改革の夢

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 漢陽の市場の中を二人の士人が歩いていた。

 一人はがっしりした鋭い目付きをした壮年、もう一人は穏和な表情をした年配者だった。

「今回の市場改革は成功したようだな」

 壮年男性が言うと

「仰せの通りでございます」

と年配男性が応じた。

 その後、2人は並ぶ様々な品物を眺めながら、それぞれ過ぎし日々を思い返した。


 14年前、世孫は祖父の後を継いで王位に登った。初めて玉座に着いた時、文武百官皆が彼に頭を下げて恭順の意を示していた。だが、内心は異なっていることは新王はよく知っていた。

 既に長い間、この国の士大夫たちは民や国家よりも自分たちの繁栄のみを追求していた。科挙に合格し出仕するようになると、権力を握ることのみを目指し、そして自身の一族及び属する派閥の利益を得ることばかりに熱中した。そこには士大夫が身に付けるべき忠君も愛民もなかった。

 朝廷は各派閥の権力争いの場になり、政治が本来行うべき、政策の立案•実行は二の次だった。それゆえ、この国の政事はぐちゃぐちゃになっていた。

 新王はこれを正し、民と国家のための政事を目指した。

 これは容易なことではなかった。

 新王は少しづつ着実に実行していった。

 各派閥はもともと学問の流派から始まっていた。そこで王は、自身が全ての流派の上に立つことにした。幼い頃から学び続けた彼はあらゆる学問に通暁出来るほどになり、現在、自ら若手官僚たちに学問を教えている。

 他に兵制改編、法整備、庶子の任官、華城建設等々、多くのことを行なった。もちろん、どれも順調にいったわけではない。官僚たちの利権が絡んでいるため、激しい反対、反発があった。王はその度に宰相 蔡済恭をはじめ、彼の派閥に属する若手官僚の協力を得て、果敢に実行に移していった。

 市場改革もこれらの一つだった。

 漢陽の市場で商売出来るのは一部の業者に限られていた。これに対し、弱小商人や手工業者は常々不満に思っていた。王は彼らの要望を受け入れて市場での商売を自由化したのであった。これは市場での利権を持つ朝廷内の一部勢力への牽制にもなったのである。


 年配の士人が装飾品を扱う店で髪飾りを見ていた。

「夫人への土産か?」

 壮年の士人が訊ねた。

「はい、あと万徳にも買ってやろうと思って」

「万徳とは、あの済州島の女人か?」

「はい」

 済州島に住む女商人 金万徳は、昨年秋、台風が島を襲った際、自身の蔵を開いて島民に救援米を島民に配ったのであった。

 このことを知った王は、彼女を都に呼び寄せ褒賞した。現在、彼女は蔡宰相の屋敷に滞在している。

「大した女人だな」

「本当に」

「朝廷の者たちもこの女人のような心持ちならば、この世の中はうまくいくのにな」

「その通りでございます」

 年配者が髪飾りを買うと二人は市場を出て王宮に向かった。

 朝廷内も民の暮らしも随分整ってきた。

 だが、まだすべきことは山積みだった。

「これからも、頼むぞ。蔡宰相」

 壮年の士人が言うと

「はい、主上」

と年配の士人が温厚だがはっきりとした口調で応じた。

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改革の夢 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

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