永遠のフィリアンシェヌ 短編

サファイア

とある女性の過去



 この世界は3体の龍が支配している。


 地龍、海龍、空龍。


 そして、龍達は力を認めた者に力を与えて種族を「龍族」とし、その者達が世界の管理をしている。

 その世界は不自由のない平和な世界。

 龍達が与える恩恵を龍族達が管理し、運営する。


 これは、龍族が管理する「領軍」に所属していたある女性の過去の物語。


 人種は4種類に分かれている。

 中でも魔力が低く身体能力が劣るとされているのが「原人」と呼ばれる人種。

 原人の強みは想像力。

 あらゆるものを想像し作り出す、文明を発展させる力。

 ……だが稀に、魔力も身体能力も高い者が生まれる。

 そういった者は自身を制御できずに自滅する。

 原人の高い想像力と、魔力、身体能力が合わさり自分や周囲に害を及ぼすからだ。

 

「魔術は己の魔力に想像が追いついた時に発現する」


 魔力が高く、制御の術を知らない子供にそれを止める手段はない。

 原人の子供による自由な発想に高い魔力……それらが合わさり暴走する。

 そして、その場合の多くは迫害され破滅の道を歩む……。


「だれかーーーーたす、け、て……。」


 女の子が川に流され溺れていた。

 一緒に遊んでいた子供達は慌てて混乱している。


「たすけないと!」

「どうやって!」

「しるか! 助けないと!」

「大人たちを呼ぼう!」

「誰か呼んで来いよ!」

「……。」


 わたしは呆然と立ち尽くしていた。

 頭が真っ白だった。

 流されてるのは友達のあっちゃん。

 いつも仲良く遊んでくれる大事な友達。

 怖い。

 あっちゃんが死んじゃう。

 流されてるあっちゃんを見てると恐怖がどんどん出てくる。

 怖い。

 川の流れが。

 ……止まっちゃえばいいのに。

 川の流れが止まればあっちゃんを助けられる。

 全部……凍っちゃえ……。


「……凍って。」


 その瞬間、世界が凍り付いた。

 川も、風も、木も、人も……。


「……あっちゃんを、助けなきゃ……。」


 凍った川を渡り、あっちゃんの元まで行く。


「……あっちゃん、大丈夫?」

「……。」


 あっちゃんの周りの氷、邪魔……。消えて。

 氷が消えたので、あっちゃんを川から引き上げる。

 よかった、助けられた。


「……あっちゃん、大丈夫? 無事でよかった」

「おい! 何事だこれは!」


 大人たちが沢山やってきた。

 呼びに行った子供も一緒だ。


「これは何事だと聞いてるんだ!」

 

 何事? あっちゃんが溺れたから助けただけだよ……。


「おーーい! こっちの子供たち、意識がないぞ!」

「はぁ!? 怪我は!」

「ない! だが冷え切ってる! すぐに温めないと!」


 冷え切ってる? なんで? 今は夏だよ?


「おい、お前! なにがあったか説明しろ!」

「なにが? あっちゃんが溺れたから助けただけ……」

「その子か! チッ、この子も冷え切ってる! 誰かこの子も温めてくれ!」


 あっちゃんが冷え切ってる?

 温めてあげなきゃ……。


「……温まって」


 その瞬間、世界が温まった。

 明らかに夏を超える気温。猛暑を超える熱波。


「なんだこりゃあ! 魔術か!?」

「あっちいぃー! なんだよこりゃ!」

「おい、ガキ! 魔術をやめろ!」


 魔術? なにそれ? わたしはそんなの使ってない。


「おい! やめろって言ってるだろ!」


 バシン!!


「キャッ!」


 頬を叩かれた。なんで?

 痛い、酷い。

 この人たちは、危険な人達だ。

 ……あっちゃんを守らなきゃ……。 


「……離れて」


 大人たちが突風に吹き飛ばされた。

 ……よかった、あっちゃんを守れた。


「……あっちゃん、もう大丈夫だよ」

「ヒッ! た、助けて! 何もしないでぇー!」

「え?」


 この後、駆け付けた衛兵さんに連れていかれて色々質問を受けた。

 呼び出しを受けた両親はひたすら謝り、家に帰ったら叩かれて怒られた。


(なんで? あっちゃんを助けたかった、守りたかっただけなのに……)


 次の日からわたしの生活は変わった。

 周りから人がいなくなったのだ。

 いつも売り物のリンゴをくれた露店のおじさんも、お菓子をくれてたおばあちゃんも……。

 みんながわたしを遠巻きに見てる。

 無視されるだけならよかった。

 

「おい化け物! 近寄るな!」

「あっちゃんに近寄ったら許さないからな!」

「学校に来るな! 死ね!」


 学校では無視されるのが普通で、いじわるや陰口が日常になった。

 なんで? なんで? なんで? ……。 ……。


「もうやだ……。死にたい……」


 ただ助けたかった、守りたかっただけなのに。

 なんでみんなはわたしを責めるの? わたしが悪いの?


 わたしは学校に行かなくなった。

 行っても意味がないから。

 誰もわたしを必要としてない。

 このまま消えてしまいたい……。


「レクシール、ご飯は扉の前に置いておくからね。ちゃんと……」


 うるさい。

 お母さんの声が鬱陶しい。

 世界から音が消えればいいのに。


「……音、消えて」


 静かになった。 

 お母さんの声も、外の喧噪も聞こえない。

 これでいい。消えればいい……。


 あれからどれくらいこうしていただろう。

 わたしはずっとベットの上で膝を抱えていた。

 誰もいない、音もしない、何もない……。

 これでいい、このまま消えてなくなればいい……。


「入るぞ」


 ……誰? なんで声が聞こえるの? なんで入って来るの?


「お前がレクシールか。来い、お前は今日から軍人だ」

「ぐん、じん……?」

「そうだ。……思い出せ、その力は人を傷付ける為に使ったのか? 友人を助ける為に使ったんじゃないのか?」


 ……そうだよ、わたしはあっちゃんを助けたかっただけ。

 これが魔術で危険なものなんて知らなかった。

 知ってたら使わなかった……。

 ……使わなかった? 使わずにあっちゃんを見捨てた? いやだ……。


「お前は友人を助けるために力を使った、それが全てだ。それは誇るべきことだ」

「……誇るべきこと?」

「そうだ。自分を誇れ。自信を持て。お前の力は人を救う力だ。領軍ではその力を必要としている。領民を守るために」

「わたしが、領民を守る……。」


 この力で?

 大人から避けられ、友達からいじわるされるこの力で?


「いいか、お前の力はここでは奇異な目で見られるが、領軍にはその力が歓迎される。守る為に力が必要だからだ。力を否定するな、力そのものにはなにも意味はない。意味を与えるのは使う本人だ。お前は、その力にどんな意味を与える?」


 わたしの力の意味……。

 わたしは助けたかった、守りたかった、ただそれだけ……。

 わたしの力はただそれだけのもの……。

 領軍なら、力を正しく使える? わたしを受け入れてくれる?

 

「もう一度言う。今日からお前は軍人だ。その力の意味を示せ。我々はそれを歓迎する」

「……はい」

「よし、すぐに荷物をまとめろ。準備が出来次第出発する」

「あの、両親と学校は……」

「すでに全ての話はついている。両親に話がしたいなら時間を取ってやる。学校の方はどうする? 話したい友人でもいるか?」


 お母さんにお父さん、あっちゃん達……顔は浮かぶけど、もうどうでもいい。

 この力を受け入れてくれる場所の方が大事だ。

 この力を受け入れてくれる場所がわたしの居場所だ。


「……学校も両親もいいです。荷物もいりません。このまま行きます」

「そうか。では行くぞ」

「はい」


 こうしてわたしは10歳で領軍に入った。

 この力の意味はまだはっきり分からないけど、きっと軍で見つかるはずだ。

 とにかく、前を向いて頑張ってみよう。


 10年後、私は特殊遊撃隊に所属していた。

 「特殊遊撃隊」

 領軍の最精鋭100人が所属し、難度の高い作戦や混合部隊の指揮官が任されることが多い部隊。


「レクシール、今日はご苦労だった。おかげで負傷者もなく探索を終えた。感謝する」


 目の前の上司は特殊遊撃隊の隊長で、私が子供の時にスカウトに来た軍人だ。

 その立場の重大さを知った時は凄く驚いた。


「のちほど聖域の報告書を提出してくれ」


 今日は資源採集の指揮官として「聖域」に赴いた。

 「聖域」とは龍から恵みがもたらされる場所。

 様々な希少資源や魔石が採れるが、危険な魔獣である「破壊獣」が多数出現する。

 その為、探索、採集作業には領軍と民兵の精鋭が合同であたる。


「報告書を上げた後はゆっくり休み、明日の任務に備えてくれ」

「了解」


 ロッカールームで鎧を脱ぎ制服に着替える。

 今日も無事に終わってよかった。

 採集の途中、民兵が無茶をして多少危険な場面もあったが、無事に守りきれた。

 私の目標は全員無事に帰還すること。

 私は当たり前の事だと思ってるが、他の隊員が言うには少し過剰らしい。

 でも、過剰なぐらいでいい。

 負傷者が出たら後悔する。後悔するぐらいなら過剰にもなろう。


「ようレクシール! 今日の任務は終わりか?」

「はい。リュートさんもお疲れ様です」


 同じ特殊遊撃隊の先輩だ。

 軽薄なところはあるけど、仲間思いで凄くいい人だ。


「このあと他の部隊の奴と飲み会があるんだが、レクシールも来ないか?」

「飲み会ですか……」

「お前が来てくれれば会場が華やかになるんだ! 頼む、水の戦乙女様!」

「……。」


 水の戦乙女。

 周囲の人達が私の異名としてそう呼んでいる。

 水の女神の様な美貌で神秘的な水系魔術の使い手、それが私らしい。

 もの凄い過大評価だけど、私が知った頃には全軍に広まっていた。


「ごめんなさい、やめておきます。今日の聖域探索の報告書を書かなければならないので」

「今日は聖域探索だったのか。なら仕方ないな。また今度誘うよ」

「はい、その時はぜひ」

「おう、よろしくなー」


 リュートさんと別れて自室に戻ってきた。

 制服の上着を脱ぎ、机に向かう。


「今日の聖域探索、何か違和感があった……今後はもっと注意した方がいいかもしれない」


 今日の聖域探索の報告書を書く。

 破壊獣との交戦履歴、戦闘内容、領軍と民兵の連携、資源の量……

 やっぱりおかしい……。

 破壊獣の強さや連携密度が通常より高い。

 周知して警戒を強めた方がいいかもしれない。

 その時は異変を感じたが、それからは特に何事もなく月日だけが流れた……。


 8年後……。


 今日も私は聖域探索任務の指揮官を任されている。


「これより聖域に入る。周囲500mに気配はないが注意するように」

「「「了解!」」」


 特殊遊撃隊員の指揮官としての役割は安全確保だ。

 全員が進化済みの種族で戦闘力が高い。

 その能力は最強の破壊獣10体を同時に相手できるのが最低ラインだと言われている。

 気配感知能力も高く、私の場合は1kmまでの範囲であれば感知可能だ。

 聖域の任務は兵の訓練も兼ねているので、基本的に500m先までしか伝えてはならない。

 兵の危機意識を保つためには必要な規則だ。

 聖域は非常に危険な場所。それを忘れてはならない。


「周囲200mで採集開始。1時間後に集合」

「「「了解」」」


 なんだろう、違和感がある……。

 これはあの時と同じ感覚だ。

 考えろ、なにがおかしい? 違和感の正体は何?

 聖域の雰囲気はいつもと変わらない。

 1km先には破壊獣が5体いるが、動きはなく距離は十分で安全確保は出来ている。

 破壊獣の個体差はいつもと変わらない。十分対処可能なレベルだ。

 では、この違和感の正体は?

 ……撤退も考えるべき?


「指揮官、集合完了しました」

「お疲れ様です」


 副官が集合完了の報告をしてきた。

 どうする? 撤退する?


「今日は良質の魔石が多いです。エリア2も期待できますね」

「そうですか」


 エリア2。

 今いるのがエリア1で、エリア10まで区分けされている。

 奥に行くほど数字が増え、より良質の素材が採れるが破壊獣も強くなる。


「……これよりエリア2へ入る。周囲500mに気配はないが注意するように」

「「「了解」」」


 大丈夫……。何度感知しても1km先に5体しか気配は感じない。でも……。


「全員傾聴! 破壊獣は1km先に5体だが、嫌な予感がする。警戒は怠らず防御陣形を崩さないように。場合によっては即時撤退も視野に入れる」

「「「……了解」」」


 私が普段とは違う命令を出したのに驚いたのか、全員の返事が一呼吸遅れた。

 気を引き締め直した者もいれば、動揺してる者もいる。

 これでいい。

 いつもと違う、そう思ってくれていれば。


「指揮官、嫌な予感とは何ですか?」


 エリア2への進軍中、副官が質問してくる。


「嫌な予感の正体は私にも分かりません。でもいつもとは違う、妙な違和感を感じるのです」

「……なるほど。水の戦乙女を信じましょう。再度、前衛の部隊に警戒を強めるように進言して……」


ギャアァァーーーー!!!!


「!?」


 これは破壊獣の気配!

 急に現れた!? 

 それに、これは破壊獣と似てるけどもっと強大な気配……。

 先程感知した破壊獣5体はまだ800m先にいる。

 何が起こってるの……。

 急いで現場に到着すると、そこは既に血の海だった。


「……あれは、なに?」


 明らかに通常の破壊獣とは違う、巨大な熊型の破壊獣がいた。

 熊型の破壊獣の腕が振るわれる度、前衛隊の身体がバラバラにされて吹き飛んでいく。


「総員撤退!!」

「指揮官!!」

「私が殿を務めます! あなたに撤退の指揮を任せます!」

「了解!」


 副官に撤退の指揮を任せ、私は熊型の破壊獣に中級の攻撃魔術を叩きこみ、そのまま突っ込む。

 前衛隊がわずかに生き残っている。


「総員撤退です! 私が殿を務めます! 貴方達は直ぐに撤退を! 負傷者の回収も任せます!」

「了解!!」


 こいつはなんなの?

 破壊獣に似てるけど、身体を纏う黒いオーラに赤色が混ざっている。

 ……とにかく、こいつの足止めを優先して撤退の時間稼ぎを……


 ギャアァァーーーー!!!!


「!?」


 後方、撤退した部隊の方から悲鳴が聞こえた。

 これは……破壊獣の気配! しかも10体!?

 また急に現れた!?


「ガアァーーー!!」

「クッ!!」


 目の前の熊型の破壊獣が突っ込んできた。

 強い!!

 ……冷静になれ。観察と状況確認だ。

 普通の破壊獣とは明らかに違う。スピードもパワーも桁違いだ。

 これは……勝てない?

 破壊獣10体と接敵してる部隊も心配だけど、こいつはここに留めないと駄目だ。

 こいつを自由にしたら全滅もありえる。


「グガアァーーー!!」

「これで!」


 無詠唱化した氷の属性剣による10連撃の斬撃を放つ。


 ガガガッ!!


「グルルルル……」


 ……効いてない?

 通常の破壊獣よりも物理、魔術の抵抗が桁違いに高い。

 本当にこいつは一体何なの?

 全身を覆う黒と赤のオーラ……どこかで聞いた覚えが……。


 ピィーーーーーー……


 これは……撤退完了の合図だ。

 よかった、撤退出来て。

 あとは熊型と……


 ガサガサ……。


 狼型破壊獣3体。

 傷は負ってるけど、動きに支障はないように見える。

 撤退した部隊は、遭遇した10体中7体の破壊獣を倒してくれたみたいだ。

 ……狼の身体に返り血が沢山ついている。撤退した部隊にも相当の被害が出たに違いない。


 この後の行動を考える。

 熊型には勝てない、逃げる事も不可能。スピードが違い過ぎる。

 狼型は対処可能。

 狼型を速攻で倒して、熊型に専念する?

 専念してどうする? 時間を稼いでも応援が来るとは限らない。

 撤退した部隊が最速で首都に戻り、応援を呼んだとしても到着まで半日はかかる。

 ……間に合うとは思わない。

 狼型を全て倒して熊型に一矢報いる。……これしかない。


「グルルルル……」


 熊型が前、狼型3体が後ろに陣取る。

 後方の3体の狼型が3方向から向かってくる気配を感じた。

 3体に目を向けつつ熊型からは意識を逸らさない。一番危険なのは熊型だ。

 気配で死角に移動しようとしているのを感じる。

 気配を殆ど感じない動き……本当に強い。


「「「ガウッーー!!!」」」


 3体の狼型の牙と爪が迫る。


「狼は囮……」


 3つの同時斬撃を放ち3匹の狼型を両断する。

 同時に死角から熊型の殺気を感じる。

 斬撃の前から魔力を練り上げて構築していた魔術を唱える。


「アイスウォール!」


 初級氷魔術の一つ。基本的には人1人分の氷壁を築くだけ。

 私はこれに100倍の魔力を込めて半円状に範囲を広げ強度を増して展開する。

 破壊獣程度ならいくら集まろうが絶対に破壊は不可能。

 ギィイン!と氷の壁を引っ掻く様な音が響き、壁に亀裂が走る


「クッ!」


 私が壁から飛び退いた瞬間に氷壁が砕けた。

 バコォン!と轟音と共に壁が砕けて貫通した腕が見え、赤く燃える様な目がこちらを睨んだ。

 ……思い出した。こいつの正体。


「破滅種」


 破壊獣よりも遥かに強力な個体。

 赤と黒のオーラ全身にまとい、燃える様な赤い目。

 様々な獣の特徴を持つとされる。

 ……確か、最後の目撃が1000年前だったはず。

 まさか生き残っている個体がいるなんて……。

 でも、希望は見えた。

 特殊遊撃隊の隊長は龍族だ。

 龍族は破滅種の出現と現在地が分かると聞いたことがある。

 首都までかなりの距離があるが、隊長の移動速度ならすぐに来てくれるはず。

 ……魔力を温存して時間稼ぎに徹する。生き残るにはこれしかない。

 私は次の手を考えて、如何にして時間を稼ぐのか考えた。


「ガァーーー!」


 10分後……破滅種は多少の傷は負ってるものの未だ健在。

 私は既に満身創痍。

 回復薬は尽き、鎧は完全に破壊され、全身傷だらけで剣もヒビが入っている。

 距離は15mほど。お互いに一足飛びの距離。

 魔力の残り……中級が3回分、剣も次の一撃で折れる。……持って数分。

 次はどう動く……ッ、この気配は!

 隊長の気配を近くに感じ、一瞬だけ意識が逸れた。

 その一瞬が致命的だった。

 これまで全く使って来なかった槍の様に尖った尻尾での攻撃が死角から襲って来る。

 尻尾だけを長く伸ばせる様だ。

 ……回避不可。


「グッゥゥゥ!」


 左下腹部から右肩まで貫かれた。致命傷だ。

 激しい痛み。吐血が凄い。

 死ぬ。

 意識が薄れる中、隊長が破滅種を細切れにしてるのが見えた。


(……凄い。ありがとうございます)


 その思いを最後に意識を失った。


****


 気付いたら水の中に居た。魚が沢山見える……ここは海中?

 先ずは現状の確認。


 周りは見える。

 上下感覚は無いけど海の中なのは分かる。

 周囲に敵性生物、無し。

 装備は無し、裸だ。

 呼吸……出来る……。


「なぜ、生きている?」


 私は破滅種に殺されたはず。そして隊長が倒してくれた……

 もしかして、ここが噂に聞く死後の世界? 死後の世界は海中?

 なら、守り切れずに死なせてしまった仲間達もここに居る?

 謝りたい。

 守れなくて、ごめんなさい、と。

 仲間達の姿を探して辺りをよく見ると、目の前の景色が少し歪んでいた。

 見ていると歪みが薄くなって来ており徐々に大きな影が見え始める。

 歪みが消え、影の姿がハッキリとなった。


 「龍……」


 大きい、100メートル以上はある……

 実物を初めて見た。これは海龍?


『気高く、勇敢なる魂を持つ者よ。』


 話しかけて来た……見当違いな事を言っている。私はそんなに立派な者では無い。


『其方は資格を得た。龍族となる資格を。龍族となり力を望むか、気高き魂を持つ者よ』


 龍族って領主様や隊長と同じ?


『そうだ。大切なものを守る為に力を望んだ者達。それが龍族』


 守る為の力……。

 私について来てくれた部隊の人達の顔が浮かぶ。

 その人達の死に様、死の瞬間の表情が頭から離れない。

 私がもっと警戒していれば、私にもっと力があれば……。

 力が欲しい。

 皆を守る力を。

 もう、私の前では誰も死なせたくない……。


「力が欲しい……龍族の、みんなを守る為の力を!」

『気高く勇敢なる魂を持つものよ。力を与えよう、守る為の力を』


 海龍の姿が光の粒になって消えていき、光の粒が私の中に入ってくる。

 触れる度に自分の存在が変わっていくのを感じる。

 光の粒から仲間達の存在が感じられて声や想いが伝わってくる。


[俺たちの為に戦ってくれて感謝する]

[いつも守ってくれて嬉しかったぜ]

[俺たちの分までみんなを守ってくれ!]

[最後に恩返しができそうで良かった。今までありがとう]


 他にも老若男女、様々な者達の感謝の言葉や激励の言葉が聞こえる。


「……皆さん、ありがとうございます。皆さんの想い、確かに託されました」


 光の粒が収まって来た。

 ずっと感謝と激励の声が続いている。

 ……こんなに想われているのに、どうしても言いたい事がある。

 こんな言葉は望んで無いかもしれない。

 でも言わせて下さい。

 あの戦いで亡くなった方々に謝罪を。


「 守れなくて、ごめんなさい 」


 その後も感謝や激励が続き光が収まった。

 私は手を組んで神に祈る様な姿勢になっていた。

 光が完全に収まると海龍の声が聞こえてくる。


『歓迎する、新たな同胞よ。その想いを力にし、守る為に力を行使する事を願う』



****



 目が覚めると宿舎の天井が見えた。

 ここは……宿舎? あれは夢だった?


「起きたか、レクシール」

「隊長……」

「もうレクシールの隊長では無い。呼び捨てにして良い。敬語も必要無いが直ぐには無理か」

「え?」

「先ずは説明させてもらう。先日、レクシールを指揮官として行われた聖域探索任務において破滅種1体、及び破壊獣10体が同時発生。殉職者35名、重症者20名、15名が軽傷を負った」

「破滅種……殉職者35名……」


 その言葉を聞いて当時の状況が思い出される。

 仲間の死、破滅種の強さ……。


「隊長、私は……」

「レクシールは最善を尽くしたと考えている。レクシールが殿を務めたおかげで被害は最小限に抑えられた。今回の破滅種発生状況では全滅してもおかしくなかった」

「破滅種……前回の目撃が1000年前とは講義で習っていましたが……私が普段からもっと警戒していれば……」

「前回の目撃が1000年前と聞けば、誰でも多少は油断をする。実は、前回の発生は1000年前と教えているが、実際には5年ほど前だ。10年の間に数回は出現する。破滅種の発生については、普通は箝口令が引かれて情報は出ない。龍族の間でのみ情報の共有が行われる。通常は出現前に全龍族が発生場所を感知し、発生と同時に対処する。今回は感知をすり抜けて発生した特異例だ。情報も全領地の全軍と共有される」


 特異例……実際には5年前……。

 5年前に情報の共有があれば日頃から対策を打てていたのではと思う。

 殉職した35名が無駄死にに感じてしまい、悔しい思いが溢れ出そうになる。


「箝口令が無ければ日頃から対策を行ない、今回の被害も出無かったのでは?」

「……悔しい気持ちも分かるが龍族にも理由がある。今直ぐに理解して欲しいとは言わない。今の状況では何を言っても言い訳になってしまうからな」

「……」

「説明を続けるぞ。レクシールは破滅種に殺された。覚えてるか?」


 そうだ、私は殺されたはず。

 尻尾で身体を貫かれて……私は生きて……。


「思い出したか。龍に会っただろう」


 そうだ……海龍に会って、龍族の資格があると言われた。


「そこで力を受け取っただろう」


 力……そうだ、守る為の力が欲しいと願った。

 海龍が光の粒になって仲間達の声や想いが伝わって来て……。


「レクシールは力を受け取り生き返った。まずはこれで自分の顔を見てみろ」

「え?」


 私が疑問で返すと手鏡を渡された。

 自分の顔を見る。あれ、目が……。

 爬虫類の様な、猫の様な目だ……どこかで見たことがある。

 隊長を見ると自分と同じ目だ。

 そうか、隊長と同じ目だ。でもこの目は確か……


「それは龍族の証。龍眼だ。歓迎するぞ、新たな同胞よ」

「龍眼………では、あれは夢ではなかったのですね」

「龍に会って力を貰っただろ。レクシールの場合は……海龍か?」

「はい」

「何の為の力かは言うまでも無いな」

「守る為の力……」

「そうだ。龍族は全員、沢山の者達から「想いの力」を受け取り「守る力」にしている」

「はい。皆さんから託されました……沢山の想いを……」

「守られた者達がその想いをレクシールに託し、その想いの力で守り返す。善意のループだ」


 想いを受け取った時の感謝や激励の言葉を思い出す。

 今なら領主様や他の龍族が争わない理由が分かる。

 守りたいのだ。失いたく無いのだ。


「この想いの力が、世界が平和な理由……」

「レクシール、先ずは先達の龍族に会ってくると良い」

「先達の龍族……領主様ですか?」

「違う。新しく同胞となったものは、ある領地で「研修」を受ける事になっている。その研修の教師役が先達の龍族と呼ばれている」

「研修、ですか」

「力の在り方、龍族の事、世界の事……まあ、色々だ。詳しくは研修を受ければ分かる」


 そうだ。私は力を貰っただけで何も知らない。


「分かりました。研修を受けに行きます。……遊撃隊についてはどうなるのでしょうか?」

「レクシールは既に除隊済みだ。今はもう軍人では無いし、この領地の者でも無い。龍族になった者は一度全ての所属から離れる」

「え?」

「言葉通りだ。どこの領地にも、どこの軍にも所属していない。研修を受けた後はレクシールの自由だ。ここに戻るのも、他の領地に移るのも自由だ。まあ、研修を受ければ自ずと道は見えるから安心しろ」

「分かりました。先ずは研修を受けなければ何も始まらないと言う事ですね」

「その通りだ。……同胞よ、今後の活躍に期待する」

「はい」


 この力はみんなを守る為にある。誰も失いたく無い。守ってみせる。


 この日、レクシールは新たな龍族として生まれ変わった。


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