ぐちゃぐちゃの家

目々

Mayhem

 雅紀まさのりさんが会いたがってるってことで、手土産持って行かされたんですよ。バス乗って三十分、歩いて十五分はかかるんで、ダルいっちゃダルかったですね。


 何がって従兄ですし、先輩のリクエスト通りの話です。俺が休みに何やってたか、っての聞いたじゃないですか。そのアンサーですよ。雑談ですけど。

 従兄なんですよ雅紀さん。都会の大学に行ってたんですけど、春休みに地元こっちに戻ってきたんです。伯母さん父の姉なんで、細かいことは聞かされてたかもしれませんけど、俺は全然。いるって聞いてはいても、会いませんでしたしね。近所のスーパーとか本屋でも、全然。


 それが急に会いたい話がしたいって連絡寄越してきたらしくて、そのご指名が俺だったんですよ。


 別にね、そんなに仲悪くはなかったんで……年一くらいで会ってはいましたしね、帰省のときとか、いっつも都会のなんかいい感じのお菓子買ってきてくれて。俺用にもちゃんと用意してくれるんですよね。好きだって言った雷おこしを、毎年。

 ガキの頃から付き合いあったんで、そういうの覚えててくれたんですよ。律義っていうか、いい人なんです。多分。法事のときとか墓参りとか実家帰りとか、そういう親戚の集まりでよく遊んでくれましたしね。兄ちゃん、みたいな呼び方もしてました。この年になってからは、流石に控えてましたけど。


 で、電車乗って道歩いて家着いてインターホン押して、玄関開くじゃないですか。


 出迎えてくれたの、雅紀さん本人でした。来てくれてありがとう久しぶり、両親今いないけどとりあえず上がってくれ──って、歓迎のあいさつをね、くれたわけです。こっちを見て笑いながら。切れ長の目がきゅうって細くなって。

 ああ昔と変わんないなって、思ったんですけど。引っかかったんですよ。

 でっかいマスクしてたんですよね。雅紀さん。顔の半分、鼻の半分くらいまで覆うようなやつ。

 風邪でも引いたのか、って聞いたんですよ。もしそうならすぐ帰った方がいいじゃないですか。お呼ばれしといてあれですけど、風邪引きに相手させるのも悪いし。うつるし。


「風邪じゃないよ」


 雅紀さん、それだけ言ってにこにこしてるんです。

 じゃあまあいいかなって思いました。花粉症かなとも思いましたし。そんとき丁度花粉がひどい時期だったんですよ。だから俺が来る前に換気したら急にひどいことなったのかな、とか。要は納得したんです。別にどうでもよかったし。


 で、上がり込んだんです。手土産仏壇に上げて、それから居間兼客間に連れてかれました。


***


「ぐちゃぐちゃの家に行ってきたんだ」


 居間通されて菓子出されてコーラ注いでもらって、そんでその第一声ですからね。満を持して客に、夏ぶりに会う従弟にいうことじゃないでしょう。意味不明ですもん。

 あれかな、ゴミ屋敷かなんかの清掃バイトでもやったのかなって。そう聞いたら雅紀さん、首を振ってから答えてくれました。


「みんな生きて帰ってはこれたんだよ」


 言った後、雅紀さんが目をばって開けて俺の方見るんですよね。

 びっくりするじゃないですか。ただでさえ言われてびっくりしてんのに、言ったやつにそんな顔されたらもっと困る。

 雅紀さん、すぐその辺も気付いたみたいでした。


「ごめんな。順番間違えた。場所の説明からするよ」


 ぐちゃぐちゃの家っていうのは、通称だそうで。普通の一軒家なんですけど、その──曰くがあったんですね。

 元々は普通の一軒家で、普通の家族が住んでたんだそうです。父親と母親、子供が一人。そういう、普通の家だったんだそうです。

 その子供があんまりよくない死に方をして、親もちょっとおかしくなった。色々奇行とか問題とか騒動とかそういうのが一通りあって、両親も結局死んで。

 近所の人もあれこれで関わらないようにしてたから、発見が遅れた。

 通報とか苦情とかで警察が踏み込んだらぐちゃぐちゃの部屋の中でぐちゃぐちゃの両親の死体があった、みたいな話がある場所。


 心霊スポットなんだそうです。一言でまとめると。


 そこにね、行ったんだそうです。

 なんでそんなことしたんですかって聞いたら、友達との付き合いでみたいなことをもごもご言ってました。付き合いでそういうことするんだ、とはちょっと思いましたけど。でもよく考えたら雅紀さん、俺と法事の間に本堂抜けて墓場で遊んでたりしましたからね。普段行ったら駄目だって言われてる区画まで競走したり。ノリがいいっていうか、そういうこと勢いでやっちゃう人だったなって納得しました。


「友達と先輩と後輩、俺も入れて三人。わくわくして行ってきたんだけど……まあ、すごかったんだよ。めちゃくちゃ普通の感想だけど」


 壊れたまま板も張られていない裏口から入り込んで、噂の通りに居間に行った。そこで両親も、もしかしたら子供も死んだって話だったそうですから。

 居間の中、ぐちゃぐちゃだったそうです。


「死体とかそういうのがあるわけじゃないんだよ。当たり前だけど、そういうもんは片付いてるだろうしね。そもそもが大昔の話らしいから。OBさんが知ってたから、昭和とかかもしんないし」


 端的に言って荒れてたんだそうです。

 ゴミとか家具とか家電とか色んなもんが床に転がってる、壁も落書きや壁紙どころかへこんだりヒビ入ったりしてて、凄まじい状況だったと。


「自然に荒れたって感じじゃ全然なかったな。もうとにかく──何もかもだめにしてやる、そんな印象だった」


 一番怖かったの、靴だったそうです。

 台所のカウンター。そこのスペースもCDケースの残骸とかスティックのりとかがばら撒かれてた。

 その上を踏みつけるように靴が置いてあったと。パンプス、長靴、革靴、スニーカー。色んな種類の靴が、ちょうど一家庭分くらい。

 スニーカー、小さかったそうです。子供用の靴なんだろうなって分かるくらいに。


「それ見て、あ、だめだなここって思ったんだよ。長居しちゃいけないっていうか、いちゃいけないとこなんだって、俺だけじゃなくて全員が思った」


 もう、無言だったそうです。黙って、でも走ったりとかそういうことはせずに、とにかく何事もなく満足して帰りました! みたいにゆっくり歩いて、また裏口から家を出たそうです。


「道路出てから、走ったよね。俺も先輩も、一言も喋らずに走り出した。女の子いたら多分置いてったと思うよ」


 とにかくあそこから離れたかったんだと、雅紀さんはそう言ってました。


「そうやってとにかく走って、当たり前だけど誰もそのまま家なんて帰りたくなかったから朝までやってるファミレスで時間潰して。日が出てから、じゃあまた今度なってとにかく何でもないような感じでみなと別れたよ」


 それが夏の終わりの頃だったそうです。


 で、話は続くんです。

 雅紀さん、マスクをかさぶたでも掻きむしるみたいに擦ってから、話してくれました。


「で──そう、みんな無事には帰れたんだよね。でも、そこまでだった」


 肝試しに行った、あの夜の面子。全員、だめになっていったそうです。


「同い年のやつは後期も同じ講義取ってたんだけど、そこにも顔出さなくなっちゃって。そいつの彼女から聞いたら、どうもお姉さんがおかしくなったかなんかで警察のお世話になり損ねたり事故ったりして一家離散? みたいなことになって、謝罪のメッセージが来たきり連絡取れてないって」

「後輩は、事故。死んではないんだけど、死んだ方がマシみたいなことになっちゃってさ。『こんなんなっちゃいましたw』ってホヤの詰め合わせみたいな写真がきて、それきり。スタンプ送ると既読はつくから、生きてはいると思う」

「先輩は自殺未遂、みたいなの繰り返すようになっちゃって。律義にその度に写真送ってくるんですけど、ケロイドっていうのかね? 手首がもうぐちゃぐちゃだった。切ったところもそれ以外も分かんない、みたいな」


 そうやってみんなだめになったよって、雅紀さん目を細めるんです。話はこれでおしまい、みたいな顔して。お前コーラ嫌いだっけとか言って飲み物勧めてくるんですよ。いつもみたいな口調で。

 でも、ほら。

 話の筋からすれば、おかしいじゃないですか。雅紀さんが無事なの。

 だから俺、聞いたんです。雅紀さん──雅兄はなんともなかったのか、って。


 雅紀さん、一度だけゆっくり瞬きをして、マスクに手を掛けました。

 そのまま膚でも剥がすような手つきで、ずるりと。マスク、顎の下まで下がりました。全部、剥き出しになりました。


「お前なら知ってると思うけど、俺八重歯なんてなかったんだよ」


 剥き出しになった口元。

 大きさも並びも不揃いな前歯。獰猛に大きく尖った犬歯。捩じれて、重なった歯の群れ。

 法事を抜け出して遊んだ墓場で見た、打ち捨てられた無縁墓のようにすべてがどうしようもなく崩れている。

 ぐちゃぐちゃの乱杭歯が、部屋に差し込む日射しの具合でやけに光って見えました。


「歯磨きに手間がかかるんだよね。やっぱさ、歯って大事だから」


 そう言って笑みの形に歪めた唇、その端から隠れ切らない犬歯が覗いているのを見て、思いました。

 やっぱりだめだったんだな、って。多分、もうすぐにどうしようもなくぐちゃぐちゃになるんだろうなって、思ってます。

 悲しいですけどね、恐ろしいですけどね、だけど、下手すれば巻き添えになるかもしれないですし。でも俺雅兄のこと──はい。


 どうしようもないんですよね、きっと。だめなんですよ。そういうの。

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