ぐちゃぐちゃの朝

澤田啓

第1話 やさしいきもち

 今日は最初からツキがなかった、朝食のゆで卵用に置いてあった高騰度合いも著しい値上がりしすぎだろ最後の生卵を落っことしてぐちゃぐちゃにしてしまったし……いや、なんとか床から救出して美味しくいただいたのだが。


 その上、通勤に際しては私の利用する私鉄と並行して走る旧国営鉄道に人身事故が発生し、ぐちゃぐちゃの肉塊と化した人体(であったモノ)を回収・処理するための運行停止に伴い、いつもなら普通に立っていられる筈の車両に、旧国営鉄道側の乗客が殺到してしまい、乗車率200%超に思える満員電車の中でぐちゃぐちゃに撹拌されて。


 更には私が活計たつきを得ている株式会社Kにおいて、官製談合に伴う未曾有の贈収賄事件が発生したとのことで、社屋の玄関前にはO地検特捜部の検事と思しき目つきの鋭い男女と、カメラやマイクを構え腐肉を漁る猛禽類が如くに眼を爛々と光らせた報道陣が列を成して十重二十重に私の生活圏をぐちゃぐちゃに取り囲んでいた。


 無機質で硝子玉のような官吏の視線、無数に焚かれるフラッシュの放列をぐちゃぐちゃに受けた私は、信仰に殉ずる聖者の如く無言を貫いたまま、いつもより幾分重みを増したような灰色のコンクリート造の建築物へと飲み込まれた。


 革底の靴が立てる足音すら吸い込むような静寂に包まれたロビーを抜け、昇降機エレベーターの乗員となった私は自身にあてがわれた所属の階層へと到着した。


 PCを立ち上げ、私が関わった全ての仕事について電子的にそして物理的な意味においてぐちゃぐちゃに破壊するだけの簡易業務だ。


 時間にして五分も経過せず、私の存在意義であり自尊心であったモノは喪われてしまった。


 そして最上階へと移動を終えた私は、私自身の人生にケリをつけるために自由への飛翔を始めた。


 私がこの世で最期に見たモノは、ぐちゃぐちゃに飛び散る自分自身から別たれた、暗灰褐色の脳髄であったと云うことに一人合点が行ったのだった。

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ぐちゃぐちゃの朝 澤田啓 @Kei_Sawada4247

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