第5話 啓蒙

<1854年6月30日>

昼過ぎ。

農作業をしている男性に声をかける。


「あのぉっ…。」


「なんだぁ?ってどこかのお偉い様ですかぃ!?」


で西洋風の出で立ちに今風の化粧をしていたのを、

と勘違いされてしまったようだ。


「ちがっ!違いますっ。

 あの、お役人様のお屋敷は何処でしょうか…?」


「お役人?ここらで言うと庄屋様ですかい?」

ってなんだろう?

時代劇によく出てくる言葉って印象だけど…。

とりあえず偉そうだし、そこでいいか。


「は、はいっ。って、そんなに畏まらないでくださいっ。

 その方にお目にかかれないでしょうか?」


「やっぱりお偉いさんじゃねぇですか。

 まぁ、いらっしゃるにはいらっしゃるんですが…。

 『黒船がまた来た!』とか言って大あらわで、いつになるか分かりませんぜ?」

偉い人あつかいは抜けないみたいだ。


って、黒船?

黒船?

この年なの!?

なんて迷惑な!!!


「分かりました…。ご面倒ですが、ご連絡いただけますか?」

「へぇ…。構いませんが…。」


ん?

何で渋るんだろう…?

あっ!ただ働きは不味いよね!


「こちらはお礼です…。少ないですがお召し上がりください。」

手に持っていた巾着に手を突っ込み、収納していたお菓子を見せて手渡す。


「庄屋様にはこちらを…。女性用の化粧品です。」

カバンから取り出したように見せかけつつ、口紅とファンデーションを渡す。


「いいんですかい!?ひとっ走り行ってきやす!」

「あっ、どれくらいかかりますか…?」

戻る時間を聞き忘れてた。

ここで待ちぼうけは、視線が痛いっ。


「今からじゃ、戻ってくるのは明日の朝ってとこでしょうか?」

「でしたら明日で構いませんので、無理しないで下さい」

時間の概念が違うんだったよ…。

しかも夜を跨ぐって危ないじゃない!


「そうですかい?なら、明日の朝一で向かいまさぁ。」

「よろしくお願いしますね。」

「ところで、今日は何処にお泊まりに??」


うっ…。

戻るっていったら怪しまれるよなぁ…。


「まだ決めてないです。」

「そうですかい…。近くに泊めてくださるお寺もないもんでなぁ…。

 もしよかったら、うちでよかったら泊まっていかれやせんか?

 俺が出る間、かかあもこどもも安心できるしよぉ!」


っ…。

断りづらい…。


「スミマセン、お世話になります。」

「ささっ!こっちでさぁ!」


うぅっ…。人見知りなのにぃ…。


道中、他愛ない雑談をする。

この男性は甚三郎さんと言うそうで、

奥さんのお登勢さんと一人娘のてるちゃんの三人で暮らしているんだって。



「さぁさぁ、こちらです!

 お登勢!

 帰ってきたぞ!」

「はいはい、いつにもまして騒々しいねぇ。。。

 あれっ!その美人さんは誰だい!?」

甚三郎さんが元気よく家に向かって声を張ると、

元気印をつけたくなるような女性が出てきた。

奥さんだろう。


「嫁の前に妾を連れてくる奴があるか?

 お客様に決まってるだろっ!」

「そうだろうねぇ。

 こんな美人を妾に引っ掛ける器量、あんたにないもんねぇ…。

 まぁまぁ、汚いところですがどうぞ。」

「そういうお登勢は俺に引っかかったんだろ!?

 ま、もてなしてやってくれや!

 そうそうこれは根本殿からの差し入れだ!」

…。

ナチュラルに惚気られてる…。

なんか負けた気分だ。



「ういで構いませんよ。大したものじゃないですけど…。」

「こりゃ餡子を、かすていら?で挟んだのかい?

 んで、この茶色のは…。

 って、こんなのもらったのかい!?」

チョコレートを見てお登勢さんが驚いたようだ。

そんなに貴重なのかと思い、焦ってフォローする。


「いえいえ!庄屋様にお取次ぎいただけるということで、

 そのお礼も兼ねてるんです!」

「そ、そうなのかい!?」

「おうよ!明日一番で行ってくらぁ!

 帰りは日が沈むころになるがな!」

甚三郎さん、本当によろしくお願いします。


「そうだとしても貰い過ぎだと思うがねぇ…。

 まぁ、一晩と言わず、旦那が帰ってくるまでゆっくりしておくれ。」

「ありがとうございます。」


お辞儀をしていると、視界の端に女の子が見える。


「てる。こっちへおいで。」


お登勢さんに呼ばれ、こっちに来て、お登勢さんの後ろに隠れる。


「根本うい殿だよ。ご挨拶をし。」

「…てるです。

 よろしくおねがいします。」


『ずきゅーん』という効果音をつけたくなる。

ドストライク。

その愛らしいしぐさに目がくらみそうだった。


「いい子だねぇ~。…これ食べる?」


たまらず猫かわいがりしてしまう。

バッグに手を入れ、自分用にしていたお菓子を出す。

てるちゃんが警戒しつつ、お菓子を受け取ると離れて鼻でスンスンしながら食べる。


「これっ!ありがとうはっ!?」

「…、ありがとう。」

お登勢さん、そのしぐさが堪らないんですよ。


「ったくもう、行儀がなってないのはだれのせいかねぇ?」

「俺のせいじゃないだろっ!?」


いや、どうでもいい!

猫っぽくてかわいい!

可愛いは正義だ!


頬の緩みを抑えきれずに近づこうとすると、警戒されるのがまた堪らない。

人と接していなかった2週間で変なスイッチが入ったのかもしれない。


「てる、村へうい殿をご案内して。その間に夕餉の支度をするから。」

「はーい。」



てるちゃんと手をつなぎ、ニンマリしながら村を散策する。

思ったより子供が少ない、というか、現代ぐらい。

農村や昔のイメージは、そこかしこに子供がいるのだが…。


「…で、このぐらいっ。おねぇちゃん聞いてた?」


「聞いてた聞いてたっ。おうち少ないんだね~。」


「そう?こんなもんでしょ。そろそろおうち帰ろ。」


ドライだなぁ…。

まぁ、おなかも空いたし、うちに帰ろう。



「行商の合間だったもんで、これぐらいしかできなくて申し訳ないねぇ。」


雑穀たっぷりのごはん・味噌汁・漬物・冷奴。

口ではそういいつつも、精一杯の歓待なのだろう。

が、成長期のてるちゃんを見て我慢できなかった。


「…っ、

 えぇ~いっ!ここで見たことは他言無用ですよっ!!」

そう啖呵を切って、家を出る前に購入していた長持ちするであろう惣菜を

どんどん出す。


「…っ。こ、これっ、食えるの…、

 いや、食っていいんですかぃ!?」


甚三郎さんが必死に声を出す。


「もちろんです!お金なんか取りませんから、精一杯食べてください!

 毒なんかじゃないですよ!

 多少傷んでるかもしれませんが、どうせ食べなきゃ腐るだけなんですから!」



「いやぁ~、うまかったねぇ~。本当にごちそうさんだよ。

 てるも満足そうに寝てるよ。」


「これだけできれば国を興すぐらいできそうですが…。」

甚三郎さんが呟く。


「これだけじゃぁとても…。

 …信じてもらえないかもしれませんけど、あと数日で地震が起きるんです…。」


「地震?」


「それは止められないんですけど、被害に遭う方を少なくしたくって…。

 って、スミマセン、暗い話で!」



満腹とまだ見ぬ未来に苦しみながら、夜は更けて行く。




【甚三郎】

『晩飯はあのカバンの中に入り切るもんじゃねぇ。

 いただいた菓子、特には日ノ本で手に入る代物じゃねぇし…。

 そもそもあの着物で苗字を持ってるってこたぁ…。


 うい殿がただ者じゃねぇのは承知だが、黒船の件もある。

 悪い人ではなさそうだが、もう少し見極めが必要だな…。


 とはいえ、数日で地揺れってのも穏やかじゃねぇ。

 さてっ、誰に諮ってもらうかだが…。』

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