完璧主義者の完全詠唱魔法

七四六明

完璧主義者の完全詠唱魔法

 魔法。

 それは人が神より体現を許された奇跡。

 人が習得する事を許され、使う事を許され、使い方を任された不思議。

 そんな奇跡であり不思議である魔法を使う者、魔法使いになるための学園に、今年も世界各地から若人が集う。

 青年――ユース・ライヘンバッハもまた、その一人。

「来た……来てしまった。遂に、遂に……俺が、来たぁぁぁ!」

 周囲の目など気にも留めず、学園へと繋がる橋の前で声を上げて喜ぶ男。

 同年代の他の青少年と比べると一回り近く高い背丈。藍色の中に橙色が混じった異色の髪。容姿も顔も端麗で、整ってはいたのだが、彼の取る言動一つ一つが周囲の人を遠ざける。

 何というか、触れてはならぬ雰囲気を感じてならなかった。

 が、そんな男にさえちょっかいを掛ける勇者――基、命知らずもいるもので。

「おい退け! この下民が! この俺の道行きに立ち尽くすでないわ! 轢かれて死にたいのか?!」

 丸々肥えた青年が、馬車の窓から怒鳴り散らす。

 ユースの立つ橋の中央を避けて右か左を走ればいいものを、わざわざ中央を通りたい当たり、自分の権力を翳して威張り散らしたい類の人間か。

「おめぇこそ、わざわざこの俺の第一歩を邪魔するからには、相当の魔法を使うんだろうなぁ」

「何?!」

 扉を蹴り開け、太い体を引っ掛けながら引っ張り出して降りて来る。

 でっぷりと太った巨大な体躯は、さぞ多くの人々を見下して来たのだろうが、ふんぞり返りながら来た男はそのままユースの顔を仰ぎ見た。

 青年はおよそ一八〇センチはあったろうが、ユースは更に二〇センチは大きかったのである。

 人生で初めて見下ろされたのか、悔しそうな顔で鼻息を鳴らす。

「俺を誰だと思ってやがる! ズゥガタカ王国の貴族、ラッチャ・モナンムダカ様だぞ!」

「モナンムダカ? あぁ、あぁあぁ。あれかぁ。裏口入学した疑惑の奴だろ? 俺みたいな下民でも知ってるぞ? 噂になってたなぁ」

「ん、だと……貴様ぁぁぁ……」

 懐から杖を取り出す。

 杖の先端に赤い光を灯し、周囲から大気と熱を集束させ、拳サイズの火球を作り出した。

「どうだ! 俺は無詠唱で“火球弾ファイアボール”を発現出来る! これでも俺が裏口入学したって言うのか?! あ?!」

「無詠唱、ねぇ……たかだか最下級火属性魔法を出した程度で、何を粋がっているのやら……そもそも――」

「はい! そこまで! 二人共、ここを何処だと思っているの!?」

 二人の間に割り込む小さな手。

 二人が大柄だからより小さく細く見える腕はラッチャの魔法を停止させ、二人の間を裂いて自分の小さな体を入れたのは、一六〇センチあるかないかというくらいの小さな青年だった。

 一つに束ねた青い髪の下ろした背中に帯剣した彼女の後ろには、正義感の強そうな青髪の青年とは対照的に、消極的そうな印象を抱かせる白髪の青年がこの状況の行く末を不安そうに見つめている。

「こんな道の真ん中で喧嘩しない! モナンムダカ侯爵のご子息ね! 道の真ん中を通りたいだけのために魔法を行使するなんて何事なの!?」

「っ、おまえら……クソっ、覚えてろ!?」

 でっぷりと太った体の割にそそくさと馬車に乗り込み、ラッチャを乗せた馬車は他の生徒らを退ける勢いで、学園へと走って行ってしまった。

 侯爵の息子が悔しそうな顔をしながらも、何も言わずに行ってしまうのだから、きっと相当な魔法使いの子か、貴族の中でも高い階級の子なのだろう。

 青い髪の正義感の強そうな方は大きく吐息して、やれやれと肩を竦めてみせる。

「不運だったわね。裏口入学の噂を知っているなら、他の黒い噂も知っているでしょうに」

「何、その時は返り討ちにするだけさ」

「随分な自信ね。まぁいいわ。モナンムダカの事は知っていたんだもの。私達の事、まさか知らないとは言わないわよね」

「隣国ヴィスターヌの第二王女アスナ・ヴィスターヌと、第三王女クリスタ・ヴィスターヌ、だろ? 魔剣使いのお姫様の事は、下民の俺でも知ってるよ。ただ……双子の妹、第三王女クリスタ姫が、こんな可愛い人だとは知らなかった」

 片膝を突き、どこからともなく手袋を出す。

 第三王女クリスタの左手を取り、手袋をさせてから手の甲に口付けを落としたユースは、困惑する第三王女を見上げて微笑んだ。

「俺はユース・ライヘンバッハ。以後お見知りおきを、美しきお姫様」

「……よろしく」

「あの、私は?」

「もちろん。仲良くしようぜ、第二王女。さっきは庇ってくれて、あんがとな」

「はぁ……どういたしまして」

 入学式は恙なく終わり、クラス分けが行なわれた。

 一学級三クラス制で、入学試験で成績の良い順にクラス分けされる。ユースはヴィスターヌのお姫様達と同じ、最高学級の一組に配属されたのだが、そこでトラブルは起きた。

「お、おまえ! どんな不正をした! 何でおまえが一組で、俺様が三組なんだ!」

 昼の食事休憩。

 王女らと食堂に向かっていたユースを指差し、ラッチャが他の貴族連中を引き連れて因縁を付けて来たのである。

「誰かぁ、不正したかって言われてるぞぉ」

「後ろ向くな! おまえだよ、おまえ! やたらデカいおまえだ!」

「何でも何も。つまりはだろ? 俺が上でおまえが下。それだけの事じゃあねぇか。そう騒ぐなよ。侯爵の面子が泣くぜ?」

「てっめぇぇぇ……」

「ってか。俺はダメで他は良いのかよ。アスナ王女とクリスタ姫は良いのか? 権力の高さと魔法の才能は別物だろ? なぁ、二人共」

 側に居たとはいえ急に話の中に入れられた二人は一瞬困惑する。が、そこは先も仲裁に入ったアスナ。すぐさま対応してみせた。

「そうね。何で彼はダメで私達は良いのかしら。そもそも、まだ私達は彼の実力を知らないのだから、劣っているかどうかもわからない。クラスは成績次第でいくらでも変わるのだから、あなたの実力が上だと証明されれば、直に上がれるわよ」

「だ、そうだぜ? まぁいつか同じクラスになるかもしれないんだ。仲良くやろうぜ、くん」

「な、な、な……!」

 せっかく治まりそうだったのに。アスナは溜息を漏らす。

 顔どころか全身を真っ赤にして、湯だったタコのようになって怒るラッチャは手袋を取り、投げ付けた。何故かクリスタの方へと飛んで行った手袋を、ユースは彼女の眼前でキャッチする。

「ノーコンだな。これじゃあ“火球弾ファイアボール”がまともに当たるかも心配だぜ」

「決闘だぁ! 決闘しやがれこの木偶の棒!!! このラッチャ・モナンムダカ様が、てめぇを丸焦げにしてやるよぉ!」

「上等だ。俺もおまえには言いたい事がたくさんあったんだ」

 またその場で片膝を突き、クリスタの手を取る。

 額にくっ付けるギリギリ手前で頭を止め、微笑を湛えて見上げてみせる。見返す少女の顔は、朝から変わらず何色にも染まらない。

「決闘申し込まれたんで、ヤって来る。俺の実力、ちゃんと見ててくれよ。お姫様」

「……うん。見てるね」

「よし! じゃあヤろうか! 裏口入学の真相、いっその事ハッキリさせようぜ」

「上等だよ、コラ……!」

 学園内、学生専用闘技場。

 噂を聞き付けた生徒達がワラワラと集まって、観客席の大半が埋まる。

 今年入った新入生に限らず、二年、三年の生徒達まで集まり、中には氷の女帝や炎獣。魔と聖の双剣使いなど。学生ながら二つ名を持つ猛者までもが集まっていた。

 ラッチャには残念な事だが、彼らの目的は彼ではない。入学するまで全くの無名ながら、一組に入学出来たユース・ライヘンバッハという男に、皆興味を示していた。

「よぉ、逃げずに来たなぁ」

「遅れて来たと思ったら、戦争でもする気か? 俺を相手にするのが、随分怖いみたいだな」

「抜かせ! この鎧は対魔の鎧! 我がモナンムダカ家に代々伝わる秘宝! そしてこの杖は、世界に千本しかない、モナンムダカ家が――何笑ってんだてめぇ」

「いや……おま、それ……鎧キツいだろ。お腹、全然入ってねぇもんな!」

 決闘の前だと言うのに、腹を抱えて笑う。

 ラッチャの鎧が窮屈そうに見えていたのは周囲の大半がそうだったが、直接言われると余計にそう見えてしまって、つい堪え切れずに噴き出してしまう者も何人かいた。

 ユースには腹を抱えて笑われ、周囲からもクスクスされたラッチャはまた真っ赤になって憤怒し、自慢の杖に赤い光を集束。開戦の合図も無しに、魔法を発現した。

「死ね! “火炎散弾ファイアバレット”!」

「また、無詠唱か」

 百近い火球の散弾。習得難易度は中の下と言ったところ。

 にしても――

「っぱり汚いなぁ」

 散弾の軌道を見切っているのか。

 そう思わせるくらいに正確に、飛んで来る火球を躱す、躱す、躱す。

 詠唱を省いて何発も連射するが何発打とうとも何度しようとも当たらない。一発たりとも当たらない。

 が、逃げてばかりでは勝負にならない。それはユースも知っている。だから散弾を躱しながら、タイミングを計っていた。

 それが、今――!

「“指定域結界エリア・キャンセル”!」

「おまえも詠唱無視か! だがそんな低級魔法で、いつまで持つかなぁ!」

「そう焦るなって。俺の真骨頂は、ここからさ」

 杖なんて必要ない。魔力を集束させる杖は、生まれ持った己の指一本。

「『蝋で繋いだ偽の翼。焼いて溶かして地に落とせ』――“火球弾ファイアボール”!」

 ラッチャのそれとは大きさが違う。

 数十もの火球がぶつかってもまったく力を落とさない劫火球が、ラッチャに炸裂。魔法に対して圧倒的耐久力を誇る対魔の鎧が、一撃で砕け散った。

 下の服も焼け焦げ、ラッチャのだらしない肉が曝け出される。

 だが誰も笑わない。笑っていられる余裕などなかった。炎系統最下級の魔法が、対魔の鎧を一撃で砕いた。その事実にただ、驚かされるばかり。

「どした? もうギブアップか?」

「おまえ……一体何をした。魔力増幅の術でも使ってるのか」

「はぁ。何かと思えば、んな事か」

 ビシっ、とユースは指を差す。

 先の魔法がその指から出された事もあって、ラッチャは思わず数歩退いて身構えた。

「おまえの魔法は汚過ぎる! ハッキリ言って、だ! 俺は魔法を構築する魔力の流れ、構造式を認識出来る。おまえの魔法は、おまえの魔力を無理矢理形にして放出しているような物。そんなんじゃ、本来の半分の力も出せてない!」

「魔力の流れが、見える……?」

 周囲がザワつく。

 だが、今の説明ではまだ不足だ。

 まだユースの魔法が対魔の鎧を壊せるだけの威力を出せる理由が、語られていない。

「いいか! 魔法とは調和だ! ある聖典には、魔法とは此の世を作った神様が人間達に実現を許した奇跡であり、詠唱は神に対する祈りであるとある! しかし、魔法の詠唱には時間が掛かる。これを欠点とした魔法使いによって、無詠唱魔法が発展していった。そしていつしか、無詠唱魔法の方が時短。詠唱魔法は何かダサい。そもそも詠唱の意味ある? と軽視され続け、無詠唱魔法使える、イコール強いなんて式が出来上がった訳だが。俺からしてみれば、そんな奴は論! 外! そもそも魔法の基礎も習得してない癖して、最初から無詠唱なんて高等技術に手を出すから、中途半端に終わるんだ!」

 まるで、先生の授業みたいだ。

 そんな風に感じた生徒も、少なくなかった。

 ユース・ライヘンバッハ。彼の見る世界は、他の魔法使いと違うのかもしれない。その世界に興味を示さぬ者が、果たしていようか。

「完璧な魔力構築と魔法式。完璧な詠唱と理解があってこそ、完璧な調和が取れると言うもの! ならば!」

 ラッチャの額に刻印が刻まれる。

 するとラッチャは黙り、徐々に顔色を青くして、ヘタリと座り込んでしまった。

「おまえに俺の見ている景色を見せてやる。見るがいい。完璧な調和が齎す、完璧な魔法を!」

 魔法使いは、自他共に現存魔力を第六感で感知するものだが、ラッチャは額に刻まれた刻印によって、視覚、聴覚、嗅覚、触覚で魔力を感じられるようになっていた。

 するとどうだ。

 眼前で燃えるのは巨大な太陽。自分はせいぜい路地の外灯。

 圧倒的魔力の差はもちろんだが、巨大な太陽を構築する魔力は複雑怪奇な術式で編まれており、一つ解いてしまえば、そのまま勝手に自壊しそうな不安定さを持ちながら、見事に調和している。

「『東の果てから西の果てまで焼き尽くせ。太古の煉獄より天に伸び、月輪の海まで踏破せよ』」

 ユースの魔力が変化していく。

 太陽の表層を走る紅炎が紐解け、再構築。詠唱に従った魔法へと変貌を遂げていく様を見せ付けられていくラッチャの五感は厖大な情報量を処理し切れずにバグり、五感を頼りに情報を受け取っていた脳の中がぐちゃぐちゃに崩壊していくのを感じていた。

「『祖は神秘の巫女にして始祖。始まりの海を司る者よ、そのおもてを上げて日の下に晒し給う』……」

 ラッチャはもう、ピクリとも動かない。

 死んではないが、もう意識は九割九分ないだろう。故に、終わらせる。

「“終焉に吐瀉されし紅炎バッドエンド・ラスト”」

「神代に綴られた聖典魔法?!」

 使える者は片手で数えられるくらいと言われる古き魔法。

 詠唱の解読さえ十数年掛かるとされ、使い手は口外する事を禁じられると言う。まず一学生が使えるはずがない代物だ。

 そんなものをまともに喰らえば、まず生きて耐えられない。

「クリスタ?!」

 クリスタが一人飛び出す。

 二人の間に割って入り、大きく両腕を広げた彼女を見たユースは、一笑。魔法は遥か空へと放たれ、青空の中で光る花火として盛大に打ち上げられたのだった。

「わかったよ。優しいな、お姫様」

「……だった」

「うん?」

「綺麗、だった」

「姫様。もしかして……見えたのか?」

 コクコクと頷くクリスタに、ユースはまた笑わされた。

 まさか今までの事を本気で捉えた訳ではあるまい。そう思うのだが、純粋に、真っ直ぐに自分を見つめて来る少女の目がキラキラと輝いていて、自分に対する興味関心を始めて持って貰えたのが嬉しくて、何とも言えなかった。

 今の今まで流れる様に出来ていた口説く言動が、上手く出来ない。何というか、頭の中がグチャグチャだ。

「じゃ、じゃあこの後お茶でも――」

「調子に乗らないの」

 アスナに鞘に収まったままの魔剣で叩かれそうになったが、ギリギリで避ける。

 普段なら気付ける距離にまで近付かれて、ちょっと焦った。

 ユースって攻めるのは得意だけど、受けるのは苦手だよね。昔幼い頃に近所の女の子に言われた言葉が、ぐちゃぐちゃしていた脳の裏を過ぎる。

「言っとくけど、あんたみたいな軽い男。妹の男には認めないから」

「え、可能性ゼロ?」

「まぁ、一応はって事にしてあげる。その代わり、あんたの魔法について色々教えなさいよ。私達も教えてあげるから」

「教える」

「……仕方ない、か。ではここは俺が、完璧なティータイムを用意しよう。二人共、紅茶は好きかな? あ、それとも珈琲派?」

 ヴィスターヌの双子が認めた男。

 だが、それはまだ序章に過ぎない。

 戦いを見ていた人々を震撼させた男は、今まで不動だった二つ名持ちの学生らをも動かしていく。一時の平穏と安寧を模した静寂に在った学園が、混沌の坩堝へと化していく。その始まりに過ぎない。

 故に物語はまだ始まっていない。

 これは彼、ユース・ライヘンバッハが学園に調和と平和を齎す物語。様々な強敵達と戦い、混沌と化した学園に安寧を齎す物語となるのだが、それはまた、機会があれば。

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