ぐちゃぐちゃなままのシンプルな結論

あおいたくと

第1話

ぐちゃぐちゃしていた。

最近のあたしはずっとぐちゃぐちゃしていた。

頭の中がぐちゃぐちゃで、いつも空回っている感じがしてたけど、止められなかった。

ずっとどこかが落ち着かなくて、原因が分かっているけど分かりたくなくて、ぐちゃぐちゃを抱えたまま仕事をした。

本を読んだ。音楽を聴いた。なんだかそれでも全然集中できなくて、それでも時には集中したくて、ずいぶんと無駄な足掻きを繰り返した。


それは、「あいつ」を見たら一気にもつれて、ぐちゃぐちゃが無限ループになった。


「とみやー」

声で沸騰した。いやするかと思った。脳が。

「ほい?」

沸騰した頭を瞬間冷凍するくらいの勢いでクールダウンさせて、声の主へあたしトミヤはとてもぶっきらぼうに、ぼへーっとを意識しながら返した。

「次どこ直せばいい?」

「それは大丈夫。あとは清書いこうか」

「おっけい」

デスクトップ画面にラフな線の下書きを映し出し、歩み寄ったあたしに顔を向けてきたカンノ、はあ、カンノ、ふう、ってのは置いといてなんとか指示を出す。

あたしは一応カンノの先輩ということになっている。あたしは一応カンノとフレンドリーに話せる間柄ということになっている。

あたしはこいつにとって恋愛射程外なポジションを取られていることをよく知っているし、あたしだってこいつを恋愛射程外だと思っていたのだ。いやなんの?恋愛のだな。うん。

ってさー。だーかーらー、カーンーノーがー気になってしゃーないんーだーけーどー。

って気配を見せないように頑張りつつ、ポスターデザインを少しずつ清書していくカンノを見守っている。もう1年くらいは教育係としていろいろ教え尽くしているので、本当はもう見守っていなくてもいいんだけど、なんでか清書もある程度見守るようになってしまった。カンノ曰く「とみやが見守ってくれてると清書が一発で済む気がするけど、忙しいんだとチェックだけでいいよ」ということである。いや、えっと、なんだその頼りにされてる感。

ただ、最近、この見守りタイムがどーーーしようもなくむずむずするのだ。

なんなんだこの居た堪れない感。もう逃げ出したいような、もっとここに居たいような、よくわからないタイム。いや仕事中なんだよ。ほんと今仕事中なんだよ。ひたすら脳内独白が止まらないんだよ。

なんてこっちのぐちゃぐちゃはお構いなく、カンノはさっさと仕事を進めていく。

マウスを動かすごつごつとした手をちらっと見てしまう。

画面に集中している真剣な眼差しを斜め上から見つめてしまう。

いやだから、画面見ろって、の、も、やるんだけど、さ。

なんだかそこで、もう悟っとけよ、って天のお告げを聴いた気がした。

周りに同僚がちらほらいる。

上司も視界の先のデスクにはいる。

でも、何もかもがどんどんと、遠くなる。

あたし以外にはカンノしか見えなくなる。

いや、あたしとカンノだけがいればいいのに。この世界に。

なんて、極端だけどシンプルな結論。

猛烈で強烈で、クールなままじゃ居られない結論。

ねえ、ぐちゃぐちゃしていた向こう側に待ってた答えが、『これ』だってことはうすうす分かっていたけど、お互いがお互いにとってビジネスライクで、恋愛射程外でいることが最上の精神安定だって、そう、思っていなかったっけ。あたしたち。いや、あたし。

気付いたって一方通行じゃない。

気付いてどうこうできないんだったら、気付いてどうすんの。

まあ、ただ、うん、今は仕事を見守るだけなのだ。


どうしようもなくなって、カンノの清書を見守ってから休憩を取った。

夕方、陽が結構落ちてきたまさに黄昏時、近くのコンビニに行ってくるよってノリで会社の外に出る。

もう少しずつ、帰宅し始めているスーツ姿の人たちとすれ違いながら、コンビニの方向まで歩き進めて、路地の先で少し立ち尽くす。

どこかのビル壁に背中を預けて、空を見上げながら浸ってみた。

とみやって親しげに呼んでくる低い声。

華奢なのにゴツゴツした手指。

ボサッとしてるようで洗練されてる、よく分からない佇まい。

その全部があたしだけのものになればいいのに。

だから、カンノにとってのあたしは、そういうのの射程外なんだってば。

ぐちゃぐちゃは解けても、ほぐれても、きれいにピンとは張ってくれない。

どうしようもなくあたしはカンノに侵食されているのに、

バレたらカンノに距離を置かれることが分かっているから、怖い。

きっとあたしも、射程外の誰かにアプローチなんてされようものなら、

そういうの無理だってはっきり言って線を引く。

分かってるからこそ、消化しなくちゃいけないはずなのに、

消化できそうになくて、こうして少し、逃げてきた。


「すきなんだあたし」

紺色の空を見上げながら、呟いてみた。

ただそれだけのことなのに、胸の下のあたりから温かさと苦しさが溢れそうになってくる。

涙の膜がこの目を覆っても、あの手に拭ってもらえる可能性は限りなく低いのだろう。

それを、この距離感だからこそ実感してしまえる現状が、ただただ、気を抜くと苦しくて。


ここで3分くらいは浸っていようと決めた。

フラットに戻して、また向き合おう。

向き合えるときまでしばらくは、向き合おう。

自動販売機はすぐそこにある。

ちょっとそこまで行ってきたんだっていいながら、あいつが好きなコーヒーも一緒に買って戻ろう。

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