人で学びを与えた方が効率が良い。だからこの学校に来るのは結局中途半端なヒトが結構多いと思う。わたしだってそうだし。わたしの場合は神子以外も選べるようにっていうアリシアさんとセニオリスさんの善意だろうけど……。


 だったら最初から神子になれって強制された方が良かったかもしれない。だって、そうだったら、さ。わたしは必要なんだって思えるじゃんか。


 教室に着くと、殆どのヒトは既に帰っていた。都合が良い。待って居たとはいえ案外早かった。全員ではないにせよ、思ったよりも皆早く帰るものなのか。先ほどのレクリエーションで幾らか話し相手は見つけた様に見えたけど……それとも中央広場で話をしているのだろうか。


 教室の後ろまで行って、杖に掛けた秘匿結界を解いて杖を持つ。帰る準備はそれだけで終わり。レクリエーションが始まる前に全て鞄に詰め込んでいたから、持ち物はこれだけ。ベルも同じで鞄と杖を持つ。


「秘匿結界って初めて見たなぁ」


 ベルがわたしの杖をじっと見つめる。秘匿結界と言っても物理的に隔絶する訳ではないらしい。認識を逸らすというのが正しい表現。アリシアさん曰く、そこにあるモノを無いモノとして認識させる、単純な迷彩効果らしい。


「ま、まぁ、あ、あんまり見ないかも、ねっ」


 アリシアさん手製のだからそりゃ見るわけがない。そもそも宝石魔法は売り物じゃないし。本来は錬金術が絡む要素をアリシアさんが無理やり手順を省いて作ったモノがこれ。アリシアさんの手製の結界宝石魔法の時点で誰にも破れないのに、無いと認識させる事によってそもそも結界があるとも分からないって、殆ど無敵の結界じゃん。思えばそんな高性能なモノを杖を隠す為だけに使うのはどうなんだろう。


「さて、帰ろっか。ミーシャちゃんは何か予定あるの?」


「と、図書館に行かないと……かな」


「そか、なら校門でお別れかな」


 彼女の持つ杖は淡い水色をベースにした柄に蜻蛉結びの様なたぶんヒモの装飾が施され、先の方には水晶が施されている。わたしの杖とはやっぱり全然違う。


「そ、その杖、は。お、お父さんが作、った……のっ?」


「ん? いやこれはお兄が作ったの。入学祝いだってぶっきらぼうに渡されてね」


「そう、なんだっ」


 この子はお兄さんの事が大好きなんだろう。照れ笑いを浮かべているのはたぶんその所為。家族思いの良い子なんだと思う。お父さんも早く嫁に行けとは言うけど嫁に行かすだけなら学校なんて行かせないだろうし、家系のプライドとしても嫡男が居るならば十分でしょ。だから純粋に学校に行って欲しかっただけの口実なんだと思う。


 教室のドアに向かって歩き出したベルを慌てて追いかける。


「良い出来だけど、お父さん曰く売り物には出来ん! って。可愛い見た目だから売れると思うんだけどなぁ」


「で、でも個人に調整し、しないと、ダメって……っ」


「あぁ、うん。そうだね。でも見た目は同じのを作れるでしょ? まぁ元から私のみに調整して作ったって言ってたから……そういう意味で売り物にはならないって言ったんだと思う」


「い、妹思いの、い、良いお兄さ、ん……だねっ」


「そうかな。…………うん。そうかも」


 教室を出て階段を下りて、エントランスを出て、校門へ。軽い雑談を交わしながら、だけど殆どの会話の主導権をベルが握ってくれた。そのおかげで話せている。ベルが居てくれて良かった。じゃないとわたしはたぶん教室に入る事さえ出来なかったと思う。


「それじゃまた明日」


「う、うん。また、明日……」


 また、明日。こんな事を言ったのはたぶんライラと別れて以来だと思う。友達なんて、ライラしか居なかったし、さ。だからなんだか少しだけ嬉しい気もするし、複雑な気もする。ライラにしか言った事の無かった特別な言葉、なんてそんな事を思っていたのかもしれない。


 ベルはそのまま真っ直ぐ居住区の方へと歩いていく。わたしはそっちの方向じゃなく、そのまま図書館の方へと向かう。シグも出掛けると言っていたから帰る前に寄ってねと言われていたんだ。わたし、鍵持ってないし。アリシアさんとセニオリスさんは基本的にずっと二人一緒だから一つで良いとして、もう一つはシグが持っている。なんだかんだ外に遊びに行く事が多いから彼が持つ方が適しているという判断。


 今日の学校は正直こんなに早く終わると思っていなかった。一時間くらいしか学校に居なかったんじゃないだろうか。ご飯代も貰ってしまったし……アリシアさん曰く『本当は私が用意するべきなんだろうけど、あの通りだから……っ! ごめんっ!』との事。あの通り、とは黒焦げになったナニかを指してた。あれはたぶん、卵焼き。卵の無残な殻があったからたぶん……。火力間違えなければ黒焦げになる事なんて無いと思うんだけどな……。


 図書館は営業を開始して暫く経つ。セニオリスさん曰くかなり利用者が多いらしい。学校が近いというのが大きいんだと思う。わたしもたまに利用するから、使い勝手の良さは良く知っている。シグもたまに利用してたと思うし、かなり人気の高い場所になってる。


 アリシアさんが運営しているという時点でかなりの信頼度を得ているらしく、正直図書館ってこんなに大量の利用者が発生するモノだったかな? と首を傾げてしまう程だ。ファブナーリンドの住民はそこまで多い訳じゃない。商人が多い為皆すぐにどこかへ行ってしまうから、全体的にヒトは少ない。冒険者も多いには多いけど、まぁ家無しで実質ギルドに住んでるようなヒトも居るらしいし……あれは住民と言って良いのだろうか。


 図書館に入る。賑わっているという表現は間違っているだろうけど、読書スペースは殆ど埋まっている。わたしはそっちに用は無いのでそのまま司書室の方へ向かう。受付にアリシアさん達の姿は無く、手伝いのヒトが担当している。あのヒトが受付に立つと色々と問題があるんだ。畏まるヒトばかりだから、きちんと機能しない。


 受付のヒトに軽く会釈して、ノックはしなくて良いと言われているからそのまま司書室に入る。


「思ったより早いね、ミーシャちゃん」


「配布物とレクリエーションだけで終わってしまったので……」


「そか。入学式の時にやれば良かったのにね。なんで面倒な事したんだろ」


 セニオリスさんは宙に浮きながら、鼻提灯を作っている。寝たふりだ。露骨すぎるでしょ。何か言い合いでもして不貞腐れて寝たフリをしたとかそういうのだと思う。


「すぐ帰っちゃう?」


「一度帰ってまたご飯食べに出るのも面倒なので迷惑でなければここで過ごそうかと」


「そか。喜んでどうぞ。ちょっと待ってね」


 アリシアさんが指を鳴らす。恐らく空間置換で取り出した椅子が彼女の隣に置かれる。


「はい、どうぞ」


 彼女は優しく微笑む。そういえばセニオリスさんの椅子が無い。アリシアさんのささやかな嫌がらせで無くされたんだろう。


「杖はあっちに置いとくと良いよ。ホルダーあるし」


「はい。ありがとうございます」


 アリシアさんが指差した方を見ると確かにホルダーがある。アリシアさんもセニオリスさんも常に家に保管して空間置換で呼び出すから必要無いと思うんだけど、なんでここにあるんだろう。……設計した時点でわたしがここに来るのを知っていたのだろうか。何故?


 杖を置いて椅子に座る。わたしとアリシアさんだとまだ少しだけアリシアさんの方が身長が高い。けどたぶんもうすぐ追い着くと思う。アリシアさんは見た目年齢十六歳と自称しているけど、それは気持ちの持ちようからなる細かな表情の変化のおかげでそう見えるだけで、大きな声で笑った時のアリシアさんは、十六歳どころか十四歳くらいに見える。大人びていると言うのか……いや実際誰よりも歳は上なのだけど……。


「どうだった? 学校は」


「レクリエーションが最悪でした」


「ふふ、人見知りだもんね。いきなりは流石に無理なのは分かるよ。楽しくやっていけそ?」


「………………どうでしょう。一応、友達と言って良いのか分かりませんが、話し相手になってくれる子は、居ます、が……」


「おぉ、そりゃあ良い。青春の第一歩じゃん」


「だけど、わたしと話していてあの子に得があるのかって……」


「…………それは、どうだろうね。友情は損得ではないって無責任な言い方も出来るけど、そういう事を言って欲しい訳じゃないんでしょ?」


「…………今日は何か、鋭いですね」


「あ、ごめん。そんなつもりはないんだけど」


 今のわたしはとんでもなくネガティブ思考だ。客観的に見ても主観的に見てもそうだと思う。前までこんな考え方はしなかった。本を読んで知識を広げる事が純粋に楽しかったと言える。けど、今はどうだろう。何をしてもわたしなんて、という思考が前に出て来る。


「学校に行くっていう実感がキミを駆け足にしようとしてるんだね。選ばないといけなくした私が言うのもなんだけど、その選択の時期が目に見えて迫ってきている。だから焦って駆け足になりそうになってる。けど、私達がキミに掛けた言葉が全部裏目に出て、邪魔になって、キミの心情はぐちゃぐちゃだ。…………感情は前に進む為の足枷だ。無理に悩む必要は無いけど、悩んで得た感情は必ずキミの足を前に進めてくれる」


 アリシアさんは手にしていた仕事であろう書類から目を離し、わたしをじっと見つめる。優しい眼差しだけど、どこか少しだけ冷たさを感じる様な。真っ直ぐな視線はわたしの中を見透かす様。


「まだ時間はあるよ。頭に心が着いていけてないだけなんだよ」


 わたしの頭を撫でて微笑むアリシアさんの瞳の中で何かが揺らめいている。……わたしだ。ぐちゃぐちゃの崩れたわたしが彼女の瞳に映っている。どうしようも無いと解っている。選ばないといけない時期は来る。ライラと顔向け出来ない、なんて理由で選ぶべきでない、そんな軽率な考えで選んではいけないモノがやがてやってくる。その不安を頭で解っていながら心で理解出来ていないわたしが居る。心が締め付けられる。心臓の音がやけにゆっくり、そして大きく鳴っている。


「大丈夫だよミーシャちゃん。私はキミの選択を尊重するし……」


「…………それじゃ、嫌なんです……っ」


 思わず出た言葉。ダメ、待って、それはダメっ! 言ったらおしまいだ。アリシアさんは善意で、優しさでっ!


「選択なんて与えられてもうれしくありません。最初から強制されていればわたしはそのまま進めるんですっ! 強制された道なんて面白くないなんて言いますが、わたしは面白さよりも安定が欲しいっ! 誰かが作った道、誰かが選んだ道、そうやって強制された方が、わたしは、必要にされてるんだって、そう思えるんですっ! だから、わたしはっ!」


 ダメだ、それ以上はダメ。お願い止まって。止まれ、止まれ止まれ、止まれ……っ!


「わたしはっ、……。────────っ」


 ──────────────、あ。なにを、わた、しは。違う、そうじゃない。そんなことが言いたいんじゃない。違うの。わたし、は。


「──────────────────、っ」


 アリシアさんの匂いが強くなった。温もりがわたしを覆う。背中に回された腕は、わたしをぎゅっと離さない様に強く。


「わたし、は……さいてい、ですっ。ありしあさんのこういをふみにじ、って……」


「……………………。ごめんね」


「ちがっ、あやまってほしいわけじゃっ」


「ううん。私が謝りたいの。私は、ミーシャちゃんの事をロクに考えていなかった。自分が傷つかない様に保身に走ってたんだ。キミを縛り付けたくない、なんてそんな建前で逆にキミを縛ってた。ユメちゃんの時も、そうだったかもしれない。キミを傷つけたくないんじゃない。私が私の選択で私の首を絞めたくなかった。これ以上辛い思いはしたくなかった。その所為でキミは、傷付いてたんだね。痛い思いをさせていたんだね」


 アリシアさんの声は震えている。いつも以上に優しい口調で、優しい言葉で、だけどその言葉は震えていて、わたしの肩がじわっと暖かくなってすぐに冷えて……。泣いているんだと、それで分かった。


「──────────っ」


 アリシアさんは、何もかもを抱えている。わたしより少しだけしか大きくないその体で全部。


「道を複数用意した。けど、それはたぶん私の逃げ道にしかなってなかった。何も出来ない母親でごめん。情けない母親でごめん。ミーシャちゃん、私は……っ、」


 アリシアさんの腕に力が籠る。少し苦しいくらい。だけど、嫌じゃない。温かい。抱きしめられたのは初めてだと思う。とても温かくて落ち着く。


 でもアリシアさんは怖がっている。震えは声だけじゃなくて、体にも。アリシアさんは長い事生きている。わたしの何十倍、もしかしたら何百倍かもしれない。だけど、それでもアリシアさんは普通の女の子なんだ。なんでもかんでも背負わされて、役割だけが大きくなっただけの、可愛い女の子。


 わたしは、さいていだ。背負っているのはわたしだけだなんて思いあがっている。さいていだ。さいていだ、さいていだ……っ、なのに、アリシアさんに声を掛ける事が出来ない。ずっと背負ってきたのはわたしじゃなくてアリシアさんじゃないか。わたしと違って、アリシアさんには逃げ道さえ無いのに……っ!


「私は、ミーシャちゃんに、幸せになって欲しい。私がどうなっても……消えてしまっても良い。そうやって祈る事しか、私には出来ない。キミを養子として迎えたのも、結局は私のエゴだ。国の運営、神子……正直神子の任期を十年にしたのも私が道を選ばせてあげたかったっていうただの逃避なんだ。十六からなったとしても終わるのは二十六。なら別の道も歩めるんじゃないかって。……私は、逃げてばかりだ。麗愛の時代も、私は逃げた。全部僧侶ちゃんに押し付けて私だけ全部消えて……。でもね、ミーシャちゃん」


 アリシアさんの声と体の震えはまだ止まらない。わたしは自分の事しか考えられていない。全部が全部わたし中心の思考で、周りのヒトがどれだけわたしの為に色々してくれていたかを全く知らない。アリシアさんが謝るのは違う。謝るのはわたしの方なんだ。わたしがもう少しだけでも強ければわたしはアリシアさんに涙なんて流させなかった。わたしが、弱いからっ。


「………………………………っ」


 アリシアさんの言葉が止まる。怖いんだ。わたしと同じで、これ以上を言ってしまっていいのか。またわたしを縛り付けないだろうかと気を付けて。その所為でアリシアさんの言葉は止まってしまっている。たった半年、一緒に居るのはそれだけ。それもアリシアさんとセニオリスさんは殆どを図書館で過ごす。最近は早めに帰ってくるようになったけど、でも、まだ誤差の範囲。それでもわたしは、愛されているんだと、そう思える。


 アリシアさんの背中に手を回す。


「わたしは、アリシアさんの何ですか」


「………………っ、娘、だよ。誰に何を言われようと。奪ったって非難されても、キミが拒否しようとも、義務じゃなく、心からキミを娘だと思ってる」


 声で分かる。心からの声。だって、その言葉は力強く聞こえた。震えなんて無くて、これだけは本心だからと、伝えてくれた。だったら、


「………………だったら、わたしは、お母さんの娘として振る舞います。わたしは、ミーシャ・アリシオス・ファブラグゼル。貴女の娘。未熟で半端で貴女に道を決めてもらわないと歩けない軟弱者だけど……それでも貴女がわたしを娘だと言ってくれるのなら、もう少し甘えて良いですか。もう少し我儘を言っても良いですか……っ。わたしは、弱いから、またこうやって癇癪を起こすかもしれない。それでも良いのなら……っ! わたしは、貴女の娘として、貴女が選んだ子として歩いていきます」


 アリシアさんは、わたしの為に色々してくれていたんだ。アリシアさんが逃げる為じゃない。用意してくれていたモノは全部ちゃんとわたしの選択肢になっていた。けど、けどごめんなさい。わたしじゃ選べない。重要すぎる選択は子供であるわたしには出来ないんです。誰かの上に立つなんて想像出来ない。わたしが神子になるなんて想像出来ない。でも、目の前で泣いているアリシアさんの涙を止めることならきっと出来る。きっとアリシアさんの役に立てる。


 それに、十年で終わるんでしょう? だったらその後でも遅くない。ライラと一緒になるのはきっとそれからでも遅くは無い。ライラを信じるんだ。


「────ありがとう。本当に、キミで良かった。不甲斐ないかもしれないけど、これからもよろしくね」


「…………はいっ、よろしくお願いします」


 アリシアさんの背中に回した腕に力を籠める。アリシアさんからすれば些細な差だと思う。けど、アリシアさんはそれに気付いたのか、ようやく少しだけ力を抜いてくれた。嫌じゃなかったけど苦しかったのはほんと。


「ねぇ、そろそろ寝たフリするのやめて良い? ボク抜きで親睦深めるのやめてもらっていい? 寂しくなるんだけど」


「…………今良い雰囲気だからもうちょっと待って。後で構ってあげるから」


「ねぇ、君の愛はボクなんだけど。例え娘であっても妬くんですけど」


「…………、混ざりたいならそう言いなよ」


「………………………………ごめん、そこまで野暮じゃない。…………、いや、いっか。ボクは少し席を…………あの、ミーシャちゃん? 袖引っ張られると動けないんだけど」


「セニオリスさんも、わたしの、お母さん……ですよね」


「…………………………!?!?!??!?!?!?!?」


 セニオリスさんが動揺を隠せなくなり顔を真っ赤にする。珍しい顔。見た事の無い顔だ。アリシアさんはこの顔をいつも見ていたのだろうか。…………愛してしまった理由も少しは分かる気がする。


「…………、それ、は……、し、シアちゃん、この子、ちょっと可愛すぎない? え、ちょっと待って。え?」


「オリちゃん、認めなさい。これがキミの娘だ」


「…………娘、なのは認めてる。キミが決めた時からだ。というか一目見た時にもう認めてたし、それは良いんだ。良いんだけど、さ。ちょっと頭の中の整理してくるーっ!」


 セニオリスさんは顔を真っ赤にしたまま司書室を出て行ってしまった。


「あれは……二時間は戻らないな……。ご飯、どうしよ、あの子放って食べる訳にもいかないし。まさか逃げるとは」


 アリシアさんは呆れた様に溜息を吐いてわたしから手を離す。

「あ、──────────」


「…………随分と、甘え上手になったね?」


「い、いや、そ、そんなことは、ない……ですよっ!?」


 アリシアさんから慌てて手を離す。


「良いじゃん。十二歳の女の子はそれくらいで丁度良いんだよ。私の娘でしょ? じゃあ可愛くないと」


「なんですか、それ」


 アリシアさんが笑う。釣られてわたしも微笑む。ところで、完全にシグが蚊帳の外だけど、良いのだろうか。……いや、シグは、────最初からアリシアさんとセニオリスさんの息子。だからきっと良いんだと思う。わたしも彼を弟として思っている。だからきっと良い。シグルゼ・アリシオス・アニマ。彼の名前程祝福に満ちているモノは無い。


「あのね、ミーシャちゃん。オリちゃんは逃げちゃったけど、一番悩んでいたのはオリちゃんでもあるんだ。あの子は彩が見えるから、私の悩みもキミの悩みもきっと見えていた。けれどあの子は、どうすれば良いか分からないから、いつもひょうきんな態度を取って、どうにか場を繋ごうとしていたんだ。だから、嫌いにならないであげて。あの子はあの子なりにやれることをやろうとしていたんだ」


「嫌いになんてなるはずありません。セニオリスさんは、アレです。素直になれないってやつでしょう?」


「あはは、良く見ているね。うん。あの子は素直になれないだけでキミのこともシグのことも愛してる。シグを拾った時は、複雑そうな顔してた癖に、私よりもシグに対して過保護だったり、もちろんキミに対してもね。キミに渡してある宝石魔法は全部オリちゃんに指示されて作ったモノだからさ」


 それは初耳だ。作ったのはアリシアさんだけど発案はセニオリスさんだったのか。宝石魔法自体は麗愛の時代に生まれた比較的新しい技術だとは本に書いてあったから、わたしに持たせる、というのがだろうけど。


「ごめんなさい、アリシアさん。わたしがもう少し強ければ、きっと用意してくれた選択肢もちゃんと選べたと思うのに」


「…………良いんだよ。それに、その意思もある意味ではキミ自身の選択の一つだよ。だから大丈夫」


 アリシアさんは、神子という単語を言わない。言ってしまえばわたしはそれ通りにする。そうじゃないと歩けない。なのにそれを言わないのはわたしを思っての事。分かってる。いや、分かってたんだ。全部、アリシアさんの優しさだったって事は。だからわたしはさいていだ。


 それでも尚、言ってくれない。ううん。これ以上は流石に贅沢だよ。わたしは今、ようやくアリシアさんの役に立たなければならないって思えた。


 感情が込み上げる。前に進む為の足枷。矛盾している様に聞こえるソレの意味をわたしはまだ理解出来ていないけど、きっとその内分かる。わたしにはやらないといけないことがあるらしい。ぼやけていた輪郭がようやくはっきりと浮かんできた。神子になる、ということに対するぼんやりとしたビジョンがようやく定まって来たような気がする。


「お昼、何食べたい?」


「わたしも一緒に良いんですか?」


「もちろん。あ、でもシグが可哀想かな」


「呼んできましょうか?」


「グライムと遊んでると思うんだけどなぁ。今日はたぶんググゼリアちゃんも一緒だし」


「ググゼリア……?」


 初めて聞いた名前。名前だけじゃ性別も分からない。


「うん。シグルゼのってよりグライムの友達。アインセルの娘だよ」


「アインセルの、娘……。それって『魔女』の?」


「そ。まあアインセルとはちっと因縁があったり無かったり。『ミーゼリオン』とは関わりは無いんだけどね」


「ミーゼリオン? それも、魔女……ですか?」


「……………あ、ごめん今の無し。気にしないで。これはまだ先の話だった」


 アリシアさんは苦笑を浮かべて大きく伸びをする。


「そうだ、ミーシャちゃん。たまには私が勉強見てあげようか」


「良いんですか?」


「任せてよ! これでも学校が作っている教養魔導書の監督責任者なので!」


「それは心強いですね。というか、周りから見たら完全にズルですよね」


「使えるモノは使わないとね? それに私は教養魔導書から逸脱したモノを教える気は無いよ。あくまで補足。それ以上の事を知るのはもう少し後。そろそろ魔法を使い始めて体で覚えるのも悪くないと思うよ。ミーシャちゃんの場合は使えば使う程良いからね」


「…………じゃあ今日、お仕事が終わった後少しだけ付き合ってもらっても良いですか」


「良いよ。じゃあその前にアグニのおさらいをしておこうか」


 アリシアさんは微笑んで手元にあった本をわたしの前に置く。教養魔導書、アリシアさんが監督しているんだからそりゃ持っていても不思議はない。けど付箋だらけだ。校正前のモノなんだろうか。


「と、そうだった。アグニの前に、まずは、キミが考えている理論とか構造とか全部忘れて」


「え、」


「あんなのは必要無い。魔法を崇高なモノとして扱うための虚像だ。なので、まずはそこらの知識を一旦捨てようか」


「え、いや、でも」


「良いかい? 魔法とはそんな崇高なモノじゃない。切り詰めて行けば殺しの道具になる。聡明なミーシャちゃんなら分かってるね? 確かにあれらには意味はある。前にも私はキミに説明したと思う。これは教養魔導書以前の問題だ。魔法において理論や構造は通用しない。何故なら魔法という現象は魔法以外のあらゆる現象を上書きして起きる超常的な事象だから」


 それじゃわたしが学んでいたのは全部無駄だったと言うのだろうか。いや、たぶんそういう事じゃない。魔法には理論も構造も存在している。それに囚われ過ぎるなという話なんだと思う。アリシアさんの言い方は回りくどいから、たぶんそう。


「岩石の剣を生み出す。炎柱を生み出す。瞬きの間に周囲を氷漬けにする。大量の水を生み出して洗い流す。風を生み出して切り裂く。雷を起こして打ち落とす。これら全てを理論付けて構造を解析する。無理でしょ。果ては時を止めるとか言い出すんだ。無理に決まってる。そんなのやめやめ。魔法自体は理論も構造も理解してなくても使えるんだから要らないんだよ。詠唱? バカバカあんなのただの自己暗示だから」


「えっと、…………わたしが学んだことは全部無駄って事ですか……?」


「いやいや、そんな事は無いよ。う~ん……キミが理論と構造だと思っているそれは正確には存在しないんだ。良いかい? 魔法というのは不確定事象を束ねた相称だ。属性についてはもう既に知っているね? あれらは全部無駄に終わったけれど、意味は多いにあった。ん……と、なんて言えば良いかな」


 アリシアさんは腕を組んで少し考え込む。


「そうだね、物の見方の話だよ。属性も無ければ理論も構造も物質も無い。これはどういう事か分かる?」


「何も存在しないって事になります」


「そ、魔法って存在しないんだよ」


「え、と。ごめんなさい良く分かりません。魔法が存在しないっていうのは……」


「うんそうだよね。だから、物の見方なんだ。あり得るとあり得ない。この二つは表裏一体だ。見えないのなら存在していないかもしれないし存在しているかもしれない。どちらの可能性も入り乱れてる。魔法はその入り乱れている中から存在しているかもしれないという部分だけを抜き取った屁理屈なんだ」


 頭が痛くなってきた。どういう事? えと、結局わたしが学んだことは無駄なの?


 ぐるぐると頭の中でアリシアさんが話した事が駆け回る。一つずつ追いかけて捕まえて理解しようとするけど、肝心な部分が抜けている気がして出来ない。


「で、ここまで全面否定したわけだけど、質問は?」


「理論も構造も無ければ、物質も無い。だから魔法は存在しないと、そういう事なのであれば、エーテルは一体? アリシアさんは以前存在すると言いました。魔法と魔力、そしてエーテルの関係性は一体どういったモノなのですか?」


「そうだね。その話を先にしてしまおうか。詠唱だとかそんなのはすっぽかしてエーテルの事について軽く。じゃあ質問っ! ミーシャちゃんの身近にあるエーテルと言えば?」


「えっと、外エーテル、いわゆる大気に含まれるエーテル……です」


「う~ん。まぁ間違ってないけど、一番身近にあるっていう修飾があるからここでは不正解。正解は魂だ。私達の魂を形成しているのは大部分がエーテルなんだ。なので身近、というか常に触れているのは魂のエーテルになる。よしじゃあエーテルとは何か。分からない。何の為に存在するのか、何故ヒトはそれを体内で加工して一度魔素にして魔力にするという無駄な工程を挟むのか。何も分からないんだ」


「…………その、じゃあ何故今それを?」


「分からないということと知らないということは違うんだよミーシャちゃん。それにきちんと意味があるか教えているんだよ。何故ヒトは魔法を使えるのか。魔物が使うのは魔法では無いのか。少し話を遡っちゃうんだけど、魔物が魔法を使えるのは、あいつらが魔法の構造を理解しているから、なんて思う?」


「それは、言われてみれば……」


「そんな簡単な事にも気付かない程、ヒトは視野が狭い。だから三千年なんて長い間馬鹿みたいに効率の悪い聖方魔法なんてモノを使ってたんだ。……エーテルの話に戻ろう。エーテルは確かに存在する。私が保証しよう。この星の血管、地脈とか龍脈とか呼ばれるモノを伝い溢れたモノが大気へ放出し、霧散する。現代魔法に存在するオーバーロードはこの霧散しかけの外エーテルを吸い取って、炉心の中で行っている事を魔法陣の中で行えるようにした機能の一つ。まあ使えるヒトあんま居ないみたいだけど」


 アリシアさんが大きな溜息を一つ。


「すみません。話の腰を折ってしまうのですが、そもそも魔法式とはなんですか? 聖方式と現代式があるのは知っています。他にも例外が少し。けれど何がどうして聖方式と呼ばれるのか、現代式と呼ばれるのか分かりません」


「ふむ。ふ~む。じゃあミーシャちゃん、何が違うと思う? 分からないなりに考えてみよう!」


「……………えぇと、」


 魔法式、何が違うのかと問われれば、…………前に本で読んだ。


「オーバーロードの有無、属性のアリナシとか、ですかね」


「うん。まぁ正解なんだけど……ごめん聞き方が悪かった。まぁ良いか。魔法式とは魔法の型紙みたいなモノ。だけどさ、キミはそれを意識した事ある? いや、魔法を使ったことが無いから分からないか……。う~ん、と。そうだなぁ。キミは呼吸をする時意識はする?」


「しません」


「そうだよね。魔法式って言うのはそういう呼吸みたいなモノを意識的に切り替える事を指す。というのが建前。実際は炉心の使い方から違う。オーバーロード、属性、そしてセーフティ。この三つの違いは明確に言われてる。けど、それだけじゃない。まぁここら辺は新しい魔法式を作る場合にしか気にしなくていいから省くけど、う~ん、と。説明が難しいなぁ……。ごめん、魔法式についてはキミが魔法をちゃんと使える様になった時に改めて説明するよ。感覚が掴めている状態と掴めていない状態で話すのとじゃかなり差があるんだ。だからその時に、ね?」


「わかりました。すみません。話の腰を折って」


「良いよ。知識に貪欲なのは良いことだからね」


 アリシアさんがわたしの頭を撫でる。アリシアさんの撫で方は優しい。絶対にわたしの耳に触れないようにしてくれる。たぶんセリアンスロープの扱いには慣れているのだろう。わたしにとっては心地いい。


「それで、エーテルの話に戻るんだけど……」


 アリシアさんはわたしの頭から手を離す。少し残念。


「エーテルは魂を構築してる物質だとか色々言ったよね。エーテルに対してヒトは干渉出来ない。何故と問われれば、それは私達がその方法を確立していないから。ただ一つ例外があって、それが炉心。私達の心臓に重なるようにして存在する架空器官であり、私達の核。ぶっちゃけるとこの裏に魂が存在する。分からない分からないって言ってるけど、それはあくまで学会や一般論での話。うん、と。あまり話すのは憚れるんだけど、ヒトは常に外エーテルを吸収してるんだ」


「? オーバーロードではなく、ですか?」


「そうだよ? だって考えてみてよ。外エーテルを吸収しないと私達はどうやって魔力を生成するのさ」


「…………まさか、魂、ですか?」


「おっと、話をいくつかすっ飛ばしたけど正解だ。魂はエーテル。それも高純度のエーテルでね。もし魔力に変えた場合、それは莫大な力になる。ま、もしもの話だけど、ね。ヒトはエーテルに干渉出来ないんだから、理論上可能であっても事実上不可能だ。で、そんな事にならない様にヒトは常に外エーテルを吸収して魂を補填しながら生きてる。さぁ、問題だ、ミーシャちゃん。魂を象っていた古いエーテルはどうなるでしょうか」


「………………………、炉心、ですか」


「本当にキミは頭が良いね。そう、正解。後でデザートを馳走しよう。炉心に渡ったエーテルは魔素となり魔力となり、体内を駆け巡る。以上、チュートリアルでした」


 それだと気になる事がある。わたしの魔力回路は少し変わっていると聞いた。あの杖だってその変わっている部分を補強する為に持っているようにって言われたようなモノ。その理論だったら、わたしの、魂は。


「わたしの魂は、どういう風になっていたんですか」


「……………………気付いたね。キミは本当に聡明で素晴らしいよ。デザートをもう一つ付けよう。最近、体の調子はどう?」


「体の調子は至って良好です」


「それじゃ、初めて杖を持った時はどうだった?」


「えと、なんだか温かくて安心するような、そんな感覚で……」


「うんうん。そうだよね。白状すると、キミの魂はかなり危険な状態だった。キミの魔力回路は前に言った通り一度掴んだら離さない厄介な性質だ。古い魔力が廃棄される事なく回り続けて、その所為でキミの魂は新しいエーテルを炉心に送るわけにもいかなかった。だから、キミの魂は、十一年の間殆ど変わっていなかった。どうして危険なのかについてはここでは省くんだけど、キミが感じたその温かさは新しい魔力がキミの中を駆け巡った事によるモノじゃなくて、魂が一気に一新された事によって起きたモノだ」


 アリシアさんはうん、うん、と頷きながら話を続ける。本当にこれが教養魔導書以前の話なのだろうか。知らない事実ばかりが浮き彫りになっていく。わたしが学んできたことは結局無駄だったのか、どうなんだろう。


「それじゃ、炉心が行うセーフティというのは……」


「あんなのはでまかせだよ。何せ使える魔力が無いんだから。それだけだよ」


「セーフティが無くなれば死んでしまう……というのは……?」


「それは本当。セーフティがあるから魂のエーテルを使わずに魔力を生成してる。じゃあそれが無くなったら?」


「………………………………そう、ですか」


 色々と思うところはある。けど彼女が語らないのであれば重要な事じゃない。ここで重要なのは、


「エーテルっていうのは、もしかして、星の魂であり、生物の魂……という事ですか?」


「う~ん。星の魂であるのは間違い。生物の魂っていうのは魔物も含めてなら、そうだね」


「……………………………………………………………………」


 そうか、地脈を血管、つまり星の魔力回路と揶揄するのなら、それは既に変換された後ということになる。ならエーテルの元の何かがある……?


「星の魂。良い考え方だよ。確かに星にも魂が存在する。星を管理し統率する為の端末として、ね。あぁ、でもそっか。星の魂がエーテルっていうのも間違いではないのか……。星の魂、星を管理し統率する端末としての存在。それを精霊と呼ぶ」


「せい、れい……。聞いた事がありません。妖精ならまだしも精霊なんて」


「うん。だってこれ、アニマ家が発見したばっかだもん」


「──────────え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る