ぐちゃぐちゃな登山道

葉山 宗次郎

第1話

「ちくしょうめ 失敗した」


 上り始めて暫く経ち、私は道がぐちゃぐちゃにぬかるんで来たことに愚痴をこぼした。

 春先の低い山はこれだから油断がならない

 登山が趣味の私にとって秋から春にかけての冬山の低山に登りというのは素晴らしい登山なのだ。

 夏と違って気温が低く虫もおらず葉っぱが落ちているので遠くがよく見える。

 乾燥しているため見通しはさらに良くなるのが晴れてる時期も多いし稜線から景色を見るのが好きな私にとっては素晴らしい季節だ。

 晩冬を除くが。

 冬の終わりになると気まぐれな南岸低気圧がやってきて大雪を降らせることがある。

 雪が嫌いなわけではない。

 むしろ好きな方だ。低山でも雪の積もった登山道を歩くのが結構好きだ。

 サクサク足音を立てながら歩くのもいい。

 何より白と黒で染め上げられた山の景色を見るのは本当に綺麗で春夏秋冬様々な景色を見てきた私にとっては、まるで別世界に来たか、異次元に入りこんだ感覚にしてくれるので好きだ

 だが自然相手だと、ハッキリと二分される様な事は少ない。というより中途半端に終わることが多い。

 今日などその典型例だ。

 夜中に降っていたであろう雪が夜明けとともに気温が上昇して一気に溶け出し、道をグッチャグチャにしてくれた。

 積もっていた雪が一気に溶けた上に道は周囲から水が集まりやすい、ぐちゃぐちゃになりやすい条件が揃っているのだ。

 独ソ戦の腰に浸かるほどまでの泥濘期ほどではないが日本の山道のぬかるみもひどいものだ。

 急斜面であることも加わって滑りやすく歩きづらい。

 引き返したい衝動に襲われる。

 だがそれでも前に突き進んでいく。

 良しいいぞ

 足裏から伝わってくる感覚が、ぐちゃぐちゃした柔らかいものから固いものに変わっていった。

 高度が上がったことで気温が低下し道が硬く凍り始めた。


「よし行ける」


 思わず呟くほど脚の裏に伝わる感覚がしっかりしたものになり力が入る。

 足元がガッチリ固まって登るスピードが早る。

 チェーンスパイクを履いて氷をがっちりと踏みしめ更に登っていく。

 頂上手前の急登で少しスピードが落ちるがゆっくりとだが確実に登っていく。


「着いた」


 ついに頂上にたどり着いた。

 頂上は草原になっており360度のパノラマが楽しめる。

 昨夜雪が降ったため遠くの山は雪によって白く化粧がなされており晴れ渡った空の青いバックに浮き出ていて非常に綺麗だ。


「来てよかった」


 これだから登山というのはやめられない。

 麓でぐっちゃぐちゃの登山道を苦労して登った後こんなにも素晴らしい景色を見ることが出来る。

 これまでの苦労を補って余りあるくらいの達成感だ。


「……さあ帰るか」


 名残惜しいが帰らなくてはならない。そして苦行が待っている。

 先ほどの、泥濘んだ道をもう一度歩かなければならないのだ。今度は下りで。


「やっぱり歩きにくいな」


 上りは登山では比較的マシだ。体力があれば簡単に登れる。

 だが下りは大変だ。高度差があるため滑りやすくしかも滑り始めたらそのまま滑落の危険性さえある。だから登り以上に慎重にならなければならない。

 特に、ぐちゃぐちゃにぬかるんだ道は滑りやすく足場を確保するだけで大変だ。

 そのキツい下りを1時間ぐらいは続けなければならない

 登山の基本は1時間のうち5分休憩上りが歩きだ。

 このペースが一番スピードが出て距離が稼ぎやすく疲れにくい。

 もちろん臨機応変に変更するが、できるだけこのペースを守った方がいい。

 だから1時間近く困難な下りを神経を張り詰めながら歩き続けなければならない。

 当然人間は万能ではないので集中力が途切れることがある。


「ぬおっ」


 案の定足を滑らせて転んでしまった。

 滑落するのは避けられたが道に倒れたために泥んこまみれだ。


「ちくしょうめ」


 どちらがソロ登山をしてるみたい他に助けを求められない再び立ち上がって慎重に降りて行く。

 雨でぬかるんだ場所を突破して普通の登山道に戻る。

 しかし、こびりついた泥は取れない。

 ようやく元に戻って洗える場所を見つけ出し服についた泥を洗い流す。

 上着を撥水加工にしておいてよかった。

 雨や雪に強いのはもちろん、こうやって泥がこびりついた時洗い流せば泥が落ちてくれるのだ。

 だが、泥にまみれたしまった体験が、心の中でぐちゃぐちゃになった部分は水で洗っただけでは流せない。

 だから目星をつけていた麓の温泉に向かう。

 寒い冬山の後は広い湯船に体を疲れて温めるに限る。

 温泉側もそれを理解しており大型のザックがしまえるロッカーや登山靴のドロは洗い流せ設備さえ用意しておいてくれる。

 そういう場所を選んでいることもあるが、これで入らないというのは温泉施設に失礼というものだ。

 だから利用させてもらう。

 用意していた手ぬぐいを手に取り、浴室へ。

 体を汗で汚れた体を綺麗に洗い流した後、湯船に浸かる。


「ぷはー」


 入った瞬間お湯の温かさに身体が痺れる。

 心の中にたまったぐちゃぐちゃの澱が溶け出していくようだ。

 そのまま湯船の中でゆっくり浸かる

 五分ぐらいゆっくりした後、湯船から出て今度は水風呂に向かう。

 一分ほど水風呂に浸かった後でて体を拭いた後、外気浴に向かう。

 五分ほど外気にさらして体の表面を冷やした後再び今度は露天風呂に体をつける。

 そしてまた後、五分入ると水風呂に浸かり体を降りて外気浴。

 これを三回くらいつけると自律神経がリセットされて気持ちいいのだ。

 寒暖を交互にサラしがぐちゃぐちゃになりリフレッシュ。

 これがいいのだ。

 そして湯上りの後はお待ちかねの一杯だ。

 お猪口に入った酒を一口クイっと飲むとすぐに酔いがまわりほろ酔い気分になる。

 体がぐにゃっと軟体動物になった気分になって非常によろしいのだ。

 平日疲れてぐちゃぐちゃになった心身をリフレッシュするには、私には、やはり登山が一番だ。


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ぐちゃぐちゃな登山道 葉山 宗次郎 @hayamasoujirou

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