理想の彼女【KAC20233】

松浦どれみ

理想の彼女


 寂れてシャッター街と化した古い商店街。

 ぽつりぽつりとある店のうちのひとつが私の経営する洋食店「キッチンクレタ」だ。


「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです!」

栄子えいこさん、ありがとうございます。また来てください」


 私はにっこりと微笑んでチャームポイントの八重歯を覗かせている、常連客の女子大生、栄子さんに微笑みを返した。


「はい! あ、あの呉田くれたさん、来週の定休日は予定入っていますか?」

「どうしました、栄子さん?」

「その日、私の誕生日なんです! よかったら……会ってくれませんか?」

「それはおめでとうございます。でも私とお祝いでいいんですか? お友達や恋人が……」

「恋人なんていませんっ! 実は内定を貰った会社、こっちに支社がなくて、もうすぐ引っ越すことになるんです。だから……」


 栄子さんは顔をトマトのように真っ赤にして、目には今にも泣きそうなくらいに涙が溜まっている。気になる女性のこういう姿を見て無下にできる人間はなかなかいないだろう。私もそうだ。


「栄子さん、ぜひお祝いさせてください。何かごちそうしますよ、食べたいものはありますか?」

「あ、じゃあ……」



 翌週、栄子さんは定休日の札を下げた私の店にやってきた。


「誕生日、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「けど、よかったんですか? 私の手料理とデザートが食べたいなんて」

「はい。私、呉田さんの料理が好きですから……」

「料理だけですか?」


 今日も栄子さんは顔を赤く染め、瞳を潤ませている。言わずとも、彼女の答えはわかっていた。


 いつもランチの終わり際にひとりでやってきて、一番最後に会計をして帰る。小さな体で一生懸命私の顔を見上げ、頬を赤らめてははにかんで。


 電車も通らない田舎から進学でやってきて、疲れ切った表情の彼女にデザートをサービスしたあの日から三年半、ずっとそうだった。


「あ、あの私は……」

「意地悪でしたね。すみません。」

「呉田さん……」

「栄子さん、あなたのことが好きです」


 ポロポロと頬を伝う涙をそっと拭い、髪をひと撫でして、栄子さんの唇を塞いだ。


「さあ、こっちへ来て」

「はい」


 私は栄子さんと手を繋ぎ、店舗奥の私室に向かった。


「呉田さん、私の気持ちを受け入れてもらえるなんて思ってなかったです。嬉しい」

「私もですよ。こんな親子ほど歳の離れているオジサンが……」

「いいえ! 呉田さんは素敵な大人の人です」

「優しいね、栄子さん。本当にあなたは私の理想だ……」


 そう。栄子さんは私の理想の女性だった。私の人生の半分も生きていない栄子さん。田舎で自然に囲まれながら家族に愛され、自由にのびのびと育ったストレスフリーの栄子さん。はじめはこの街に馴染めず落ち込んでいたが、すぐに持ち前の明るさを取り戻した。


 話せば話すほど、私は彼女に惹かれていった。


「呉田さん、私、こういうこと初めてで……」

「私に任せて、全部」


 髪や肌は健康的で張りやつやがあり、小柄だが痩せてはおらず太ってもいない。脂肪と筋肉のバランスが良く、触れると弾力がある太腿は素晴らしいの一言に尽きる。


 彼女は、私の求める条件を全て満たしていた。


「呉田さん……」


 私は数日かけてゆっくりと、栄子さんの何もかも、全てを暴き、深く愛した。


 こんなにも満たされたのは人生で初めてで、その余韻でしばらくはふわふわと地に足がつかないような感覚だった。


 年甲斐もなく恥ずかしいと気を取り直し、私は今日も仕込みを始める。

 先日手に入れた最高級の肉を挽き、卵と塩胡椒、玉ねぎを加えて捏ねる。パン粉は使わない。ぐちゃぐちゃという音がキッチン内に響き、私は先日の栄子さんを思い出して赤面してしまった。


「看板メニューなんだから、しっかりしないとな」


 そして捏ねたものを小判型に形成し、金属のバッドに並べて明日の下拵えを終えた。


 もう、栄子さんに会うことはないけれど。この先の人生、あの日の思い出が生きる糧になる。私は栄子さんに感謝しながら、彼女との思い出を胸に、これからもこの小さな店を守っていこうと心に誓った。


◇◆◇◆


 キッチンクレタと同じ商店街で洋品店を営む白束装子しらつかしょうこは、隣の書店で注文していた本を購入しに店を訪れ、店主の黒井くろいと世間話をしていた。


「そういえば、あの洋食屋人気ですよね。なんでもイケおじがやってるとか」

「ああ、おいしいですしね。放牧畜産の肉を使うことにこだわっているらしいですよ」

「へえ……。放牧畜産てアレですよね、牧草地に放して育てるやつ。家畜がストレスにさらされず、栄養たっぷりにの牧草を食べてお肉がおいしくなりますよ〜みたいな……」


「ええ、看板メニューはハンバーグだそうです。今度ご一緒にいかがですか?」

「いいや、私はちょっとそういう趣味は……」


 装子の言葉に、黒井は静かに頷き笑みを浮かべた。


「私もですよ。ちなみにいつも頼むのはエビフライです」

「なるほど、それならぜひ」


 寂れてシャッター街と化した古い商店街。

「キッチンクレタ」は今日も看板メニューのハンバーグを頬張り、笑顔を見せる客たちで賑わっていた。


>>終わり

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理想の彼女【KAC20233】 松浦どれみ @doremi-m

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