誕生日ケーキ

口羽龍

誕生日ケーキ

 ある日の昼下がり、ケーキ屋に1人の女がやって来た。女の名は北川愛奈(きたがわあいな)。この近くの家に住んでいる。


 この日、愛奈は上機嫌だ。今日は1人息子の雄也(ゆうや)の11回目の誕生日だ。今日はケーキを買いに来た。きっと雄也も喜んでくれるだろうな。


「ありがとうございましたー」


 愛奈は家までの道のりを歩いていた。この周辺は住宅地で、所々に公園がある。公園からは子供たちの元気な遊び声が聞こえてくる。子供たちの声を聞くだけで、心が和む。どうしてだろう。


 愛奈は公園に差し掛かった。そこでは雄也とその友達が遊んでいる。雄也が帰ってきて、ケーキを見て、どんな反応をするんだろう。楽しみだな。


 と、道路にサッカーボールが転がってきた。それを大村正人(おおむらまさと)が取りに来た。だが、その途中で愛奈にぶつかてしまった。


「うわっ・・・」


 ぶつかった愛奈は横から倒れてしまった。ケーキは大丈夫だろうか? つぶれてないだろうか? 不安だな。


「だ、大丈夫ですか? って、雄也くんのお母さん?」


 ぶつかった正人は驚いた。雄也の母、愛奈だ。まさか、ここで会うとは。そして、ぶつかった相手が愛奈だとは。


「そ、そうだけど・・・」


 と、正人はつぶれた袋の中身が目に入った。ケーキのようだ。まさか、ぶつかった衝撃でぐちゃぐちゃになってしまったんだろうか?


「あれっ、これ、誕生日ケーキ?」

「そ、そうだけど・・・。だ、大丈夫かな?」


 愛奈はケーキの入った袋に目をやった。が、ケーキがつぶれて、ぐちゃぐちゃになっている。


「ぐ、ぐちゃぐちゃになってる!」


 と、そこに雄也がやって来た。母と正人がぶつかったのに反応して、ここに来た。


「えーっ、誕生日ケーキが?」

「ご、ごめんね」


 愛奈は謝った。だが、雄也は肩を落として家に帰ってしまった。せっかくの誕生日なのに、ケーキを楽しみにしていたのに。まさか正人とぶつかってぐちゃぐちゃになるとは。


「ゆ、雄也・・・」


 正人は去っていく雄也をじっと見ていた。自分はとんでもない事をしてしまった。せっかくの誕生日ケーキを台無しにしてしまった。


「大丈夫かな?」


 と、一緒に遊んでいた友達が肩を叩いた。正人を慰めようとしているようだ。


「もう帰ろ? 大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ・・・」


 大丈夫と言っているが、大丈夫じゃない。雄也はかなり落ち込んでいた。大丈夫だろうか? また元気を取り戻してほしいな。




 正人は肩を落として帰っていった。家では母、奈々(なな)が晩ごはんを作っている。奈々は今日の出来事を全く知らない。


「ただいま・・・」


 正人は元気がなさそうだ。奈々はその様子が気になった。何があったんだろう。


「おかえり、って、どうしたの? 元気がないよ」

「雄也くんの誕生日ケーキをぐちゃぐちゃにしてしまって」


 奈々は驚いた。そんな事があったんだ。それは辛かっただろうな。何とか立ち直ってほしいな。


「ど、どうして?」

「サッカーボールを取りに行ったら、雄也くんのお母さんとぶつかって、持っていた誕生日ケーキがつぶれてしまったんだ」


 正人はいきさつを話した。正直に話してくれた。反省しているのなら、それでいい。これからは、公園で遊ぶ時は気を付けてほしいな。


「そうなんだ」

「雄也くん、落ち込んで帰っちゃって」


 今でも雄也の表情が忘れられない。何らかの形で雄也を励ましたいな。だけど、その方法がわからない。


「ふーん」

「俺、どうしたらいいんだと思って」


 正人はその場に崩れた。泣きそうだ。何とかして泣かないようにさせないと。その様子を見ていた奈々は、何かを考えた。


「うーん・・・。そうだ、誕生日ケーキを作ってみようよ」

「えっ!?」


 正人は驚いた。調理実習はやった事があるけど、ケーキは作った事がない。本当にケーキを作れるんだろうか? 不安だな。


「雄也くんに作ったら、許してくれるかなって思って」

「うーん、そうかもしれないね」


 正人は考えた。今日が誕生日の雄也にケーキを作ったら、きっと喜んでくれるはずだ。今日の事は許してくれるかもしれない。


「やってみよう。材料は私が買ってきてあげるから」


 まだスーパーマーケットは開いている。今からでもいいから材料を買ってこよう。正人が頑張ろうと思っているのなら、正人の味方にならなければ。


「あ、ありがとうお母さん」

「なーに、私は正人の味方だよ」


 奈々は正人の肩を叩いた。正人は嬉しそうだ。こんな時に頼りになるのがお母さんだと、改めて感じた。




 その夜、正人と奈々は台所にいた。父は夜遅くまで帰ってこない。これからケーキを作ろうとしている。すでに材料は買ってある。


「ケーキ、作った事ある?」

「ううん」


 正人は自信がなかった。本当にできるんだろうか? 調理実習は楽しいけれど、そんなに上手ではない。自信がない。本当にできるんだろうか?


「わかった、一から教えるね」


 奈々は専業主婦だ。専業主婦の腕の見せ所だ。奈々は自信満々だ。


「ありがとう」


 まず、奈々は卵を持ってきた。奈々は卵を割って、ボウルに入れた。正人はその様子をじっと見ている。ここまでは卵焼きのようだ。だけど、ここからどうやったらケーキになるんだろう。


「かき混ぜて」

「うん」


 正人は卵を溶き始めた。卵焼きは自分で作った事がある。これは楽しい。だが、これだけ大量の卵を溶いた事はない。


 と、奈々が砂糖を持ってきた。これも入れるんだろうか?


「また混ぜて」

「はい」


 奈々が砂糖を入れた。正人は混ぜ始めた。砂糖の甘い香りがする。でも、まだまだケーキの形じゃない。


 と、奈々が別のボウルを持ってきた。ボウルにはぬるま湯が入っている。正人が混ぜているボウルの下に、ぬるま湯の入ったボウルを置いた。ぬるま湯につけながらかき混ぜるようだ。


 と、奈々はぬるま湯の温度を測っている。どうしてだろう。だが、あまり考えずに混ぜる事に集中しよう。


「どうしたの?」

「温度が大切なのよ」


 奈々は真剣に温度を測っている。奈々も集中しているようだ。


 ある程度混ぜたら、奈々は薄力粉を持ってきた。今度は薄力粉を入れるようだ。奈々は薄力粉をふるいでこしながら、少しずつ入れていく。


「へらを使って切るように混ぜていって」

「うん!」


 正人はへらを手に持ち、切るように混ぜた。これはテクニックがいるようだ。頑張らないと。


 と、奈々がまた別のボウルを持ってきた。そこには何かが入っている。これは何だろう。これもいい香りがする。


「何これ?」

「作っておいたのよ。牛乳とバター、バニラエッセンスを入れたの」


 奈々は笑みを浮かべている。頑張って作っている正人をを応援しているようだ。


「ふーん」

「これを少しずつ入れるのよ」


 奈々は少しずつ入れ始めた。正人はわくわくしていた。これを焼いたらケーキになるんだろうか? どんなケーキになるだろう。わくわくするな。


 しばらくすると、奈々がケーキの生地を流し込む型を用意した。いよいよ焼くようだ。わくわくするな。


「いよいよ型に入れるのよ」

「楽しみだね」


 正人は興奮している。ケーキを作って雄也を喜ばせたいな。


「うん」


 正人は、ケーキの生地を電子レンジに入れた。奈々はその様子を見ている。焼き上がるまではまだまだかかるようだ。何をしよう。


「出来上がっても冷ますまで時間がかかるから、寝なさい。生地は時間が来たら出しておくから。明日の朝、またケーキ作りをするわよ」

「うん」


 今日はもう寝る事にした。明日、ケーキができる。雄也の喜ぶ顔が見たいな。




 翌朝、今日は日曜日、休みだ。朝食を食べた後、正人はダイニングにやって来た。テーブルの上にはケーキの生地がある。いい香りだ。これだけでもおいしそうだが、これからクリームを塗ったりしていく。


「今日はクリーム作ろうか?」


 突然、奈々が声をかけた。そうだ、ケーキにはクリームがつきものだな。作っておかないと。


「そうだね」


 奈々は洗ったボウルを出し、その中に生クリームと砂糖を入れた。正人はその様子を見ている。これも面白そうだ。


「生クリームと砂糖を加えてっと」

「おいしそう」


 と、奈々が泡立て器を持ってきた。いよいよ泡立ててクリームを作るんだ。


「泡立ててみようか」

「うん」


 正人は泡立て器を使って泡立て始めた。だが、なかなかホイップクリームができない。奈々は嬉しそうにそれを見ている。こんなに頑張っている正人を見たのは初めてだ。


 しばらく泡立てていると、角が立つほどになってきた。やっとホイップクリームができたようだ。正人はほっとした。


「おっ、正人くん上手上手」

「あ、ありがとう・・・」


 正人は少し照れている。褒めてもらうなんて、久しぶりだな。


「これなら雄也くん喜んでくれるよ」

「本当?」

「うん」


 正人はホイップクリームの入ったボウルを生地の横に持ってきた。いよいよ飾りつけだ。その近くにはイチゴもある。


「自由に飾ってみて?」

「うん」


 と、正人は生地を中央で切った。真ん中にもホイップクリームを入れて、2段にしようと思っているようだ。


「これを真ん中で切ってと」

「なかなか面白いじゃないの」


 真ん中で切るとは。自分もあまりしない。これは面白そうだな。正人はそこに平たく切ったイチゴを並べた。そして、その上に生地を重ねた。


 次に正人は、周りにクリームを塗り始めた。少しずつショートケーキの見た目になってきた。これにイチゴを飾れば完成のようだ。どんな風に飾るんだろう。奈々は嬉しそうに見ていた。


「ここにイチゴを飾ってと」


 正人は上にイチゴを飾っていく。そして、その中央にチョコペンで『たんじょうびおめでとう』と書いた。きっと雄也も喜んでくれるだろう。


「できた!」


 ようやく完成した。とてもおいしそうな見た目だ。自分も食べてみたいな。


「きれいじゃない!」

「きっと大喜びだよ」


 奈々は興奮している。こんなに頑張っている正人を見たのは初めてだ。


「楽しみだね」


 奈々はケーキを箱に入れた。いよいよ雄也の家に持っていく。雄也がどんな反応をするか、楽しみだな。




 それを知らない雄也は落ち込んでいた。昨日は誕生日だったのに、ケーキを食べられなかった。昨夜の晩ごはんを残してしまった。とても落ち込み、なかなか立ち直れない。


「お邪魔しまーす」


 誰かがやって来た。誰だろう。愛奈は玄関にやって来た。そこには正人と奈々がいる。正人は箱を持っている。箱の中には何があるんだろう。


「あれっ、正人くん、どうしたの?」

「昨日はごめんね。ケーキ作ってきたから」


 愛奈は驚いた。まさか、誕生日ケーキを作ってくれたとは。これは雄也も喜ぶだろう。


「本当? 雄也ー、雄也ー」


 愛奈の声に反応して、雄也が2階の自分の部屋からやって来た。雄也は驚いた。正人と奈々が来ている。何事だろう。昨日の事を謝りに来たんだろうか?


「どうしたの?」

「正人くんがケーキ作ってくれたって」


 雄也は驚いた。まさか、ケーキを作ってくれるとは。1日遅れだけど、嬉しいな。ぜひ、一緒に食べてほしいな。


「本当? ありがとう。きれいだねー」


 雄也はケーキを見て感動している。まさか、誕生日を祝ってくれるとは。


「ありがとう。昨日はごめんね。1日遅れだけど、誕生日おめでとう」

「いいよ。ケーキを作ってくれてありがとう」


 雄也は元気を取り戻した。それを見て、正人はほっとした。やっと立ち直ってくれた。そして、少し成長できたと思った。

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誕生日ケーキ 口羽龍 @ryo_kuchiba

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