第23話エピローグ

 ◆



 かつてのアーバン家が治めていた領地は近隣の貴族諸侯が話し合いのうえ、分割しそれぞれの領地へ統合されることとなった。不幸中の幸い、というべきか。父は領地経営のほとんどの業務を外部委託していたから業務の引き継ぎはスムーズだったそうだ。

 アーバン家はもう存在しない。


 魔力継承の儀に失敗し、魔力を失った父は貴族籍を失い、親戚からも誰からも助けの手を差し伸べてもらえず、お金もない彼はあっという間に最下層にまで落ちぶれてしまったらしい。


 母の不貞の子だったルネッタは当然アーバン家を継ぐことはできず。父ザイルの親戚であったファントム伯爵と婚姻した。かねてより卿はルネッタに何度も求婚の申し込みをしていたことはわたしも知っていた。「父がわからぬ不貞の娘でも構わない」と仰ったらしい。ルネッタとは年の離れたお方だけど……どうか、幸せになっていることを祈るばかりだ。

 

 母は……その後の行方を全く聞かない。




「……」


 わたしは瞳を伏せ、そっと首を振った。


 失敗してしまった魔力継承の儀。あの日以来、久しぶりに彼らのことを思い出してしまったのは、今日がわたしとバルトルの結婚披露宴の日だからだろうか。


 バルトルは彼らがどうなったのか、「知らなくてもいい」と言ってくれた。だから、自分もあまり彼らのことは考えないように過ごしてきたのだけど。それでもなぜか、急に思い出してしまった。



 彼と初めて会った日、書類の上での夫婦となったあの日。短かった髪は今はもう肩甲骨にも届くほどの長さになっていた。

 両親に疎まれ、ずっと短くして帽子で隠してきた黒髪。彼と会うために伸ばし始めて、彼と共に過ごした時間の分だけ、わたしの髪は長くなった。

 そう思うと、余計に自分の髪のことが愛おしくなる。


 せっかく長く伸ばした髪だから、アップスタイルにするのも肩を出した細身のドレスには似合っていたけれど、長さがわかるようにふんわりとハーフアップにして編み込みをしてもらうことにした。今日という日のために磨きあげられた髪は普段以上に艶やかで、真珠の粒が埋め込まれたティアラの輝きにも負けていなかった。


 ヴェールを被り、わたしはバルトルの元へと向かう。


 本当によく晴れた日だった。どこまでも青空が広がる晴天。

 開放的なガーデンに設けられた白いアーチの祭壇。柔らかな色彩のたくさんのバラがアーチを彩り、とても華やかだ。


 祭壇の前に二人で並び、バルトルはわたしの顔を覆うヴェールを上げる。


「……きれいだ」


 思わず、という風に溢れ出たバルトルの言葉にじんと胸が熱くなる。


 降り注ぐ暖かい日差し、瑞々しく色鮮やかな草花、そしてわたしたちを祝福するために集まってくださった方々に見守られ、わたしたち二人は夫婦の誓いを交わしたのだった。


「……わたし、こんなに幸せでよいのでしょうか」

「もちろん。だって、僕の奥さんなんだから、幸せになってもらわなくちゃ」


 バージンロードを見つめながら口をついて出た言葉に、バルトルは朗らかに笑って見せた。


「バルトル……」

「……ドレス、似合っている。やっぱり君の髪が伸びるまで待った甲斐があった。今の君は、世界で一番……きれいでかわいい!」

「きゃっ」


 ヒュー! と囃し立てる声と、口笛の音。


「ほら。君の黒髪が陽の光に照らされて……天使の輪みたいだ」


 バルトルがわたしを横抱きにして抱え上げたのだ。

 わたしはぎゅうとバルトルの意外と太い首にしがみつく。すぐ真横にバルトルの青い瞳が煌めいていた。そして、その煌めきの中に映ったわたし。


 わたしとバルトルはバージンロードの真ん中で本日二回目の口付けを交わし、大いにみんなを沸かせたのだった。



 ◆



 そして、いつしかわたしとバルトルの間には子どもが生まれた。


 ブロンドヘアーに……蜂蜜のように濃い黄色の瞳をしたかわいらしい男の子だ。


 それを見て、なんだかわたしは笑ってしまった。父と同じ髪色と目をした子だった。……この時、ようやくわたしは『不貞の子』ではなかったのだな、と実感した。

 かつて、バルトルのブロンドの髪を父と重ねてしまい、怯えていたわたしだけど、この子の髪や目を見て怖がることはない。


 成長した息子はしょっちゅうバルトルの工房に忍び込んでは床に転がるボルトや部品で遊び、開発途中の魔道具のあらゆるボタンやスイッチを熱心に押すのだった。


「あなたみたいに魔道具士になるのかしら」

「さあ、なんでも自由にやればいいと思うよ」


 二人で笑い合う。愛しい我が子もキャッキャと楽しげに声を上げていた。


 わたしは幸せを噛み締めながら、そっとバルトルの手を握るのだった。

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【WEB版】不貞の子は父に売られた嫁ぎ先の成り上がり男爵に真価を見いだされる 〜天才魔道具士は黒髪の令嬢を溺愛する〜 三崎ちさ @misachi_sa

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