カワイイ言い間違い

真野てん

第1話

【彼氏目線】


 付き合い始めて三ヶ月。

 我ながら慎重にことを運んできたと思う。

 これもすべて彼女を大事に思わんがため。決して自分がヘタレなのを誤魔化すためではない。


「終電……なくなっちゃったね」


 伏し目がちに彼女がそう言った。


「そ、そうだねっ」


 油断すると上擦りそうな声を何とか抑えてぼくはそう答えた。


「泊まってっちゃおうかな」


 火照った頬にグラスを当てて、照れくさそうに笑う。

 なんてカワイイんだろう。


「……いいの?」


 ぼくはさりげない(ここ何週間もイメトレしてきた)仕草で、彼女の手から預かったグラスをテーブルへとそっと置き、冷え切ったモミジのような手を握りしめる。

 反対側の手では彼女の肩を抱いて、そのまま後ろへとロマンチックに倒れ込んだ。


「わたしすごく酔ってるみたい……ねえ、こんなときにしか言えないから――」


 フェロモンMAX。

 潤んだ瞳で彼女は言った。


「わたしのこと、ぐちゃぐちゃにして」






 え、


 あの、えと、聞き間違いかな?

 こういうときって普通「めちゃくちゃにして」とかじゃないかな?


 いやしかし聞き直すのもちょっとスマートじゃないし「めちゃくちゃ」だろうと「ぐちゃぐちゃ」だろうと、これからすること一緒っちゃ一緒だし、むしろ語感的に余計エロいっていうか生々しいというか、もうジーパンがすでにパンパンだし。


 つかそうこうしているうちに彼女も目ぇつぶっちゃってるし、このまま変な間が空いちゃうのも気まずいから何も考えずにチューだチュー。



 ……。


 …………。


 ………………。


 やっぱ気になるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。

 なにぐちゃぐちゃってぇぇぇぇぇ!




【彼女目線】


 ミスったあああああああああ!


 いっちばん肝心なとこでバチクソしくったあああ!


 なによ「ぐちゃぐちゃにして」って。言い間違いにもほどがあんでしょうが!

 彼も混乱して動き止まってんじゃん!


 ほら、がんばって!

 わたし目ぇつむってるからガっときて!

 いますぐ無かったことにして!


 あ、あ、あ、意外と強引!

 そんなはじめてのキスからそんな、ぐっちゃぐっちゃに……って、ハッ!


 わたしの言ったことちゃんと聞いてくれてるぅ。いいひとぉ。やっぱ好きぃ。



(おしまい/なんかすまんかった)

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