綴夏

第1話

「何これ。おもんな!」

 パタン、と音を立てて本を閉じる。

 外を見ると、本を開く前は青かった空がいつの間にか赤みを帯びていた。

「最近気になってたから読んでみたら、まさかこんな結末とは……」

 暗くなる前に帰ろうと、荷物をまとめて椅子から立ち上がる。椅子の音が教室に響いた。

 誰もいない教室から一歩踏み出し、靴箱へ向かおうとした瞬間、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

はの野さん!」

 誰もいないと思っていたから、少し驚いた。

 後ろを振り向くと、確か同じクラスの男子生徒が立っていた。

 名前は確か____あおい井だったはず。ほとんど話したことないけど。

「えっと、なんの用ですか……?」

「ずっと前から好きでした!僕と付き合ってください!」

 静寂が漂っていた廊下に反響して聞こえた。

 さすがに突然すぎて思考が停止し、顔が強ばる。

「ごめんなさい、無理です」

「えええ、なんでですか!?」

「いやいやいや……」

 だってそもそもあまり話したことすらないのに付き合うっておかしくないですか。というか私、あなたと友達ですらありませんよね……。

 常識的に考えたら分かるでしょ。なんで全然話したことがないクラスメイトと付き合わなくちゃいけないんだ。

「じゃあ、友達から!!」

「まぁ……話すだけなら別にいいけど」

「やったー!!!!!」

 そう言うと、蒼井はガッツポーズをしてダッシュで靴箱へ向かって行った。

 何だったんだ一体。嵐のようにすぎていった。うちのクラスにこんな奴いたんだなぁ……。


 帰り道、しだいに夜の気配に包まれていく街を一人、さっき読んだ本を思い返しながら帰っていた。

 途中までは、普通の恋愛小説かつ命の大切さを書いている小説かと思っていたのに、ラストが病気で亡くなったと思われていた人物の命が甦る、つまり生き返ったという非現実的すぎる内容だった。

「非現実的な小説はあまり好きではないんだけどなぁ」

 でも紡がれた言葉が好きで、つい最後まで読んでしまった。

 しかし、どんなに言葉が好きでも内容が好みでなければ好きではない。

「文章はよかったのにな……」

 自分が小説を書いた人でもないのに、上から目線でものを言う。自分でも最低だと思う。こんなんだからクラスに馴染めないんだろう。

 私の陰口を言っていたクラスメイト。間接的に「お前は口が悪い」と言った前の担任。

 そんなことを家に着くまでに思い出してしまった。

 家の扉の前に立ち、少し息を吸う。学校での私という存在を封印する。

 これで今日はおしまい。明日も頑張ろう。

 そんなことを思いながら扉を開けた。

「ただいま」

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