ブラウニーのアメリア ~リトル・リトル・ネイバーズ~

夜桜くらは

ブラウニーのアメリア

 私の家に来てくれる家政婦さんは、少し変わっている。

 こう聞くと変な人なのかと勘違いされそうだが、そうではない。仕事内容が変なのかというと、それも違う。


 その家政婦さん──アメリアさんは、身体がとても小さいのだ。身長は、わずか15センチくらいしかない。

 そんな小さな身体でどうやって家事をするのかと思うかもしれないが、実は、アメリアさんは人間ではない。

 彼女は『ブラウニー』と呼ばれる種族の妖精なのだ。


 私たちの暮らす世界には、人間以外にも様々な種族が存在している。中でも妖精は珍しい種族だ。私も、出会うのはアメリアさんが初めてだった。



 私が初めてアメリアさんと出会ったのは、今から半年ほど前のこと。働きつつ3人の子どもを育てるシングルマザーである私は、ある悩みを抱えていた。それは、家の中が荒れ放題なこと。


 3人の子供たちはやんちゃ盛りで、毎日家中を走り回っているし、おもちゃも散らかす。さらに食事の後片付けや洗濯などの家事もたくさんあって、部屋の中はいつも大惨事になっていた。

 ごちゃごちゃと散らかった部屋を何とかしたいと思いつつも、日々の仕事に追われる私には、なかなか手が回らない。どうしてもっと時間を有効活用できないのだろう……と、自分の要領の悪さを嘆くばかりであった。


 そんなある日、私はたまたま見つけた広告の中に、家政婦紹介所の存在を知った。わらにもすがる思いで、すぐに電話をかけてみたところ、翌日から早速、家の掃除をしてくれる人が来てくれることになった。

 そして、やって来たのがアメリアさんだった。


「初めまして! あたし、家政婦紹介所の者です!」


 玄関のドアを開けた先にいたのは、背中に大きなリュックを背負った、小さな小さな女の子。玄関先に置いた植木鉢よりも背が低い彼女に、私は度肝を抜かれた。


「あ、あの……あなたが、家政婦さんですか?」


「はい! 今日からよろしくお願いしますねぇ!」


 にっこりと笑う彼女を前に、私は呆然と立ち尽くした。

 いや、だって、こんなに小さい人を見たことがないんだもの。本当に大丈夫なの? なんて不安になっている私をよそに、アメリアさんは家の中へと入っていく。


「うわぁー! すごいですねぇ! とっても広いお部屋!」


 感嘆の声を漏らしながら、楽しそうに室内を見回す彼女。しばらくキョロキョロした後、「では、さっそく始めますねぇ」と言って、背負っていたリュックの中からエプロンを取り出し、身に付け始めた。

 そんな彼女の様子を見て、私はやっぱり不安になってきた。こんな小さな子に任せてしまって大丈夫だろうかと。


 でも、お金を払ってわざわざ来てもらっている以上、今さら断ることもできない。

 それに、せっかく来てくれたんだし、とりあえず様子を見てみよう。そう思った私は、ひとまず彼女の好きなようにさせてみることにした。


◆◆◆


 それから1ヶ月後。

 アメリアさんの働きぶりは、想像以上だった。彼女は、今まで散らかり放題だった家をあっという間に綺麗にしてくれただけでなく、料理や洗濯など、家事全般まで完璧にこなしてくれたのだ。

 小さな身体からは考えられないほどの手際の良さに、私は感動した。魔法でも使っているのかと疑いたくなるほど、とにかく仕事が速い。一度尋ねてみたけれど、魔法は使えないらしい。つまり、彼女の実力ということだ。


 聞いたところによると、ブラウニーは、家事に関するあらゆる能力に長けているという。しかも、妖精の中でも特に働き者で世話好き。アメリアさんを見ていると、なるほどなぁと納得してしまう。

 テキパキと仕事をこなす姿は、まるでベテラン主婦のようで、思わず見惚れてしまうほどだった。


「あの……アメリアさん。失礼ですが、年齢はいくつなんですか?」


 ある日、気になって尋ねたことがある。見た目だけで言えば10歳前後に見えるのだが、実際はどうなのだろうと思ったのだ。すると、意外な答えが返ってきた。


「あたしは、少なくとも奥様よりはずっと年上ですよ~」


「……え!?」


 衝撃的な言葉に、私は耳を疑った。どう見ても自分より年下の彼女が、自分よりずっと年上だなんて信じられない。

 そこで詳しく話を聞いてみると、どうやら妖精族は人間よりもずっと長生きするらしく、アメリアさんは約200歳くらいだということが分かった。ちなみに、妖精族の中でも特に寿命の長い者は、1000年以上生きる者もいるそうだ。

 それを聞いて、ますます驚いた。見た目だけなら幼い子どもにしか見えないのに、まさかそんなに長生きをしているとは思いもしなかったからだ。


 だが、よく考えてみると、確かに納得できる部分もあった。例えば、重い物を持ち上げる時に「よっこいしょー!」と言うとか、たまに語尾を伸ばす癖があるとか、掃除の合間に軽く腰を叩いていたりとか……そういうちょっとした仕草が、子どものそれではなかったような気がするのだ。

 そう考えると、何だか急に親しみやすく感じて、私は彼女とすっかり打ち解けるようになった。


「あたしのことは、アメリアちゃんでもアメちゃんでも、好きなように呼んでもらって良いですからねぇ!」


 そう言って、にっこり笑うアメリアさんに、うっかり流されそうになることもあった。いくら何でも、年上の女性をちゃん付けで呼ぶわけにはいかないから、遠慮しておいたけど。


 そんなスーパー家政婦のアメリアさんは、狭い場所の掃除も得意だった。身体の小ささを活かして天井裏に入っていき、ほこりだらけの屋根裏を隅々すみずみまできれいにしてくれる。さらに、高いところにある窓拭きなどもお手のものだ。

 おまけに、子どもたちへの接し方も上手かった。やんちゃ盛りの息子たちにも優しく声をかけながら、一緒になって遊んでくれる。おかげで、今では息子たちともすっかり仲良しだ。


「アメリアちゃん、みてー!」


「おぉ~! すごいねぇ! これは何だい?」


「ドラゴンだよ!」


「ほう、ドラゴンかぁ……。ドラゴンと言えば、あたしは昔、竜人の住む家にいたことがあってね……」


 お絵かきをする子どもたちの横で、そんな昔話をするアメリアさんに、つい笑ってしまうこともしばしば。もちろん、話の内容はほとんど理解できないんだけど、楽しそうに話している姿を見ていると、こちらまで幸せな気持ちになる。


 また、小さな彼女は視線が低いため、見えにくい危険を察知するのも早かった。おもちゃのブロックが床に落ちている時などは、いち早く気づいて拾い上げてくれるし、家具と壁の隙間に落ちたネジなんかも、器用に見つけ出してくれる。


「坊っちゃんたちが怪我したり、口に入れちゃったら大変ですからねぇ!」


 なんて言いながら、いつも笑顔で助けてくれるのだ。本当にありがたいことである。

 こうしてみると、アメリアさんにとって、身体の小ささは利点しかないように感じる。だが、欠点もあるのが現実だ。


 子どもと遊ぶのが得意なアメリアさんでも、まだ加減を知らない末っ子には手を焼いていた。上の2人の相手をしていたところを、鷲掴わしづかみにされて振り回された時には、さすがに悲鳴を上げていたっけ。

 慌てて私が止めに入ったことで事なきを得たものの、アメリアさんはしばらくぐったりしていて、見ているこっちが可哀想になるくらいだった。

 それでも、アメリアさんは決して怒らなかった。


「ごめんねぇ……あたしと遊びたかっただけなんだよねぇ……?」


 そう末っ子に問いかけて、困ったように笑うだけだ。怒るどころか、逆に謝ってくるのだから、優しいを通り越してお人好しすぎるのではないかと思う。でも、そんなところが彼女の魅力でもあるのだろう。

 実際、私もそんな彼女の優しさに救われている一人なのだ。仕事で疲れて帰って来た日は、彼女がいてくれるだけで癒される。そして、その笑顔を見ると、明日も頑張ろうと思えるのだ。


◆◆◆


 そうして今に至るまで、アメリアさんとは良い関係を築けてきたと思っている。最初はどうなることかと思っていたけれど、今となっては家族の一員のような存在だ。

 でも、彼女は住み込みではないから、週末になると家に帰ってしまう。子どもたちは寂しがって大泣きするが、こればかりは仕方がないだろう。アメリアさんにも帰る家があるのだから。



「そういえば、アメリアさんはシェアハウスに住んでいるんですよね?」


 ある日の夜のこと。私はふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「はい、そうですよ~。あたしの他に、3人が住んでます!」


「へぇ、どんな方たちなんですか?」


「そうですねぇ、みんな優しくていい人ですよ。でも、あたしが言うのもなんですけど、ちょっと変わってるかなぁ……」


 そう言うと、アメリアさんはふふっと笑った。どうやら個性的な人たちのようだ。まあ、シェアハウスなのだから、それくらい個性的でないとやっていけないのかもしれない。

 そんなことを思いながらも、やっぱり興味はあるもので。いつか会ってみたいなぁと思ったりもしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブラウニーのアメリア ~リトル・リトル・ネイバーズ~ 夜桜くらは @corone2121

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ