第5話 ルイ王太子

 王宮へは、馬車で向かった。

 馬車を降りて、案内に従いながら大広間へ行くと、既に大勢の紳士淑女らが集まっていた。若い令嬢たちは、今晩の舞踏会のために贅を尽くしたドレスに身を包み、王太子との邂逅を今か今かと待ちわびている。


「クロエお嬢様。今、お飲み物をお持ち致します。少し、こちらでお待ちください」


 と言って、付き添いで来てくれていたアルフォンソが私から離れた。

 ただでさえ目立つドレスを着ているので、私は、人の目を惹かないよう、大広間の隅っこで待つことにした。


「ラヴェリテ侯爵令嬢のクロエ様ですね。大変申し訳ありませんが、こちらへいらして頂けないでしょうか」


 一人の従者が近づいて来て、そっと私に声を掛けた。服装から、王宮付きの従者であることがわかる。

 何やら困っていそうな顔つきだったので、私は、素直に彼の案内に従った。

 アルフォンソには悪いが、あまりの人の多さに、大広間から抜け出す良い言い訳が出来た、くらいに思っていたのだ。


 しかし、従者の深刻そうな様子を見て、私は、ただならぬものを感じた。


「ルイ王太子が……その…………少し、ご様子がおかしいのです」


 しばらく廊下を進んで行き、周囲に他の人がいないことを確認してから、従者が口を開いた。


「おかしいって、体調でも悪いの?」


「侍医の話では、お身体に異常は見られないとのことなのですが……何やら人が変わったようなご様子で、今朝目覚めてからずっと、ご自分のことを『王太子なんかではない』と何度も何度も……もう私たちにも何がなにやら……」


「え……」


 私は、従者の言葉にどきっとした。まるで自分の話かと思ったからだ。


「きっと、今晩の成人祝の式に並々ならぬ責務を感じられて、緊張なさっておいでなのかもしれません」


「そう……でも、どうして私に?」


「クロエお嬢様とルイ王太子は、幼いころから親しくされてきた仲。

 きっと、お嬢様のお顔を見れば、ルイ王太子も心落ち着かれるかと思いまして」


(そう言えば、そういう設定だったわね……)


 ルイ王太子こと【ルイ=ジュリアス=エテルニア】十九歳。このエテルニア王国の次期国王となる人物だ。

 そして、タバサが話していたとおり、彼は、悪役令嬢であるクロエの婚約者でもある。つまり、私の婚約者というわけだ。


「ルイ殿下、クロエお嬢様をお連れいたしました」


 従者が扉をノックする。中から返答はない。


 ルイ王太子との婚約を破棄された場合、クロエ(私)の処刑ルートが確定してしまう。ここは何とか、ルイ王太子のご機嫌を損ねないようにしなくてはいけない。

 私は、気を引き締めて、部屋の中へと足を踏み入れた。


 まずは、こういう時、何て言うのが正しいのだろう?


――〝今宵は、お招き頂きありがとうございます〟?

――〝お加減いかがですか〟?


 ……と悩んだ挙句、結局、自分の名前だけ名乗ることにした。


「失礼します。ルイ殿下…………クロエです」


 そして、ドレスの端を摘まみ、軽く膝を曲げてみる。


(確か、映画とかでは、こういう所作をしていた筈……)


 前世の記憶を思い出しながら、ぎこちない動作で真似をしてみる。合っているのかどうかは分からない。だが、そもそも、そんな心配をする必要はなかったようだ。


 部屋の真ん中に置かれた椅子に、ルイ王太子が座っていた。こちらを見向きをせず、椅子に座って頭を抱えている。


「――俺は、誰にも会わない。さっき、そう言っただろう」


「し、しかし、殿下……!」


 背後に控えていた従者が、私を庇おうとして声を掛けた。

 しかし、その行為がルイ王太子の怒りを買ったようだ。


「うるさいっ! 俺が王子だって言うなら、言うことを聞けよっ!!」


 ルイ王太子が怒りに任せて立ち上がった。


(……ん? こんな乱暴な言葉を使う人だったかしら?)


 その時、こちらを向く彼の視線と私の視線が交わった。

 金色の髪に、サファイアの瞳、端麗な顔立ち。すらっとした長躯。それでいて、服の上からでもわかる鍛えられた厚い胸板。ゲームの画面に見るよりも、ルイ王太子は、ずっと輝いて見えた。


「君は……」


 ルイ王太子は、私を見つめた。

 その表情からは、クロエ(私)に対する怒りの感情は見られない。

 ただ、戸惑っているようにも見える。


(とにかく第一印象が大事よ!)


 私は、つい見惚れてしまいそうになるのをぐっと抑えて、言葉を発した。


「クロエ=ロザリア=ラヴェリテです。ルイ殿下」


 私は、優しく微笑みながら、先ほどよりも幾らか優雅に、礼を示す所作をとった。

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