第3話 まだやり直せる

結局のところ、ボケてると言ってもいいんだよ。確かに母さんには金がある。

実家の遺産でいくらでもある。

だからって、110年住宅をカフェにするなんて、

需要なんかねぇから。


甘いっつーの。

外で働いたこともない、永年専業主婦で、

遺産に恵まれただけの女なんだよ。

何が『夢』だよ。


夫は義母のことをののしった。

あたしの前だけだけど。


義母は夫とあたしにこう言った。


【私はね、

60年間お父さんと、この家のために尽くして我慢してきたの。

やりたいことも全部我慢した。

生きたとしてもあと数年だろう。

美味しいケーキとコーヒーを出すカフェをやるのが夢なんだよ。

この母屋には、母さんの涙がいっぱい詰まってるの。

良い思い出なんかない。

ほんとうならお前の言う通り壊してしまいたいよ。

だけどね、家が泣くんだ。

『まだ生きてる』

『まだやり直せる』って。

聞こえないかい?

だから私は家に聞いたんだ。

『あなたは何がしたいのか』って。

『疲れた人が休みに来るカフェ』

そう言ったのさ。

ねぇ、聞こえないかい?】


自室に戻り、夫は義母をののしる。

義母がいないから、

自由に悪口を言う。


馬鹿かっつーの。

早く死んでくれねぇかな。


この男はひどい。

義母がかわいそうだ。

まもなく還暦になろうと言う男のくせに、

早く死んでくれないか、

なんて冗談でも、言って欲しくない。


やり直せない。

あたしと夫の間の世界は、

腐ってしまった。


『もうどうでもいい』

あたしが言うと、夫は黙った。

あたしにサービスして、

義母の陰口を言ってるつもりだろうけど、

なんか、呆れた。

あんたって男は、つまらない男よ。

それにね、

あの母屋も、

リノベーションの金も

あたしのものじゃない。

義母のものなんだ。


110年住宅が、壊されようが、カフェになろうが、はっきり言ってどーでもいい。


まだ生きてる

まだやり直せる

家が言ったって?


いやいやそれは義母の声なんだろうよ。

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