【KAC20233】―②『猫少女と異床同夢(いしょうどうむ)』

小田舵木

『猫少女と異床同夢(いしょうどうむ)』


 アイデンティティを簡単な方法を教えてあげよっか?

 引っ越ししまくると良い。

 私の家は転勤の多い家庭で。

 義務教育9年間の間に―5回転校をして。

 その度にアイデンティティを創り直してた。そのせいで私はぐちゃぐちゃな女になり。

 完全に引きこもって。

 やっと自分の居場所を見つけた。この狭い四畳半に。


 場所にアイデンティティを求めるのは何処か猫に似る。

 私はヒトだけど…その気持ち分からないでもない。

 テリトリーを愛する孤高のモフモフ。そこに私はシンパシーを感じ。


 狭い部屋はモノクローム。明りをつけると、から付けない。

 この部屋のホワイトと言えばPCの明りだけ。

 そこには―我が四畳半をいろどる文化があふれている。

 …といってもSNSなんだけどね。

「我が部屋は城なり。籠城ろうじょうしたるはノルジャンジャン!!」なんて投稿すれば、画面の向こうの皆が反応してくれて。ことを証明している。

 ちなみにノルジャンジャンは私のハンネね。猫のノルウェージャンフォレストキャットから取った。猫の中でも大型種に属する彼らは賢く人なつこい…


 人懐こいか。

 昔は…私もそうだったんだけどなあ。

 人見知りって人懐こいって知ってる?

 普通逆って思うでしょ?そうじゃないんだなあ。

 あまりにも環境を変えられすぎた人見知りは…初対面の時抜群の人懐こさを見せるものなのだ。

 それはある種の処世術しょせいじゅつ―なのかも知れず。

 しかし。処世術だけで生きていけるほど人生は単純ではなく。

 時間が経てば経つほど、回数を重ねれば重ねるほど、私のキャラというメッキはげていく。


 がたん。

 これは―お母さんが家を出た音。

 どん、がたたん。

 これは―お父さんが家を出た音。


 それを確認した私はリビングへコーヒーをれに行く。

 徹夜明けにはコーヒーがよく効くのだ。

 徹夜の友は映画だったよ。



                ◆


 リビングに行けば。ノルウェージャンフォレストキャットが居り。キャットタワーから見下ろしていて。

「おはよ、ジャン」と私が言えば。

「ふなん」と返事をしてくれ。

「今日もお前は可愛い」と私が鼻先に指を差し出せば。

「なうん」と言いつつスリスリしてくれるその様が愛おしい。

 …っと。コーヒー淹れにきたんだっけな。ついでにご飯もあげなきゃね。


 リビングに連なったキッチン。踏み台がる棚にコーヒーとジャンの餌が隠してあり。私は背伸びして、ごそごそやって。

 ああ。そろそろ棚の整理しなきゃなあ、とか思う。

 私の部屋と似たりよったりの状況を客観的に見るとまずいよなあ、と思えども。

 どうして片付けられないんだろう?心の整理がついてないからかな?とか思っていれば。

 何時の間にかキッチンに侵入したジャンが居り。

「なああああああ」と早くメシくれコールを脚元あしもとでしていて。

「はいはい。待ってなよ」と私は雑然とした棚から目をらし。


                 ◆


 黒くみわたるコーヒー。その色はあらゆる色素をぐちゃぐちゃにした名残にも見え。そこに牛乳を一筋らし。かき混ぜればぐちゃぐちゃカフェオレの出来上がり。

「うん。雑味が酷い」なのになんで飲んじゃうのかなあ。不思議。

「ぼろろろ…」と私の脚元で喉を鳴らしながらご飯を食べるジャン。

「今日は―寝るかあ?」なんてジャンに相談し。

「ぼろ…なあ」と返事が返ってくるのが嬉しい。

「昼夜逆転は引きこもりのエンブレムさ」とうそぶけば。

「ふなあああ」と抗議の声があがり。

「あーもう分かったって」と私は言い。テーブルの小さなメモを手に取り広げる。

 いわく「買い物&夜ご飯ヨロシクby母」ああ。外出なきゃいけないのか…


                ◆


 弾ける水が私の貧相な体を打ち。垢にまみれてぐちゃぐちゃな私は清められ。

「あー…」と吐息を漏らし。

 何時か―部屋清めなくちゃいけないよなあ。でもなあ。あれが一番最適化された私の部屋でもあり。それを拡張すると私のアイデンティティの最適解にも思え。

「シャワーの水みたいに私を洗い流してくれる存在、居ないかね」と願望を漏らし。

「そんな都合の良い存在居るわけねーだろ!」とセルフで突っ込み。

 ああ。虚しい。だから嫌いなんだよ風呂場は。考えなくて良いことばかり頭に浮かびやがる。

 そして髪をシャンプーするのが最高にめんどくさい。美容室が苦手な私の髪は最高長の腰までを記録しており。

「いっそバッサリ…」とか思っても。顔のラインを気にしてしまう乙女が私にかすかに残り。

「しゃあ!やっぞ!」と言い。私は困難なミッションに向かうのだった。


                ◆


 洗面所で髪を乾かせば。至る所に歯磨き粉やらクレンジングやら整髪料がゴチャついており。

 そこに生活を見るか?ぐちゃぐちゃを見るか?

 私は後者であり。

 お母さんとお父さんの分を片付けたらスッキリするだろうなあ、とか勝手に思ったりして―ああ。髪がぐちゃぐちゃ…トリートメントしたのにな。乾燥してるのが悪いのか。


 ああ、私の人生の縮図しゅくずたるぐちゃぐちゃは私の部屋とその外縁がいえんたる家全体ぜんたいに広がり。

 それとも関連妄想かんれんもうそうなのだろうか?

 …と言えない辺が引きこもりの弱みであり。

 ああ。スッキリしないものだなあ。


                ◆


 髪を乾かし終えた私は数少ない私服に袖を通して。

 玄関のドアのノブをひねれば―白く飽和した光が私をいて。

 ああ。コイツもぐちゃぐちゃと言えなくないや、と思いながら何とかい出る。

 エレベーターに向かって、よろよろと歩く私は自身にバンパイアの姿をオーバーラップさせ。

 何とかボタンを押し、乗り込み、エントランスに行き。オートロックの扉をくぐる。


 そうして。

 私はささやかな世界から外の世界に迷い出し。

 自分の孤独を改めて噛み締めて―

 なんてやってる場合ではなく。寒い。さっさと済まさないと貧弱体質には厳しいぞ。


 街を彩る街路樹。その葉はカオスな軌道を描き落ちていき。そこにもぐちゃぐちゃはあり。

 関連妄想は終わらない。

 ああ。頭がうるさい。イヤホン持って来るべきだったかな。

 いいや。音楽というぐちゃぐちゃもあるな、と思う。例えばミクスチャーロック。ラップとロックとファンクを合成するあのバンドのように。


 ううん…集中して歩くか。

 と。ここで私は赤色点灯てんとうしている横断歩道に行き当たる。

 そう言えば。渋滞もぐちゃぐちゃだな。渋滞予測はカオスを予想するのに似ると聞く… 

 いかん。買い物に集中しよう。

 今日のメニューは何にしよう?

 色々突っ込める鍋―

 うん。認めよう。

とら?」


               ◆


 道を歩む足取り。それはまっすぐしているようでしてなくて。

 私はぐちゃぐちゃしている。

 

 認めたはいいさ。だけど何をすれと?

 簡単に行動に移せるような人種ならこういう事はしていない―

 なんてスーパーの野菜売場で逡巡しゅんじゅんする私は場違いだ。

 かごの中は野菜やら鍋つゆやらでぐちゃぐちゃ。最初のうちは秩序をたもてるんだけどさ、大きな物を買うと、もうダメだよね。買い物かご。

 

 午前中のスーパーの何とも言えないダルな雰囲気が好き。

 品出しが終わってなくて少しぐちゃぐちゃだけど、完成へと向かっていく様に進歩を私は見る。


 お。鶏ももが安い。


                ◆


 買い物の帰り道はどうしても学校の側を通ることになる…回り道したら避けられるけど、そのために1キロ余分に歩くのはアホくさい。


 四角い白い箱。アーキテクトが秩序を持たようと設計し、組み立てられた建物にぐちゃぐちゃはない…と一瞬は思う。大きな間違いなんだけどさ。

 そう。そのなかには人の群れがぐちゃぐちゃしていて。

 そこには感情や意図や欲望なんかがぐちゃぐちゃしている。コンパクト化された社会だもの。仕方ないよ。

 そこで明確かつ有効な生存戦略せいぞんせんりゃくを打ち出せなかった私は淘汰とうたされた…それが現状に至るプロセスであり。

 

 ああ。自己分析は出来るのさ。だけど、他我たがを分析するのが苦手…と。いうよりのだ。

 たび重なる転校。1、2年での友達の総シャッフル。こんな浅い付き合いで人を見る目が養われるだろうか?私に関して言えばノーだ。そこまで賢くはなく。


 


 そこに私の存在の虚しさの理由の一端いったんはある。

 友達なんて居なくて良いって?それは貴方あなた強がりってもんでしょう?

 

 今の私のように。

 

 ああ。だから。ここの側は通りたくない。

 私の思考と感情がぐちゃぐちゃになるから。

 

                 ◆


 何とか家に帰り着き。

 昼ご飯を要求するジャンに餌をあげ、軽く遊んでやった後。

 私はソファに寝転がり。

「このままじゃ寝るな」と独り言。

「ふなな」とジャンが応えてくれ。

「晩ごはん鍋だから別に寝てても良いよなあ」

「にゃうん」

「…」 


 こうして。

 私は微睡まどろみというぐちゃぐちゃに放り込まれる。

 覚醒と睡眠の間。レムとノンレムの隙間。

 そこは論理がぐちゃぐちゃにほどけており。


濡羽ぬれは…?」と顔がぐちゃぐちゃ。体も曖昧あいまいな『』に話かけられ。

「…何処のだれだっけ?」と私は言う。。というより、こんだけ曖昧あいまいだと正体が掴めないというものだ。

「…酷いなあ。神戸の」と『』が言い出せば。ぐちゃぐちゃだった像がむすびだす。

「…神戸、小学6年の時か」と私は動かないぐちゃぐちゃ頭を回転させはじめ。

「…だよ」と『』になりつつある『』は言う。

「私さ…人の事、あんまり覚えてないんだよ」と私は自己の創造物であろう何かに懺悔ざんげをし。

「ま。そうだろうさ。責めはしない。同じ立場なら―私だってそうなるだろうさ」体は出来たがの彼女は言い。

「…私の脳内人物なだけあって理解してくれる」と私はシニカルに分析し。

「…心からそう思うんだけど」

「そいつはどうも…親切ついでに教えてよ?名前のヒント位」

「色。貴女あなたの名前と対になる」

「私の名前は黒から。カラスの色ってあれから。つまり」色材しきざいの飽和たる私の対極にあるもの。光の三原色の飽和の行き着く先。

「…白色」

「もう少しひねって見て」

「私色彩しきさい感覚ないし、色名も詳しくないんだけどな」

「…ちょっと難しいか」

「もう一声」どうせ脳内人物なんだから厚かましくしても構うまい。

の花」


「ああ。変な名前だったから―覚えてる!!『卯木うつぎ』」


「やあ。濡羽が寂しがり、困惑してるだろうから来たよ」と像を結び終えた卯木は言う。ショートカットでメガネをかけた、何処かクールな雰囲気のある女の子。それが卯木。

「…無意識に。呼んでしまったか。記憶から」彼女とは短い間ではあったが本を貸し借りしたりしたっけな。

「薄情なリアクションだ」と彼女は責めるように言い。

「私…あれから転校挟んで引きこもりだよ…覚えてないって」びるように言い訳をし。

「でも。かすかに貴女あなたの中に存在し続け。

「…私には友人は居なかったはずなんだけど」

「それは貴女あなたの定義において。友達だと思っていたさ」

「…でも時の彫琢ちょうたくには勝てない。『向こう』の世界の貴女は覚えてなど…」

「期待されてないねえ…」

…私はしないようにしているの」

わびしい人生だ」


「いまや独りぼっちの世界に閉じこもった私に何を期待しろってのよ!!」つい語気を強め私は問うて。

「そうやって。勝手に世界に絶望するな!!」力強いこたえが返ってくる。

「…どうしたらいいのよ?」う。答えを。

「…。心を。そうやって

「どうやったらいいのよ?」

「それはね―」


                 ◆


 合成された電話のベルの音が、ぐちゃぐちゃした眠りに居た私を現実に引き上げる。

 携帯だ。

 誰の番号も入ってないはずの、家族だけが知るはずのその番号に電話はかかってきて。

 ディスプレイの表示は当然とうぜん数字の羅列られつ

 こたえるべきか?

 

「…もしもし」と緊張した声で問いかけて。

斎藤さいとう卯木うつぎと言います…お久しぶりですね烏山からすやま濡羽ぬれはさん」とりんとした声が言えば。

「…お久しぶり。どうして…電話を?」

「酷いなあ。携帯買ったからって『』番号教えてくれたじゃない」そういや。小学校を卒業した時に買って貰ってた。家を空けがちな両親の気遣いだったと思うのだが。

「で。卯木は携帯持ってなかった」

「厳しい家でね。高校入ってやっと買ってもらえたの」

「…それで連絡を?」私は疑り深い。

「今まで連絡しなかったのはゴメン……んだけどね?」とふくみをもたせる彼女。

 ならばこう問うしかあるまいて―

?」と。彼女の夢と私の夢が一緒である保証なんてないけどさ。

「…よく分かったね」と電話口からでも伝わる驚き。

「さっきまで同じ夢を見てたんじゃないかな?」と言ってみて。

「…かなあ?小学生の濡羽に説教してる夢なんだけど」

異床同夢いしょうどうむ…とでも形容しようかな。こんな偶然ってあるのかな?」

」と彼女はほがらかに言い。

「…そっか」私は否定するのもおもむきがない、と思って、とりあえずの台詞を置き。


「今度―会わない?」卯木はそう言った。



                 ◆ 


 暖色だんしょくが支配する、古風なカフェで私と卯木うつぎは落ち合って。

 数年振りだというのに話に花を咲かせる。

 こういうとき女の子は便利だ。話が止まらないのが私達ティーンの特権で。

 ぐちゃぐちゃと、よもやま話を積み重ね。

「…学校さ」と卯木が言えば。

「…いかないよ?」と私がこたえる。そこは譲れない点であり。

「大学…一緒のところ行こうよ。私この近所が志望校でさ」ああ。あのクラシックな女子大かな?

「私…高校中退してから勉強してない」

「…そこは頑張ってみてよ」とクールに卯木は言い。

「そうだなあ…」何時までもあの四畳半の城に居るわけにはいかなくて。

「その時の―アテンドは私に任せて」なんて言う彼女が頼もしい。

「しゃあない…でもまず」



                 ◆

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【KAC20233】―②『猫少女と異床同夢(いしょうどうむ)』 小田舵木 @odakajiki

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