まさに、これ。(KAC20233 ぐちゃぐちゃ)

ninjin

ぐちゃぐちゃ

 今、「ぐちゃぐちゃ」について考えている。

 そして、取り敢えずメモ帳に書きだしてみることにした僕は、缶ビール片手にリビングのソファーに腰を落とす。


――さて、書いてみようか。


 僕はビールの缶をテーブルに置き、右手に赤いボールペン、左手には生命保険会社さんから貰ったミッキーのメモ帳を持ち、いざ、書かん。


 タイトル:ぐちゃぐちゃなもの


・焼く前のお好み焼き


――おっ、直ぐに浮かんだ。


・子どもの頃の、僕の机の引き出し


・息子のおもちゃ箱


――いい感じだ。続けよう。


・酔っ払て書いた日記


・捏ねてる最中のハンバーグ


・午前二時の思考回路


――どんどん行こう。


・僕が縫った破れたジーンズ


・雨に濡れた新聞紙


・寝起き、鏡に映った僕の髪


・納豆卵かけご飯


――何だかちょいちょい料理っぽいものが入るなぁ。ま、いっか。思いつくまま。


・雨の日のクレイ・サッカーコート


・雨で桜が散った後


・霜の後の田んぼのあぜ道


・有明海の干潟で遊んだ午後


・闇鍋


――あ、また料理だ。


・積まれる前の麻雀牌


・夕立に遭ってしまった洗濯物


・君が来るって言うんで、慌てて片付けた僕の部屋の押し入れ


・君が帰った後のベッドのシーツ


・いつもの、僕の脳内・・・(え? あなたも?)


・今振り返る、僕のこれまでの人生www


――書いていて、段々可笑しくなってきた。


・僕とユミコとユミコの彼氏・・・の関係・・・


・嬉し泣きの君の笑顔


・どうしようもなく切なかったふたりのベッドの翌朝


――おいっ、方向性っ。 一旦小休止だ。煙草を吸おう。


 僕はボールペンとメモ帳をテーブルに置き缶ビールに持ち替えて、キッチンの換気扇下に向かった。


――灰皿の吸い殻、捨てなきゃなぁ。一本吸ってから、まとめて捨てよう。


 そのとき、パーカーの携帯電話に着信のバイブレーションがあった。

 今僕は左手にビールを持っている。

 そして僕は何を思ったのか(いいえ、何も思っていないし、考えてもいないっ)、可笑しな格好に身体をよじって、携帯電話を取り出した。

 いや、正確に言うと、取り出そうとした。


 ところが、


 上手く指に引っ掛からず、するりと指の間を抜け、床に向かって自由落下を始める僕の携帯電話っ


 僕は慌てて、何故だかビールを持った左手でそれを受け止めようとする。


 当たり前だが、缶の口からビールが零れるっ。


 それを見た僕は、更に慌てて右手を伸ばしたその指先が、予想もしていなかった灰皿に当たってしまい、その灰皿はガス台の上を滑って、ガス台縁を越え、僕の携帯電話よろしく自由落下に突入だ。


 不味いっ


 ガラスの灰皿が足の甲に当たるのと、靴下が灰塗れになるのは御免被るとばかりに、僕はその場から後ろに飛び退くと、勢い余って、左手の缶ビールを手放してしまったのだった。


 おおっ、缶ビールまでもが自由落下の法則に搦め獲られてしまったぁっっっ。


 ここまでの一連の流れ(僕が携帯電話を右手で取り出そうと試みたところから)は、恐らく0・2秒くらいだろうか・・・。


 3秒後、僕はひとり、小さく、それでも禍々まがまがしい口調で、誰に宛てるでもなく、「くそっ」と呪いの言葉を吐き捨てた。


 キッチンの床にぶち撒けられた煙草の灰と吸い殻とビールの泡、そして、そんなものに塗れた僕の携帯電話・・・


 まさに、これ。


 「ぐちゃぐちゃ」じゃねぇかよ・・・。



       おしまい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まさに、これ。(KAC20233 ぐちゃぐちゃ) ninjin @airumika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ