大切なひとに食べてもらいたい

鷺島 馨

大切なひとに食べてもらいたい

「私に料理を教えて!」

 先生に頼まれた雑務を終わらせ帰り支度をしていたボクの前で仁王立ちになった木附きづき 桐葉きりはは切羽詰まった表情で訴えてきた。

「どうしてボクが?」

真香まなかくん料理得意だったよね。だから……」

「待って、木附きづきさん? 刈谷かりやさんの方が料理上手なんじゃない?」

恭子きょうこは、ダメ……」

「なんで?」

「だって…… 好きな人に、食べてもらう料理作りたいんだもん……」


 あ、察した。

 木附きづきさんが好きなのは多分、ボクの友人、大間おおま 霧嗣きりつぐ

 調理実習の時に同じ班だったボクたち。木附きづきさんは大間おおまの方をチラチラ見ていた。

 そして霧嗣きりつぐはというと刈谷かりや 恭子きょうこさんに想いを寄せていた。


 えっと…… これってボクが木附きづきさんに協力したら大間おおまには迷惑なんじゃあ……


「いや、やっぱりボクが木附きづきさんに料理を教えるのはマズイって」

「どうして!? 他に頼れる人はいないの…… 助けてよ……」

 なお渋っていたボク。そんなボクに木附きづきさんはスマホの画面を見せてくる。

「教えてくれないんだったら……」


 そこに映っていたのはボクが刈谷かりやさんに抱きつかれている写真。この時は刈谷かりやさんが躓いたところを支えたっていうのが真実なんだけど、絶妙なアングルでまるで恋人同士の様に見えた。(嘘だろ……)

「これ、大間おおまくんに見せていいの」

「ぐっ…… わかった。わかりました。で、何が作りたいの?」

「やった! ハンバーグ作ってあげたいの」

 ハンバーグかぁ、大間おおまの好物ってわけじゃなかったと思うけど、まあいいか。


 結果を言うとボクは木附きづきさんの料理スキルを甘く見ていた。

 玉ねぎの微塵切りが出来ない。炒めればムラになって、混ぜ合わせる時にはぐちゃぐちゃと音を立てるだけで綺麗に混ぜる事が出来なかった。


「なんとか、出来たぁ……」

 疲弊した表情を浮かべた木附きづきさんだったがボクにはこのあとのことの方が憂鬱だった。


 ボクの部屋のキッチンは目も当てられないくらいにぐちゃぐちゃになっていた。

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大切なひとに食べてもらいたい 鷺島 馨 @melshea

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