fairy tale 3:本棚と男心は乱される

紫月音湖*竜騎士さま~コミカライズ配信中

第1話 ぐちゃぐちゃなのは誰のせい?

「お兄さん! 今日も男の子が本を押し付けてきたんですけど……」


 もはや見慣れた本屋の扉を開けて中に入ると、いつもは綺麗に整頓されている店内がどうしたことがぐちゃぐちゃに荒らされていた。まるで泥棒に荒らされたみたいに、床や螺旋階段にまで本が散乱している。

 先日と同様に、見知らぬ少年(オプション・角)が本を返却してくるものだから、私は「fairy tale」と書かれた本屋ここのショップカードを握りしめて「開けゴマ!」と念じたところなのだが……どうやら店主は留守のようだ。

 ……いや、奥から物音がする。


「お兄さん? いるんですか? あのぅー、本返しに来ました」


 床の本を踏まないよう注意しながら奥に進むと、音はだんだん大きくなってきた。やっぱり奥の本棚の方にいるらしい。薄暗くてよく見えないが、床にこんもりと積まれた本の山の隅で動く影が見えた気がする。


「やっぱりいるじゃないですか。お兄さんってば! 私です! 先日ものっすごい変な飲み物を飲ませて頂いたウサギのぬいぐるみ……じゃなかった」


 そういえばお互いに名乗りもしていなかったことに、今更ながら気付く。こう何度も顔を合わせることになるとは思っていなかったので、若干の居心地の悪さと気まずさがかすかに胸を疼かせた。

 ショップカードで繋がったこの縁が、互いに名乗ることで、より強まるような気がするのだ。そしてそれを望む……というより、ただ純粋にお兄さんの名前を知りたいと思った自分に、ほんのりと頬が染まったことを実感した次の瞬間。

 目の前のこんもり積まれた本の山を崩して、中から一冊の黒い本が飛び出してきた。さながら獲物を喰らう魔物のように、バックンバックンと閉じたり開いたりしながら飛んでくる本は、私の顔面にまで迫ってきて。


「きゃっ……!」


 驚きと恐怖に身構えた体が、背後から強いけれど優しい大きな力に引き寄せられた。


「これ以上暴れるんなら、燃やすぞ」


 頭の上で、ドスの効いた声がした。見上げればいつもよりほんの少しだけ冷たい空気を纏ったお兄さんが、背後から私の肩を抱いていて――もう片方の手には、さっき顔面めがけて飛んできた黒い本を掴んでいた。お兄さんの手の中で、黒い本は首を掴まれたカラスのようにジタバタともがいている。


「あ、あの……。ありがとう、ございます」

「奥の本棚には近付くなって言っただろうが」

「だって、お兄さんだと思ったんですもん。っていうかその本、何なんですか?」

「これはだ。ここに置いてある本は、読めばその世界へ入り込むことができるって言ったろ? でも全部最初から安全な本じゃない。中に巣くってるモンを取り除いてやらねぇと、逆に本に喰われちまうんだ」


 言いながら、お兄さんはまだバタバタしている黒い本を段ボールに放り投げた。再び飛び上がってくる前に、しっかりとガムテープで二重三重に封印する。


奥の本棚ここは未処理の本を保管してる。ちょっと駆除するのに手が回らなくてな。そうこうしてるうちにアイツが暴れ出して……このザマだ」


 床に散らばった本は、先程の黒い本の暴走ということらしい。中によくないものが溜まった本に入り込むと、逆に本に食べられる。ということは、さっき物理的に食べられそうになったのはそういうことなのかと、今更ながらにぞくりと背筋が震えた。


「お兄さん。さっきは本当に助けてくれてありがとうございました」

「これに懲りて、もうこんなトコ来なくてもいいんだぞ」

「でも、本渡されますし……」

「んなモン、ショップカードを手放せば縁も切れる。何ならいま返してもらおうか?」


 目の前に差し出された大きな手のひらをじっと見ていると、私は無意識に緩く首を横に振っていた。


「いやです」

「は?」

「何となく、なんですけど。私たぶん……お兄さんとの縁を、心地良く思ってる気がします」


 人とは違う世界。自分とは違うものを恐れる気持ちがないこともない。

 でも目の前のお兄さんは、ぶっきらぼうで粗野に見えるけど、きっととても優しいひとなのだとわかる。だっていま、耳朶みみたぶまで真っ赤なんだもの。


「お兄さん。私、片付け手伝いますね!」


 お兄さんの腕まくりしてる腕まで真っ赤になるものだから、私にまでその熱が伝染してしまいそうだ。慌てて顔を背け、足元に散らばった本を拾うことに集中する。拒否する言葉が聞こえなかったのをいいことに、私は黙々と本を拾うふりをしてお兄さんから遠ざかっていくことにした。


「……んだよ……ぐちゃぐちゃじゃねーか……」

「すっごいぐちゃぐちゃに荒れてますね」

「掻き乱してんじゃねぇよ」

「黒い本のせいですから!」

「半分はお前のせい」

「何ですか、それ! 私は無実ですよ!」

「はぁー。マジで意味わかんねぇ。俺もお前も」


 ぐちゃぐちゃに荒らされた店内に屈み込み、本を拾い、片付けていく。話す言葉は多くはなかったけれど、店内に揺れる沈黙はどこかしら心地良くもあって。

 全部きれいに片付け終えたあと、お兄さんは二階のカフェで、今度はおいしいコーヒーをご馳走してくれた。


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