「眠いんだわ」

斎藤秋介

「眠いんだわ」

「ポケモン、ゲットだぜ!」

 おれは突然、目のまえを歩いてくる女にモンスターボールを投げつけた。

 女が小さく悲鳴を上げた。

 しかし、ボールの中に収納されることによって、その声はかき消えた。

 抵抗を続けていたのだろう、三秒くらい揺れたあと、しかし『こんらん』状態にあった女は、HPが満タンであったのにかかわらず、あっさりと大人しくなった。

 おれは宿代わりにしている快活クラブの一室に戻ると、女を解放した。

 おれはわざとらしく睡眠薬を見せつけ、目のまえでそれを飲んでみせた。

「え、だいじょうぶ……?」

「いや、大丈夫じゃない。おれを助けてくれ。とりあえず泊まるところがない。そろそろ金も尽きるし、宿が欲しい」

 おれはわざとらしく目を細め、女の目を見ず、遠くを見た。

「わたしの家来る?」

「頼むわ」

 それから女との同棲が始まった。

 女は名前を『れな』と名乗った。たしかにそういう感じの見た目をしていた。たとえば、『ゆうこ』とか『なつき』とか、そういう感じではない。いかにも通信制高校とかを卒業した女が名乗りそうな名前だ。

 おれは基本的に家でゴロゴロ寝たきりになっていた。

 たまにれなが焼肉や寿司に連れていってくれたが、なにを食べても美味しいとは思わなかった。

 外食をしないときは、いつもウーバーイーツを使っていた。どこからその金が出てくるのか、おれはあえて突っ込まなかった。ここは23区内で、この綺麗なマンションはそれほど安くはないはずだ。

 「パチンコに行きたいんだ。暇で死にそうだから」……そう言って、三日に一回くらい、諭吉を貰った。

 それを二ヶ月ほど貯金し続け、おれはれなが欲しいと言っていたよくわからんハイブランドのバッグをプレゼントした。その日はれなの誕生日だった。

「実は日雇いバイトで金を貯めてたんだ」

 「うれしい!」……れなは一日中、喜んでいた。人生で一度も、なにかを祝われたことがないらしい。しかし、その金はおれのものじゃないんだよな、そもそもおまえのものなんだよ。――自分で買うよりも、人に貰ったほうがうれしいこともあるのかもしれないな。


 ――『プレゼント屋さん』とか名乗ってみたら、意外と需要のある商売ができそうだ。


 半年くらい経ったころ、れなが妊娠した。妊娠してしまった。おれは逃げたかった。落ち着いてきた精神状態がまた不安定になった。堕胎パンチをしようかとも一瞬思ったが、良心と刑罰への恐怖から、振り下ろしかかった拳は無事におさまった。

 おれはけっきょく、れなをポケモンボックスに預け、逃がすことにした。

 行き場をなくしたおれは、セブンのホットスナックを食べながら夜の街を練り歩くようになった。職質を繰り返されているうちに、地域の巡査部長と巡査の名前を覚えてしまった。歩き疲れたらそのへんの公園で野宿をした。

 そんな生活を5年続けていたら、ある日、ひとりのポケモンマスターが目のまえに現れた。保育園児くらいのガキだ。

「ポケモン、ゲットだぜ!」

 おれは確信する。――こいつは間違いなく、おれの遺伝子を継いでいる。

 それから、おれは『りょうた』と名乗ったガキの奴隷になった。

 りょうたの人生を彩るために、おれはハロワに行き、悪態をついた。人生を軽く生きていそうな女職員にやつあたりしてみると、胸がスカッとした。こんなことはクズのやることだが、いまのおれたちには必要なことだ。社会を腐すことがおれたちにできる唯一の抵抗だった。

 おれが捨てたれなはりょうたを捨てていた。

 このように、ピラミッドはいったん崩れると、むしろ悪いほうに積み重なっていく。

 おれは求人雑誌を見ながら手当たり次第、職歴・学歴不問の応募に電話をかけまくった。

 最初にありついた清掃員の仕事は一ヶ月でやめた。ネットでVTuberが馬鹿にしていたからだ。父親が清掃員などやっていたら、ガキがみじめな気分になる。そういうことらしい。

 それから警備員、ドライバー、営業などを転々としてみたが、どれも長く続かなかった。

 おれはりょうたをポケモンボックスに預け、逃がすことにした。――施設に入っていたほうが幸せだろう。そこで仲間を作ってくれ。

 小さいころ、『メタモン』というポケモンに憧れた。なんにでもなれるというのはお得じゃないか。しかし、おれの個体値は1vだったようだ。世の中のやつらはだいたい5v以上だ。100vとかのやつもいるからな。

 りょうたはおそらく3vくらいだろう、親馬鹿かもしれないが、そこそこ有能に見える。

 すべての清算を終えると、おれはサファリパークに行った。

 そこで捕まえたポケモンで、チャンピオンロードに挑んだ。

 しかし、周りは改造産のポケモンばかりで、まるで歯が立たなかった。そのうえ、伝説ポケモンのオンパレードだ。

 おれは東京駅に逃げ込んだ。

 借金して手に入れたハイブランドを身にまとい、丸の内仲通りを歩いた。勝ち組になった気分だ。

 青学とか、慶応ボーイに生まれたやつは、どういう世界が見えてるんだろうな……。

 おれはプライドが高く、自殺をしたくなかったので、不慮の事故をよそおい、わざとトラックに轢かれた。

「すまん、トラックのおっちゃん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「眠いんだわ」 斎藤秋介 @saito_shusuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ