妖精との旅路

篠騎シオン

前世での行いが僕らを決めているっていうけどさ

――生まれて、そして死ぬ。


人の世の摂理。


死後、魂は浄化され、故人は新たな命として生まれなおす。


まっさらな魂。

……うらやましい。


きっと、僕の魂は死後の浄化の力も及ばないくらい、どす黒い、恐ろしい何かが染みついている。


そうじゃないと、僕の人生は、いや僕の魂生のことは説明がつかないだろう。




「これ、もう、何度目だっけ」


路地裏。薄汚れた服で、僕は本を抱きながら地べたに座り込む。

もとはそれなりに高級な服だったのだが、そんなことを気にしていられるほどこの足の疲労は生易しいものじゃない。

逃げ続けて数キロ、いや数十キロは来ただろうか。

追手の気配はもう、感じられなかった。


「そうねぇ、10回と、あともう少しは過ごしたかな?」


僕の言葉に応えるは暗い光をまとった妖精。

彼女の名前はイリィ。”不死”の力を持つ妖精で、僕の旅のパートナーでもある。

ちなみに、旅、と言ってもこの逃走劇のことではない。


僕の旅とはすなわち僕の転生の歴史のこと。

僕は生まれて、不幸になって、死ぬ。

それを幾度も幾度も、幾度も……記憶を持ったまま繰り返してきた。

それが、僕の旅。


君だったら、僕と同じ目にあって正気を保っていられるかい?

僕は、僕が正気でいるかなんて、もうよくわからない。

むしろ気が狂ってしまった方がよっぽど――


「あ、ちょっと私の本またメモ代わりに使わないでよ!」


そこまで書いて口を尖らせたイリィは、僕が開いて書き込み始めていた本を取り上げる。


「いいじゃないか」


「その本は妖精にとって大事なものなのよ!」


妖精は本に宿り、本を通して持ち主と心を通わせる。つまり、この本はイリィの本体なのだ。大事なのはわかっているが、それでもこちらにも譲れない理由がある。


「転生するときに持ち越せるものってその本くらいなんだからさ」


僕は何度も転生をし、妖精たちが少年少女と出会う始まりの地”本屋”へと戻り、不死の妖精である彼女と再会して再び本を手に取ってきた。そしてその時本は、僕が前世で死んだその時のままなのだ。

何度も転生を繰り返す僕の気持ちを書きとめておくとしたら、それは妖精の本以外に不可能だ。


「記憶を持ち越してるんだから書かなくてもいいでしょ!」


「書くことでしか残せないことがあるだろ? それともイリィ、お前に直接かきこんでやろうか?」


そう言って僕はイリィにとびかかって、羽に指で文字を書いてくすぐってやる。


「ひぃ、やめて、くすぐったいって……」


追手から逃げているのにどこか緊張感がないのは、自分の生に執着がないから。

そして不死の妖精を従えた僕は、諦めない限り死ぬことはないのだ。


「ふぅ」


ひとしきりじゃれ合って、僕はすとんと腰を下ろす。


そして、虚しさに襲われる。

不死と転生者のなれ合いは、ほんの少ししかこの心の闇を埋めてくれない。


今世は。

今世は十分に鍛えて、守れるだけの力を身につけられたはずだった、それなのに。


「守れなかった」


ぽつり、口から言葉がこぼれる。

父さん、母さん、妹たち。


裕福な家に生まれた。恵まれた環境。

今度こそ幸せになれると、儚く信じてしまう。


でも、ある晩目覚めると火の海と怒号が響き渡る世界。

家族の前にその身を挺しても、その攻撃は僕をよけて彼らのもとへ飛んでいくのだ。

まるで運命に引き寄せられるかのように。


一時的な幸福を味わえば味わうほど、それを奪われた悲しみは、穴は深く、僕の魂に刻み込まれる。


「ごめんね、私の不死の能力がほかの人にうまく効けばいいんだけれど……」


僕の様子を見てそう謝罪してくる妖精。

僕は少しだけ取り繕って笑う。


「いいよ。できないことはできないんだし。悔やんでも何にもならないよ」


謝られて思い出してしまう。

病に伏せった恋人を救おうとして、その苦しみを知っていながら不死の力を彼女に使った世界。

病気は快復した。

けれどもすぐに彼女は、不死の念にむしばまれ、廃人となってしまった。

僕は後悔した。

どうして、僕や妖精のような苦しみを彼女に味わわせてしまう道をとってしまったのか、と。

でもどこかで、信じたい自分もいた。

彼女はきっと戻ってくる。

今は、不死という毒に一時的に犯されているだけで、きっと彼女と幸せに暮らせる日が来る。

そう信じて。

すがって。

僕は、彼女を苦しめ続けた。


ある日、彼女は僕の前から姿を消した。

僕は心当たりのある場所、すべてを探して、村の仲間に助けを求めた。

村総出であちこちを探して、それでも彼女は見つからない。

泣き出す子ども。

大人の勢いが怖くなったかと僕が必死にあやすと、彼は思いもよらぬことを教えてくれる。


村の裏の火山から、叫び声が聞こえるんだ、と。


雷に打たれたようだった。

彼女は火山の中のマグマに自ら飛び込んだのだ。

それでも、不死の力で死ねない彼女は、延々と痛みで叫び声を上げ続けている――


僕は当然山へ、そしてマグマの中を進んだ。

体が燃えながら、それでもかき分けて彼女のもとへ。

不死の力で死ぬことはない。

けれども、痛みは普通と変わらず体をむしばんで、痛みに慣れ親しんでいるはずの僕でも気がふれそうだった。

しかし、だ。


マグマの中で、そんな痛みの中で彼女は、少しだけかつての自分を取り戻していた。

痛みが廃人の彼女をそうさせたのか。

いや、そもそも、廃人だった彼女がどうやって火山の中に――

考える僕の思考を彼女の言葉が、さえぎる。

痛みに悶え、燃える瞳で僕に笑いかけた彼女は一言、こう言った。


「死なせて」


その言葉で、僕はすべてを悟る。

この力は常人では耐えきれないのだ。僕ほどの業を持った人間でもなければ。

僕は彼女を、その世を、諦めた。そっと、生を手放した。

彼女のいた世界から僕と妖精が離れることで、彼女は不死の魔法のろいから離れることが出来、彼女は望み通り、輪廻の輪に戻れた……はずだ。


こうして、僕の業が一つ増えた。

そんな、出来事。


僕はふっとため息をつく。

ふとした瞬間に走馬灯のように、数々の人生が頭の中を流れていくのはもう慣れっこだった。

数々の業は、僕の魂をまた汚していく。

これだから、僕の魂は浄化しきれないんだろう。


「ねえ、イリィ。人の生は、前世の行いで決まるって言うじゃない? 君は信じる?」


「信じないわ」


イリィがくだらないというようにふん、と鼻をならす。


「そっか。じゃあ、信じてみようかな?」


そう言って僕は立ち上がった。


「ちょっとちょっと、私信じないって言ったわよね?」


声を荒げるイリィに僕は笑いかけて言う。


「でも、なんでも試してみないと、ね」


そうして、その生で、僕は可能な限り善行に励むことにした。

鍛えた体を使ってあちこちの街で人助けをして、それから肉体労働で働く。

働いたお金は恵まれない子供たちや、協会に寄付。

そして、思い入れが出来る前に、旅立つ。

その繰り返し。

小さな不幸に何度も見舞われたが、良き人が死ぬ事態にはなかなか出会うことがなくなった。

ちょっとだけ、僕はこの生に満足していた。

僕だけの人生を見れば、プラマイゼロいや、むしろマイナスだが、少しでも誰かを助けられている。

それはある意味幸せなことで、今まで繰り返してきた中で最も充実感があった。


それなのに。





「さあ、不死の妖精を失いたくなかったら、俺たちも不死にしてくれよ」


砂時計のようなものに閉じ込められたイリィが、ガラスの向こう側からドンドンと叩いて僕を呼ぶ。

相対しているのは、この世界の悪の集団。

不死という崇高な理想のためにすべてをなげうつ彼らは、僕のこの世界での両親と家族を殺した奴らだ。

徳を積むためにと復讐は実行犯を牢獄に入れるだけに留めておいて、彼らを野放しにしていたのがいけなかった。

まあ、いけなかったといっても面倒なだけで、僕とイリィにはあまり関係がな――


「じゃないと、お前の妖精の不死、俺たちが奪っちゃうぜ」


その言葉にはっとする。


「待ってくれ、今不死を奪うって言ったか?」


僕の問いに、ふふんと偉そうな態度をとった下っ端が答える。


「そうさ。天才科学者であるうちのボスは不死を吸い取る装置を完成させた。お前に不死の魔法をかけてもらえなくても、妖精の力を吸い取ってボスだけは不死になるって寸法さ。さ、妖精を失いたくなかったらおとなしく俺らに魔法を……」


僕は下っ端に、不死の魔法のろいを放って黙らせる。


「お望みのものだ、よかったな」


そう言葉に出す自分が、どこか自分じゃないようで頭がぐらぐらして痛くなりそうだった。

不死の力が奪われる?

イリィの望みが果たされる?

イリィの旅が終わる?


僕は一人、残される??


うらやましい、ねたましい、どうして僕だけ、なんで、こんなに一生懸命やっているのに。

ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい!!!!!!!!!!



頭がぐちゃぐちゃになって、何がなんだかわからなかった。


でも、その時僕は、確実に、自分の魂の汚れを、見た。

ああ、これだから僕は記憶を持ちつつ転生してしまうんだと、悟った。

落ちない、魂の汚れ。業。


僕は、友達一人、願いをかなえて送り出してやれないのか。

唇をかむ。

血の味がする。


後ろから、一味の下っ端たちが僕に攻撃し、鈍い衝撃が走る。

地面が近づく。


「ああ、どうして……」


「我々に逆らったのが不運だと思うんだな」


一味のボスが、静かな声で言う。

そいつの不死を持っていくなら、僕の魂も消滅させてくれ。

僕の想いは届かない。


全身の力が抜ける。

深い絶望が僕を包む。

これから僕は、また、一人だ。


うん、でもこれで良かったんだ。

僕と同じ不幸な存在が、一つ、終わりを迎える。


「さあ、わが科学の結晶をとくと見よ!!」


喜びをはらんだボスの声。

響く絶叫。

痛みに悶えるその声は、その声は……


「イリィ!!!!」


僕は手下たちを振り払って、砂時計へと走る。

見ると友は、痛みに辛そうに顔をゆがめている。


「違う、違うよ。こんな終わりは違う!!」


叫ぶ。

そして、無我夢中で不死の魔法のろいを装置に放つ。

ずるいとか、うらやましいとか、そんな思いはもうなかった。


ただただ、目の前の苦しむ友を助けたい。

その思いで、無我夢中で――


装置が割れる。

光にあてられた人々はみな、気を失っていた。

僕だけがその中で立ち、イリィのそばへと駆け寄る。


そして気付く。

自らの大きな過ちと奇跡に。


「いててて……」


あんなに大きな装置が割れていたのに、イリィには傷一つなかった。


安堵ともに、罪悪感が僕を包む。

どんなに苦しんでいたんだとしても、イリィにとってはまたとない不死を終わらせるチャンスだった。

僕はそれを丸ごと奪ってしまったのだ。


「イリィ、ごめん」


僕の言葉に、彼女はなんでもないように体にかかった砂を払いながら言う。


「痛いの助けてもらったのに、どうして私謝られてるわけ?」


その言葉に僕は涙する。

彼女は優しい。そして強い。

再び、深く決意する。

彼女をぎゅっと抱きしめる。


「イリィ、目指そう、僕と君とで自由な終わりを」


それは、始まりの地でした約束。


「わかってるわよ。それ以外認めないわ」


イリィが僕の髪をそっと撫でる。


もうそれはなれ合いじゃなく、僕の心を満たしてくれる。

君との約束のためだから僕は、もう少しだけ頑張るんだ。

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