東日本大震災

羽鳥(眞城白歌)

罪滅ぼしとかではなく。


 そこに誰かが生きていた事実を忘れたくない。

 無機質な数字に、同化させたくない。


 この光景に、残骸とか瓦礫がれきとかいう言葉を使ってはいけないと思った。

 巨大な洗濯機の中に何もかも投げ込んでき回してから、無造作に放り出したように。

 ほんの少し前まで確かに人が暮らしていた痕跡が、ぐちゃぐちゃに握り潰されて、そこに積み上がっていた。




 私の胸には棘が残っている。災害を経験しなかった罪悪感、難を逃れてしまった負い目、というやつだ。

 必要性のない感覚だと理解はしているし、それに引きずられて心を病むこともない。とはいえ、生涯付きまとうであろうことも自覚している。


 あの日、私は、故郷を永遠に失ったのだと思う。




 第一報は、地震。震度七という未曾有みぞうの災害には驚いたけれど、直後に家族の安否を確認できていた。

 そのあと時間差で襲ってきた、大津波。

 通信はどの手段でもつながらず、ニュースにかじりついていても、故郷に関する情報は一切取り上げられず。SNSで語られるのは、目を覆いたくなる惨状ばかり。


 思考も、感情も、ぐちゃぐちゃだった。

 ただひとり安全な場所にいるのが申し訳なくて、何を祈ればいいかもわからなくて、涙すら出なかった。

 基本的にはポジティブな私が体調を崩すほどに何かを心配したのは、あの時が最初で最後だろう。一ヶ月ほど後に帰省するまで、頭痛と微熱が続いていた。


 現実よりもずっと、酷い状況を想像していたからだと思う。




 あれからもう十年以上。帰省のたびに街は復興し、景色は様変わりしてゆく。

 私は何ひとつ失わなかったけれど、三月が来るたびに、そういう特集を見聞きするたびに、心がぐちゃぐちゃに乱される。


 それでも。

 あの日カメラを向けることすら許されない気がして、ただ目に焼き付けてきた津波あとの光景は、絶対に忘れたくない。

 あの日に感じた言葉にできない想いも、ずっと抱えて生きていこうと決めている。





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東日本大震災 羽鳥(眞城白歌) @Hatori

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