ぐちゃぐちゃになった教室で、アリスの目は死んだ!

すらなりとな

錬金術は貴族のたしなみです

 貴族の令息令嬢の通う学園。

 といっても、アリスは下級貴族の娘。

 決していい家柄とは言えない。

 家柄の格差は経済力の格差。

 つまりは金がない。

 無駄に高い教科書を買いそろえるのも、血縁の力を借りなければならない。

 授業の課題で参考書が指定されたりすると、さあ大変。

 放課後、親戚の経営する本屋に立ち寄らねばならなくなる。


「すみませーん」

「あ、アリスいらっしゃい!」


 ドアをくぐると、幼馴染のアーティアが迎えてくれた。

 アーティアは同じ学園に通う生徒である。

 そしてアリスと同じ下級貴族でもある。

 つまりは金がない。

 この本屋でバイトをして、生活の足しにしている。


「あら、あなたもいらしたのね?」


 が、続いて出てきたのは、同じ学園に通ってはいるが、上級貴族のラティである。

 いかにも金のかかってそうな外向けの服に手間のかかってそうな金髪ロール、ついでに下級貴族を見下す無駄なお嬢様言葉と、成金オーラを全開にしている。

 アリスは当然の疑問を投げかけた。


「なんでいるの?」

「なんでって、本を買いに来ましたのよ?

 錬金術の課題で、新しく指定されたでしょう?」

「いや、なんか、こう、メイドさんに買ってこさせるとか、お父さんから新品を送ってもらうとか、そんなイメージが……」

「アナタねぇ、上級貴族を何だと思ってますの?

 王族じゃあるまいし、学校の寮で従者なんか使えるわけないでしょう?

 お父様も、いちいちワタクシの参考書を用意するほど、暇じゃありませんわ」


 ぶつくさと文句を言いながら、アーティアに向かって金貨と一緒に教科書を差し出すラティ。値段も見ずに、金貨をポンっと出すところが、実に上級貴族然としていて憎たらしい。

 もっとも、対応するアーティアはそういうところを気にしない性格。

 さっさと会計を済ませた。


「えっと、銀貨2枚のお返しになります。あってるよね?」

「ええ、間違いありませ――」


 が、銀貨を財布に収めたところで、ラティが固まった。

 視線を追った先には、ツギハギだらけの不気味なぬいぐるみ。

 アリスも固まった。

 アーティアは首をかしげる。


「どうしたの?」

「どうしたの? じゃありませんわ!

 なんでそんなぬいぐるみを! 当たり前のように! カウンターの後ろに! 飾ってるんですの!?」


 この見るからに年代物のぬいぐるみは、中に空洞があり、かつては毒を詰めて貴族の暗殺に使われたり、禁制の薬を隠して運んだりするために作られたという、いわくつきの一品。

 先日、ラティが歩いていたところを、怪しい錬金術師に無理やり押し付けられ、慌てて処分したものだ。

 決して、本棚の空いたスペースのついでに飾るようなものではない。


「店長がさ、かわいそうだからって治したの。

 昔は酷い使われ方したみたいだけど、ぬいぐるみには罪がないからって。

 あ、中身は空っぽだから、大丈夫だよ?

 ねー?」


 まるで普通のぬいぐるみで遊ぶかのように、呪われてそうな物体に話しかけるアーティア。

 こういうところを気にしない性格なのだろう。

 ラティも、毒気を抜かれたらしく、肩の力を抜いた。


「はあ、なんだかどうでもよくなってきましたわ。

 呪われたりしないように気を付けなさいよ?」

「もー、大丈夫だよ? ほら、よく見れば可愛いし」


 それは可愛いだろう。

 可愛いデザインだからこそ暗殺用の毒や禁制の薬の隠し場所に選ばれたのだ。

 手放すよう説得した方がいいのだろうか。

 アリスが悩んでいると、奥から店主である老婦人が出てきた。


「大丈夫。呪いがかかっていても、あなたたちに悪さはしないと思うわ」

「え? この子、呪いがかかってるんですか?」

「ええ。夜になると出歩いて、自分を捨てた人を探してるみたいよ?」


 そして、とんでもないことを真顔で言い始めた。

 思わず聞き返したアリスに、さも意外という形で続ける。


「あら? 騒いでたから、てっきり分かってるんだと思ってたけど?

 ほら、人を殺すために使われたぬいぐるみに、怨念がこもって呪力が宿るなんていう話はよくあるでしょう? 私も昔は呪術をかじったことがあるけど、この子からはしっかり呪いの力を感じるわ」


 ただの仕込みぬいぐるみと思ったら、本物の呪いのぬいぐるみだった。

 今度こそ固まるアーティア。

 後ずさるアリス。


「わ、ワタクシ、これで失礼しますわ!」


 ラティはさっさと逃げ出した。


「脅かしすぎたかしら?」

「ちょっと、冗談だったんですか?」

「あら? そんなことはないわよ?」


 そして、老婦人はどこまで本気か分からぬ笑みを浮かべると、


「それより、錬金術の教科書を買いに来たんでしょう?

 保存空間を作り出す実験、ぬいぐるみが素材だから、気を付けてね?」


 実に余計な一言とともに、教科書を差し出してくれた。



 # # # #



 翌日。

 錬金術の授業である。

 普段の魔導書を読むだけの授業と異なり、手を動かして何かを生み出そうとする実習は、生徒からも人気が高い。

 が、気乗りしないのが約二名。


「まさか、昨日の今日でぬいぐるみをいじるとは思いませんでしたわ」

「大丈夫よ。

 店長も、なんか分かって言ってたみたいだから、きっと呪いなんてないわ。

 ただの年寄りのいやがらせよきっとそうに違いないわ」


 ラティとアリスである。

 配られたぬいぐるみと、怪しげな触媒を前に、げんなりした顔をする。


「えー、でハ、今回はぬいぐるみの中に保存空間を作る実験をしまス!

 まずはお手元のぬいぐるみに薬品ヲ……」


 隣国から招いたという高名な錬金術師が、手順を説明する。


「ていうか、アンタにぬいぐるみを押し付けたっていう錬金術師、あの先生じゃないでしょうね?」

「それはありえませんわ。自称留学生でしたし。

 第一、先生は女性ですが、ワタクシが会ったのは男性のようでした」

「留学生って……この教室にいるんじゃないでしょうね?

 あのぬいぐるみが追いかけてくるなんて嫌よ?」

「それは――」


 授業中に浮かんだ疑問に、周囲を見渡そうとするラティ。

 が、自称留学生を見つける前に、先生と目が合った。


「はイ! そコ! お喋りしなイ!

 手順を間違うト、ぐちゃぐちゃになって大変ですヨ!」


 慌てて首をすくめるアリスとラティ。

 錬金術教諭は反省したと見たのか、小さくうなずいて説明をつづけ、


「では、実際にやってみましょウ!

 さア、お配りした素材を使っテ、かつての英知を実現させてくださイ!」


 ついに実験を指示した。


「どうする?」

「どうするもこうするも、さっさとやって、さっさと片付けるしかありませんわ!

 今は呪術の授業ではないのです! ただの錬金術なんです!

 手順通りやれば問題ありませんわ!

 ほら、前の席のアーティアもはじめてます!

 あの子より遅いなんて、私の上級貴族としてのプライドが許しません!」


 やけ気味に手を動かし始めるラティ。

 アリスもそれに習って、錬金を始める。


 ラティの言うとおり、これはあくまで授業。

 あの呪いのぬいぐるみとは何の関係もない。

 冷静に考えれば、ちょっと自分たちは怖がりすぎじゃないかしら?

 まさか、この不安も、呪いのせいで……いやいや、駄目よ、そんな事じゃ。

 手元が狂うじゃない。

 ぐちゃぐちゃになった呪いのぬいぐるみが出来上がったらどうするの?

 ほら、黒板に書かれた手順を確認して――


 ぐちゃぐちゃになり始めた思考をどうにかまとめようと、自分に言い聞かせるように前を向く。


 そこには、ツギハギだらけの不気味な人形が浮いていた。


 絶句するアリス。

 どこか遠くで、ラティの悲鳴が聞こえた。


「あ、ごめん、それ私の」

「おウ、空間を作ったのはいいですガ、触媒の配分がずれたせいデ、軽いガスが充満していますネ? これはこれで風船のようで可愛らしいですガ……」


 振り返ったアーティアと様子を見に来た教諭が何か言っているが、アリスとラティはそれどころではない。

 盛大に狂った手元は、ぬいぐるみに過剰に触媒を注入させたのである。


 閃 光 !

 爆 発 !


 結果、ぐちゃぐちゃになった教室が残った。



 # # # #



「ああもう、上級貴族たる私が掃除なんて……」

「まあまあ、後片付けだけで済んでよかったじゃない?」


 授業の後。罰として後片付けを命じられた二人に、付き添いで残るアーティア。

 飛び散った綿や布でぐちゃぐちゃになった教室を、必死に箒で掃除していく。


「もとはといえば、貴女のせいですわよ! クシュン!」


 文句を言いまくるラティだったが、綿毛を吸い込んだのか、可愛らしいくしゃみに邪魔されてうまく八つ当たりができない。

 目を輝かせたアーティアが、無邪気に煽り始めた。


「ラティ可愛い!」

「ふざけんじゃありませんわ! クッシュン!」

「はあ、アンタたち手を動かしなさいよ。終わるまで帰れないのよ?」


 そんな二人に、盛大なため息をついて見せるアリス。

 当然、ラティの機嫌はさらに悪くなった。


「文句を言わないと! クシュン!

 やってられ! クシュン!

 ませんわ! クッシュン!」


 文句を言いまくりながら、やけ気味に箒を動かすラティ。

 ラティ可愛い! と盛り上がるアーティア。

 このまま無限ループに巻き込まれては面倒だ。

 アリスは二人を無視して箒を動かし、


「あら?」


 意外な抵抗にぶつかった。

 一か所、机の陰に、こんもりと綿毛が山となって固まっている。

 綿毛の山を崩そうと箒で突っつくと、突如、中から人が出てきた!


「おウ! まさカ! たかがぬいぐるみ錬金程度で!

 このようナだめーじヲ受けルとハ、予想外でしタ!」

「あー! この人ですわ! クシュン!

 この間の! クシュン!

 怪しい留学生! クシュン!」

「おウ! 私ハ、怪しくなんてありませンでスまスよ?」


 ラティの絶叫とともに立ち上がったのは、隣国の民族衣装に制服の上着を羽織った男子生徒。なるほど、見るからに怪しい。呪具の一つくらいは持ち歩いていそうだ。


「あのぬいぐるみ! クシュン!

 どういうつもりですの! クシュン!」

「どウとは? なにかあったのでスか?」

「アナタねぇ……! クシュン!」


 可愛いくしゃみに遮られながらも、怪しい生徒をにらみつけるラティ。

 だが、睨みつける以上の事とは出来ない。


「うふふフ……まさか中身に何かあったのですカ?

 私は知りまんヨ? 仮にあったラ、衛兵につかまっテ、あることないこと聞かれテ、大変な目にあいまスでスヨ? イヤハや、上級貴族は大変ですネ?」


 怪しい留学生はあざけるように笑うと、では、と去っていく。


 手を握りしめるラティ。

 今にも掴みかからんばかりのアーティア。

 アリスはそれを押さえようとし、


「ぐハ!?」


 その前に、怪しい留学生が倒れた。

 足元には、書店の棚に飾ってあるはずの、ツギハギだらけのぬいぐるみ!

 そのぬいぐるみが、怪しい留学生の足を引っ張っている!

 ぬいぐるみはそのまま自らの頭を外すと、空洞の胴の中に、怪しい留学生を詰め込み始めた!


「ナ、ナぁんですかぁぁァァァァァア!」


 小さな身体へ、怪しい生徒を吸い込んでいくぬいぐるみ。

 やがて全身を飲み込むと、頭をかぶりなおし、アリス達に向き直る。

 そして、錬金術教諭と全く同じ声で話し始めた。


「この度ハ、我が国の生徒がご迷惑をおかけしましたタ。

 なじみの書店で弟子が持ち出したぬいぐるみを見かけたときはどうしようと思いましたガ、あなた方のおかげでうまく罠にひっかけることができましタ。

 この場を借りてお礼申し上げまス。書店の老夫妻にハ、ささやかながらお礼を渡すようお願いしましたのデ、ぜひ受け取ってくださイ。

 なお、急な錬金となった関係上、術式が非常に不安定でなメ、メッセージ後、ぬいぐるみは自動消去されまス!

 ――それでは皆様、ご一緒に!」


 二 回 も 爆 発 オ チ で 締 め る ん じ ゃ な い !


 自爆!

 閃 光 !

 大 爆 発 !


 後には、ぐちゃぐちゃになった教室!


 アリスの目は死んだ!

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