第16話「うちの繰糸機の調子が悪いんだ。来てくれるかい?」

「いや、すまんねバルトルくん。私はまだ全然使えると思うんだが、娘がもうしきりに調子が悪くて買い替えるべきだと言って聞かなくてねぇ……」

「いいえ、仕事ですから。お気になさらず」


 ザイルにとっては苦渋の決断だった。


 この成り上がりの魔道具士に頼らねばならないとは。

 いけすかないいかにも軽薄そうな愛想笑いを浮かべる男だ。


 どんどんと国に納品する魔力の糸の量が減っている。それはつまり、アーバン家の収入の著しい減少を意味する。


 ザイルは、いや、アーバン家は最も重用される『電気』の魔力を持つ一族ではあったものの魔力の量にあまり恵まれてはいなかった。だから、魔力の量を増やすのを目的に一族とは違う属性の魔力であるが、魔力量が豊富である家系のマーゴットを嫁にもらったのだ。


 第一子は妻の不貞による子だったとなんとも残念な結果となったが、第二子ルネッタはザイルの期待通り、電気の魔力かつ膨大な魔力量を持った子だった。


 そのルネッタの調子がずっと悪いのだ。そして、「きっと自動繰糸機がおかしくなっていてそのせいだ」としきりに言っており、実際にどんどんとルネッタがいままで紡いできた量とは比べ物にならないほど減っている。

 繰糸機は大型の魔道具だ。買いかえるなどもってのほかだが、メンテナンスにも金がかかる。


 ザイルは娘を嫁がせてやったろう、とメンテナンス料を値切るつもりで卑しい成り上がりを呼んだのだった。


「ときに、アレはどうだね。具合は。子供の方はできそうか?」

「……すみません、今日は仕事できていますから。あまりプライベートなことは」

「ハハッ、意外と固い男だな! まあ、可愛がってやってくれ」


 バルトル。顔は良いが、所詮は平民だ。容姿が整っているといっても、安っぽさがある。だが、そのチープさゆえにモテるのだろう。相当遊んできた顔をしている。


(……ロレッタは早々に飽きられておるかな、まあいい。離縁さえしていなければ。そのうち子もできるだろう)


 ザイルはバルトルのつれない返事から、不貞の娘は彼からは愛されていないのだろうと推測した。


 不貞の子、ロレッタ。せめてまともな魔力を持っていればよかったものを、あの娘は魔力だけはあるようだが、なんの力も発揮できない出来損ないの魔力だった。だがそれも、どこぞの馬の骨ともつかぬ黒髪の平民との間にできた子ならばさもありなん。ザイルは貴族至上主義者であり、平民を見下している。ザイルはロレッタを完全に見限っていた。




「……そうですね、だいぶ老朽化はしていますけど、買い替えるほどではないかと。汚れや埃の詰まりのあるところをきれいにして、油を差しました。これで動きはよくなるのではないでしょうか」

「おお、そうか! ご苦労」


 三十分ほどして、作業を終えたらしいバルトルがザイルに声をかけた。

 買い替えるほどではない、という言葉にザイルはホッとする。


 バルトルは点検結果と作業内容、それからそれらの作業代金をまとめた紙をザイルに手渡した。ほう、とザイルは受け取ってしげしげと眺める仕草をしてから、声を潜めて言った。


「……で、だ。ちょっとまからんかね」

「はぁ……」


 バルトルは片目を軽く眇めた。が、すぐにいかにも営業用といった笑みを浮かべた。


「……お代は結構です。ちょっとこの後に他の急な仕事も入っていますので、これで失礼させていただきます」

「ああいや、すまんね! いやあ、ありがたい。またおかしくなったら君に頼もうかな!」


 お代はいらない、と言われた途端にザイルは頬を緩めた。

 忌々しい成り上がりは最後まで上辺だけの笑みを浮かべていてそれは気に食わなかったが、気前がいいのは素直にありがたい。


 ザイルは機嫌よくバルトルを見送った。



 ◆



 そして、ザイルが屋敷の居間に入ると、愛娘ルネッタにすごい勢いで飛びつかれた。


 ルネッタはきゃあきゃあとはしゃぎながら窓の外を指差す。


「……お父様、今の方がバルトル様!? すごい美男子じゃない!」

「ルネッタ」

「あの人とお姉さまが結婚したの? ひどい、お姉さまとじゃ全然釣り合ってないじゃない。平民の男爵なら私のお婿さんにすればよかったのに! あの人、電気の魔力持ちなんでしょ? ちょうどいいじゃない!」


「何を言ってるんだい、ルネッタ! 君のように魔力の才も、美しさも兼ね揃えた女性があんな平民の男と婚姻するなんてとんでもない!」


 それに、生意気なことにあの男とは条件の不一致があった。アーバン家は婿が欲しいのに、あの男は我が家に求婚をしようと接触してきた時、「自分のところに嫁に来てほしい」と譲らなかったのだ。卑しい平民らしい。運よく恵まれた能力を持って生まれてきただけのくせに、出世への野心は一丁前のようだった。


 あの男にこれ以上成り上がられてたまるか。

 ザイルはその思いで、アーバン家の汚点、不貞の娘を奴に押し付けてやった。片方の血は野良犬のものであるのに、あの男は喜んでアレを娶ったのだから、それだけでもザイルは愉悦を覚えていた。


「ルネッタ。親戚のファウスト伯爵からまた婚姻の申し出が届いているわよ。あの人ならアーバンの血も濃いのだから、この家を継ぐつもりならこういう人と婚姻するのがいいんじゃない?」


 マーゴットがフラリと現れてルネッタに分厚い封筒を手渡す。ルネッタはみるみるうちに眉間に深い皺を作り、封筒を床に放り投げた。


 ファウスト伯爵。ザイルの祖父代の兄弟の家系だ。彼も電気の魔力を持っている。アーバン家の電気の魔力を高めることを考えれば確かに、政略的には彼との婚姻は望ましかった。


 しかし、ルネッタは母の言葉に噛み付くように高い声でキャンキャンとがなっていた。


「いやよ、あの人ったら私の胸ばかり見ているんですもの!」


 ああ、と思いながらザイルは娘の豊かに育った胸に目を落とした。次いで、その横に立つマーゴットの胸も一瞥する。


 ルネッタはザイルにもよく似ていたが、顔の造りや体型は母マーゴットにそっくりだった。マーゴットは派手な美人という言葉が合うような華やかな顔つきにメリハリのある体型をしていた。

 だが、ザイルにとってはそそられない。若い頃はそれなりに楽しめたが、いつもつまらない顔をしていてそれが気に入らなかった。ルネッタを産んだ後はもうどうでもよかった。


 不貞の娘の方も身体つきだけは母親に似たようだったが、あの娘こそダメだ。多少体型が良かろうと色気が全くない。


 それに比べ、ルネッタは我が娘ながら魅力的なレディに育った。血の繋がりさえなければ……と思うほどに。

 娘の華奢な肩を撫でながらザイルは目を細めた。


「心配いらないよ、ルネッタ。お前にはクラフト侯爵家の次男坊から縁談の申し出が来ているんだ。おい、マーゴット。そっちの方の話を進めておけと再三言っていたろう。ファウストなんぞどうでもいい、あんなのただの好色たぬき親父だ。ルネッタにふさわしくない」

「えっ……もしかして、あの『氷の貴公子レックス』様!?」


 ルネッタは母譲りの茶色の瞳を輝かせた。


「そうだ、女には興味がないと噂されていたが、なんでも我が家が国に納品している魔力の糸を見て、ぜひこの上質な糸を作ることのできる人と縁を結びたいとのことでね、婿入りにも納得してくださっている。こんな良縁なかなかないぞ!」

「……えっ」


 ザイルは深く頷き、誇らしげに鼻の穴を膨らませながら娘を讃えた。

 しかし、ルネッタの反応は芳しくないものだった。さきほどまでは『氷の貴公子』と呼ばれるまでの絶世の美男子である彼との縁に瞳を煌めかせていたのに。


「うん? どうしたね、ルネッタ」

「……い、いえ。なんでもないわ……」


 表情を曇らせる娘を訝しく思いながらも、ザイルはあまりにも良い縁すぎて気後れしているのだろうと解釈することにした。

 咳払いをしてから言葉を続ける。


「しかし、お前の力をみそめてもらったわけだが……最近、魔力の糸の納品量も質も落ちていると国からはせっつかれているんだ。まあ、あの男に繰糸機も直させたし、そろそろ調子も戻るかい?」

「……」


 ルネッタは顔を俯かせてしまう。


 美しいだけでなく、才に溢れ、働き者の娘。

 ここ半年ほどずっと調子を崩し続けているのが、ザイルは心配だった。


 本当はもっと甘やかしてやりたいのだが、ザイルはあまり魔力の量に恵まれてはいない。ルネッタがアーバン家の頼りなのだった。




「お父様、私、『魔力継承の儀』がしたいのですけれど」


 顔を上げたルネッタの目には力強い輝きがあった。



 魔力継承の儀。親の持つ魔力を子に譲り渡すことにより力をさらに強めることを目的とした儀式である。


 ただし、それは血のつながりのある親族間でしか執り行うことができない秘術なのだった。

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