食人映画館

@sura02

食人映画館

私は今、映画館に居る。誰かと一緒に来ているがその誰とも顔を合わせることは無い。


数日前に、SNSでとあるユーザーが「顔を合わせることなく同じ映画館で同じ上映時間に映画を見るのって面白くない?」というよくわからない提案があったのだ。

面白半分で私はその提案に食いつき、顔も名前も知らない誰かと映画を見に行く予定を立ててしまった。

映画のタイトルはいかにもB級ホラーなもので、監督も出演者も名前を聞いたことのないような人達ばかりだし、調べても出てくるのは際どいグラビアアイドルの顔だけ。内容を事前に知っても興覚めするので下調べも程々にして私はスマホを投げ出しベッドに沈み込んだ。


当日、指定されていた映画館に辿り着いた。映画の内容は下調べしていたが映画館そのものを調べるのを忘れていて、あまりの外観に驚かざるを得なかった。点滅をくりかえすネオンの看板に年季を感じる絨毯。そして回転するガラス扉。日本全国を巡ってもなかなか見つからないんじゃないかと思うほどに古い映画館だった。今どき、座席の予約がインターネットから出来ないのは不便だと思っていたが、これほどまでに古いとは思いもしなかった。

こんな映画館に入るのも気が引けてきたが、ここに来るまでの時間と交通費、そして有給休暇を無駄にはするまいと思い映画館に足を踏み入れた。

中に入ると、外観とは裏腹にちゃんと管理されていて埃っぽさ等は一切感じなかった。映画好きの中では穴場スポットなのかもしれない。

チケットを買うためにカウンターで呼び鈴を鳴らし、店員に座席の空きを確認する。どんなB級映画でもやはり真ん中の良い座席で見たいと思っていたが、意外にも座席は埋まっていた。入口に近い席だけは綺麗に開いていたので周りに人が居ないのは好都合と思いそこを選んだ。もしかして私の下調べが足りてないだけで映画界隈では期待の新人が関わっていたのだろうか。などと考えつつもジュースとポップコーンも買っておいた。B級映画を見るなら退屈凌ぎが必要だろうと思ったのだ。


スクリーンに向かう途中、学生や若いカップル、老人、子連れの親子など幅広い年齢層とすれ違ったがその誰もがこれから映画を見るにしては何か思い詰めているような表情をしていた。これからホラー映画を見るからそう見えてしまったのだろうと自分に言い聞かせて座席へと向かった。

時間まで余裕があったものだからSNSを覗いてみたら提案してきたユーザーのアイコンが真っ黒に変わっていてギョっとしてしまった。次の瞬間にはB級ホラー映画を見るためだけにここまでやるのかと呆れたが、驚いてしまったので私の負けだろう。「N先生、アイコンまで変えちゃって気合入ってますね」と書き込み、マナーモードにしてからスマホを鞄に入れる。上映時間まで流れる告知を眺めているといつの間にか座席に人が座っていた。場内も暗くなる。もうそろそろ映画が始まるようだ。

見慣れた映画泥棒の警告映像が終わると完全に照明は落ちて、足元の薄い明りだけになる。映画が始まる前のこの一瞬の静寂が私の気持ちを切り替えさせる。場内に響いてくるすすり泣く音がまるでその場で誰かが泣いているかのようなほどはっきりと聞こえる。B級ホラーと侮っていたが出だしからこれは当たりの映画かもしれないと感じた。

暗いスクリーンは段々と明るくなり文字が映し出される。

『最初から居なかった』

文字が消えて映像が切り替わる。どうやら病室のようだ。ベッドで赤子を弱弱しくもしっかりと抱きかかえている。二人のそばには夫と医者、ナースが立っている。

「母子ともに経過は良さそうですね。この調子なら数日後には退院できるでしょう。」

「ありがとうございます。」

「一番、頑張ったのはお子さんと奥さんですよ。」

「ええ、でも先生のおかげで無事に。」

「そうですよ先生。先生は私達家族の恩人です。」

難産だったのだろうか、夫婦は赤子を大事に大事に抱えながら医者に感謝をしていた。

場面が変わると次は入園式だろうか。ビデオカメラで撮った映像のようで、子供が一人で入園おめでとうございますの看板の横で立っている。すると

「私が撮りますよ、お父さん」

「あ、良いのですか。ありがとうございます。」

カメラを手渡し、明後日の方向を映した瞬間何かが見える。

「はい。笑って。」

父と子が並んでいる横に、さっき見えた何かが隣に立っていた。

髪の毛が長く病衣を着た女性だった。先ほどの病室のシーンに居た女性と非常によく似ているが顔色は悪く生気を感じられない。カメラマンは気づいていないのかそのまま親子3人を撮り続けていた。


場内からは息を呑む音や小さい悲鳴が聞こえてきた。こんなのでも怖がる人が居るんだなと内心小馬鹿にしながら映画に集中する。


「はい、撮れましたよ。確認お願いします。」

「ありがとうございました。どれどれ・・・。」

そこには喪服姿の父親が一人しか映っていない。

父親が固まった表情になったかと思えば子供を探す素振りをしだす。

「みさと?みさと!?どこだ!!」

「どうしたんですか。急に慌てて」

「みさとが、みさとが居ないんだよ!!あんたにさっき撮ってもらった子が!!」

「私がさっき撮った子?何の話ですか。」

「何言ってんだよ!!いまさっきこのカメラで撮ってくれただろ!?」

「そうはいっても、そのカメラには何も残ってないじゃないですか」

「はぁ???」

父親であった男がカメラを見返すとそこにはNODETAの文字が浮かんでいた。

「なんで・・・?」

その言葉と同時に膝から崩れ落ちる男。いつの間にかカメラマンまで消えていて男が一人、カメラを片手にうずくまっている画でフェードアウトしていった。


次の映像に切り替わると今度は廃墟が映し出される。若者が数人で肝試しをするようだ。どうやらこの映画は短編集らしい。そういえばN先生はそういう形式の映画の中で当たりを見付けるのが好きだとか言っていたのを思い出す。確かに中には面白い物もあるから楽しいがわざわざスクリーンで見る価値はないだろうに。趣味に走ったな。そんな悪態を心の中でつきながら映像に集中する。

1本目と比べると随分と映像の取り方やキャストに素人感が増していた。これはハズレ枠かなと思いながら見ていると場内から話し声が聞こえてくる。内容は聞き取れないが私のようにクオリティの落差を話しているのだろうなと思った。特に何か驚く様なシーンも無く、ただ若者たちが怖がっているだけの映像で終わった。

3本目は、カップルのデート風景だ。何度か場面が切り替わるが背景には必ずカメラ目線の男が移りこんでいた。そして最後にはその男がアップで移りこんで次の映像へと切り替わった。この映像の途中で、座席から立ち上がり退場していくカップルが居た。偶然にしろなんにしろ映画館デートでこんなものを見せられては気分が良くないだろうなと私も思った。そもそもこの映画をデートでみる感性を疑いたいものだ。

4本目は老人が一人、駅のホームに座り呆けている映像だった。この老人には何が見えているのだろうかよく分からなかったが最後には駅のホームに飛び降りようとした瞬間で終わっている。

5本目、6本目、7本目、8本目、9本目、どれもこれもつまらない映像ばかりだった。途中で退場する人が何人も居たのでこの時点まで残っている私含めた数人はよっぽどの物好きか居眠りしている人なんだろうなと思った。

そしてまた一人、退場していくのだが何故かその人が目に留まった。なんだか見たことがあるような雰囲気だった。まあ気のせいだろうと思い、どれぐらい時間がたったのか腕時計で確認すると上映開始時刻のままだった。こんな時に壊れるとは不気味だなと思い、映画に集中することにした。


まだまだ映像は続いていく。体感ではもう2時間ほど経過していたが上映が終わる気配は無かった。ジュースを飲みながらみていたのでそろそろ尿意が怖いと思い席を立つ。廊下に出ると先ほど退場した人が別なスクリーンに入っていくのを見た。映画の出来の悪さが応えたのだろう。私も後で別な映画を見てリフレッシュするのも悪くないなと思った。トイレを済ませて先ほどは確認できなかった時間をスマホで確認しようとしたら電源が切れていた。充電が切れてしまったのだろうか。仕方が無いのでそのまま座席に戻る事にした。その時、場内からなんだか急ぎ足で出て行く女性とすれ違った。よっぽどトイレを我慢していたのかなと思い座席に着く。相変わらず続いていく映像を横目にポップコーンを頬張る。キャラメル味とコンソメ味が半分ずつ入っているのでどれだけ食べても飽きが来ない。これは映画のお供に丁度いいなと思ったりしていた。もはや映像に集中することなく早くエンドロールが流れてこないかと思いだした。時折聞こえてくる場内からの小さな悲鳴や泣き声に耳を傾けながらぼーっと過ごしていた。ふと気が付くと誰も座席を絶った気配は無かったのに数列前に居た人が居なくなっていた。いつのまに?と思い周りを見渡すとその人以外も居なかった。いくら集中力が無くなってたとはいえ何人も人が立って動いていれば気が付くはずだ。何とも言えない感覚が私を襲ったが、ホラー映画をみているせいだと割り切った。そして次の映像が流れた。

タイトルは『映画館の囚人』

長時間、この映画を見ている私の事を指しているようだと一瞬思ったが次の場面では思わずぎょっとした。映像に映っていたのはまさにこの古びた映画館の外観と、その目の前で立ち止まっている私だった。いつのまに撮られていた?なんて疑問が浮かんだが次に思ったのは囚人という言葉だ。私は閉じ込められたのか?それを確かめるために場内を飛び出し廊下を駆け抜ける。いくら走ってもあの回転するガラス扉がある広場に辿り着かない。延々と同じ風景だ。他のスクリーンがある場内に飛び込んでもスクリーンには『映画館の囚人』と映し出されているだけ。自分がもといた場内に戻り他のお客さんの傍に寄って肩をつかんで声をかける。瞬間気づいてしまった。この顔を見たことがある。ぼーっと眺めていた短編に出ていた人だ。そんな事実を受け入れられず思わず突き飛ばしてしまう。するとスクリーンに映画館の座席が映りその真ん中に私が居た。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

絶叫したのちに私は気絶した。



気が付くと座席に座っていてエンドロールが流れていた。どうやら映画を見ている最中に眠ってしま多らしい。気味の悪い夢をみたなと思いながら聞いたことも無いような楽曲と共に流れるエンドロールを眺めていた。音楽が終わるとエンドロールの最後に出演者というくくりで真っ黒な背景に真っ白い文字がたくさん浮かび上がり消えていく。そして『皆様、ご来場ありがとうございました。』の文字が見えて明るくなったので立ち上がる。すると文字は赤く滲み『皆様、ごちそうさまでした。』に変わっていたのに気づいた瞬間、ぽしゃんと乾いた音を聞いたのを最後に私は意識を失った。

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