例えば、それを多面性と呼ぶのならば

白夏緑自

蝉が鳴き始める、30分前

「タバコ、やめないんですか?」

「……今のところは」

 シャワーを浴びて、朝の風をドライヤー代わりにしながらベランダで咥えていると佳穂も眠たげな眼を擦って出てきた。サイズの合わない俺のTシャツを着ているだけで、太ももから下は剥き出している。


「蚊に刺されるぞ」

「見られる心配はしてくれないの~?」

「じゃあもうホットパンツなんて履くなよ?」

 それに、2階のベランダから眺めるのは鼠色の墓石が立ち並ぶ墓場だ。まだ、朝の6時。見てくるとしたら幽霊ぐらいなもんだ。

 佳穂は「むぅ」とむくれたフリをして、柵に置いた俺のタバコに火をつける。


「俺にやめろと言っといて自分も吸うなよ」

「いいじゃない。私も好きなんだから」

 短い吐息と一緒に煙を吐き出す。さっきまで楽しげだった目つきも、現実を直視できなくなった大人の目つきに変わっている。


「今日はどうする?」

「溜まった仕事があるの。それを片づけないと」

 俺は会社員。佳穂はフリーのデザイナー。土日休みが基本の俺に比べて、彼女にはその概念がない。

 だから、俺が休みの日はお互いのどちらかの家に入り浸って気が向いたら貪り合う日々。外出が好きではないので俺はけっこう満足している。


「なら、飯は俺が作るよ。何がいい?」

「出汁巻き! 白いご飯がいい!」

「わかった。朝ごはんは白米派だもんな」

 頭を撫でてやると、「うへへ」と顔を綻ばせて、猫みたいにすり寄ってくる。左手に挟んだタバコが危なくて、灰皿に押し付ける。


「ほら、離れないと朝飯作れないから」

 俺の胸にくせ毛の頭を押し付ける佳穂の肩に手を乗せて、引き離す。


「ごめんなさいっ、私、また調子に乗って……」

 彼女の顔から陽光が消えて、陰が濃くなる。俯いて、前髪で目が隠れる。


「いいって。気にしないで。朝ごはんはスクランブルエッグでいいよね」

「うん。君が好きなものが、私も好き」

 返事を聞きながら肩を抱いて、一緒に部屋へ戻る。

 佳穂を座らせて、俺はキッチンへ。

 食パンをトーストしている間に、溶き卵をフライパンの上でかき混ぜる。

 どれがどれかなんてどうでもいい。元が2つ3つの玉子だろうと、バターと絡み合って、ぐちゃぐちゃと溶け合い、出来上がった1つの塊が、俺は好きなのだ。

 さあ、出来上がった朝食を目の前にして、彼女はどんな表情でなんて言ってくれるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

例えば、それを多面性と呼ぶのならば 白夏緑自 @kinpatu-osi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ