KAC20235  「筋肉」

小烏 つむぎ

KAC20235 嘉市爺さんのチョキン

 3月10日。

よわい95の爺さんが。折しもこの日は爺さんの誕生日だったので、なったばかりのまだピチピチの95才だが、そのオン年95なったばかりの爺さんが、この日骨折で入院していた病院から退院した。


 家族は爺さんも年が年なので、この入院が最期になるのではないか、もし治っても入院している間についに認知症が出るのではないか、もしかすると以後車椅子生活になるのではないかと心配していたが、爺さんは何事もなく無事にピンピンして家に戻ってきた。


 家族は、爺さんの退院祝いと珍寿祝いと一緒に出来て助かるわと喜んだ。

何しろ息子も息子の嫁もすでに70才を越え年金暮らし。一番若い孫だってギリギリ40代。ひ孫もいるし、やしゃ孫までいる。祝いが二回、全員分の膳となると……、想像してほしい。


 さて、この爺さん。名前を嘉市かいちと言うのだが、この嘉市かいち爺さん。本人も言っているが、小学校しか行ってないので学はないが、丈夫なのが取り柄。その言葉通り、今まで一度も大きい病気をしたことがない。

本人曰く、

「「やまくじら」喰っとるけんじゃ。」

とのこと。しかし家族は、雪の日以外毎日軽トラで山の畑に通って仕事をしているのがいいのだろうと話しをしていた。


 山の畑で何を作っているかというと、まぁ昔からの野菜だが、標高の高いところで作っているのでふもとの農家の盛りを過ぎた頃に収穫となる。それがいいのか、昔ながらの野菜がいいのか、これがけっこうな需要があった。存外稼ぎもあるようで、爺さんの代わりに税務署で確定申告をした息子が

「ワシより税金払っとらっしゃる。」

と驚いていたと、税務署のオジサンが言っていた。 

(まぁ、田舎の個人情報なんてこんなものである)


 この嘉市かいち爺さんの口癖が

「チョキンじゃ。

チョキンはしておかんといけん。」

「お前、ちゃんとチョキンしとるか?」

だったので、皆は嘉市かいち爺さんけっこう小金を貯めているんだろうと思っていた。確かに入院中の費用は全部、嘉市かいち爺さんの口座から支払われた。


 さてこの嘉市かいち爺さん、骨と皮で出来ているような外見だが、予想に反して30才ほど若い体だったと退院のとき主治医から聞いてきた孫息子は「爺さんの体、オヤジより若いらしい。」 と言って、父親の心に激震を走らせた。実はこの父、せんだっての健康診断でアレコレあって体内年齢88才と言われたのだ。


 嘉市かいち爺さんが退院して二週間後、親族一同が会して祝いの席が設けられた。一通り酒もまわり皆からから一言を求められた嘉市かいち爺さんは、よっこらしょと立ち上がって皆を見渡して言った。


 「皆はチョキンしておるか?」


 皆はまたいつもの「チョキン話し」かとシラケた顔をするが、嘉市かいち爺さんは気にしない。


 「もしもの時、先ず分解されて使われるのは筋肉からじゃ。

もしもの時に備えて脂肪を貯めていると自慢気に言うものもおるがの、脂肪が使われるのは筋肉が失くなってからじゃ。

先ずは貯筋チョキン

なにはなくとも貯筋肉チョキンニクからじゃ!

このワシを見よ。

入院したくらいなんともなかったぞい。

此れをワシよりの言葉と思うて心に刻んでほしい。

いいか!

貯筋チョキンじゃぞ!」


 この話しを祝いの席に仕出ししていた料理屋のオヤジから聞いた村人は、なるほどと納得したとか、しなかったとか。ともかく村の主宰する「シニア生き生き体操」の参加者は、確実に増えたということであった。


*********************************


珍寿

賀寿の一つで、95歳のこと、またその祝い。

「珍」の左側の偏部(王)を「1」「10」「1」に分解し、

右側の旁部を「83」として足すと95となるため。


体内年齢

体組成と基礎代謝量の年齢傾向から、どの年齢に近いかを表す。

厚生労働省策定「日本人の食事摂取基準」の「基礎代謝基準値(体重あたりの基礎代謝量)」に基づく。


貯筋

太腿の筋肉は2日寝込むと1年分、2週間寝込むと7年分歳を取ったと同じくらい減少する。

それを防ぐために普段から軽い運動を継続して筋肉を蓄えておこうという考えかた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC20235  「筋肉」 小烏 つむぎ @9875hh564

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ