作家志望の神頼み

筋肉痛

本編


 創作の神が祀られているという神社の本殿の前で俺は目を瞑り手を合わせ、深く強く念じた。

 俺の計画妄想では既に書籍化は2冊はされているはず。だが、現実はどうだ。小説投稿サイトのランキング200以内に入れてもいない。何故だ、俺の小説はランキング上位の作品より絶対に面白い。読まれされ!読まれされすれば必ず認められるはずだ。だから、神よ。既に持っている天賦の才を更にくれと贅沢は言わない。俺の小説が多くの人に読まれるようにしてくれだけで良い。それだけでいい。たったそれだけでいいんだ!ここまで真剣に神に祈るのは初めてで今後もないだろう。まさしく一生に一度のお願い。賽銭もなけなしの財産から1,000円を奮発した。だから頼むよ、神様!!


「さっきから、ぐちゃぐちゃうるさい」


 その声に目を開けると白い髭を地面につくぐらいまで伸ばしたいかにも神様然と老人が目の前には立っていた。


「か、かみさま!?」


「そうだ、人の子よ。ここでは邪魔になる。向こうで話聞いてやるからおいで」


 確かに俺の後ろには参拝客が数人列を成している。こんな異常事態にも、ただ漫然と待っているだけだ。この神様、俺にしか見えていない。いよいよ本物だ。

 神に連れられて神社の隅に設置された石造りのベンチ座る。


「小説書いてるのか?」


「はい!その小説、みんなに読まれるようにできますよね!神ですもんね」


 神は大笑いした後答える。


「そりゃ無理じゃ」


 俺が問い詰めると神は説明した。

 よく勘違いされるが神は万能では無い。そもそもこの国には八百万やおよろずの神がいて、全員にそんな力があったらとっくに国が崩壊してると言う話だ。してやれることはアドバイスぐらいだ、と。


「では、どうすれば?」


「簡単じゃ。多くの人が読みたいモノを徹底的に調査して書けば良い。今風に言うとマーケチングじゃ」


 俺はその答えに失望した。ティの発音がチになってダサかったからではない。そんなもの、どこのハウツーにも書いてあることだ。俺はハウツーを当然読み漁っている。そして、それらに思うことを神にぶつけた。


「そんなの、労働と同じゃないですか!俺は小説を書くことしかしたくないんです」


「何を怒っている?同じに決まっているじゃろう。ちなみに小説を書くのだって作家にとっては労働じゃ」

「へ?」


 俺と神は考えていることこそ違えど、キョトンと同じ表情をしていた。

 見兼ねた神は諭すように話し始めた。


「パン屋は対価を得るために、人が食べたいと思う美味しいパンを作る、利益が出る且つ顧客が購入しやすい価格を考える、美味しそうに見えるディスプレイを工夫するなどの労働をするじゃろう。お主、商業作家になりたいのじゃろう?じゃあ、小説を書いたり、小説が売れるために努力するのは対価を得るための労働といえるじゃろうが。お主、物書きなのにそんなことも分からんわけじゃあるまい」


 ハンマーで頭を殴られた気がした。


「いや、理屈は……分かる」


 かろうじて、声を絞り出したが気持ちがついていかない。小説を書くことは何か特別な尊いことだと思っていた。それを仕事とする作家になることができれば自分は尊い存在になれると思っていた。普通に働く人々とは異なる高次元の存在になれる、と。


「あーそれに、お主のようなタイプで多いのは作家を神格化しすぎという点も注意じゃぞ。確かに多くの人を楽しませる素晴らしい職業ではあるが、特別偉いわけじゃ無いからの。職業に貴賎無しじゃ。働く人々は皆尊い。作家だって、本を作り出す様々な人々が居ないと何もできないだろう?おっワシ、今良いこと言ってる!?」


 図星をつかれて黙り込む俺に神は畳み掛ける。


「あと、お主のために言っておくと出版業界は斜陽産業じゃ。作家になっても苦労する可能性は高いの。頑張るのじゃぞ」


 それは昨今良く言われている事で承知していた。ただ俺の才能があれば、そんなこと問題ないと今までは思っていたが、すでにそう思えなくなってきた。優れた小説を書くだけでは乗り越えられない壁があるのだ。

 完全に目標を見失った俺は項垂れるしかなかった。


「そもそも、人の子よ。お主は何のために物語を書いているんだ?本当に労働としたいのか?」


 先ほどまでなら作家になるためと即答していただろう。今は……分からない。だが!


「分からなくなった……。それでも、書きたいものはあるんだ!」


「じゃあ、書け続ければ良い。お主の作品はきっと面白かろう」


 神は優しげに微笑んだ。


「神もそう思うのか!?」


「少なくともお主はそう思うのじゃろう。では、面白いで良い。天上天下唯我独尊じゃ」


 そんな無責任な。それに、それは仏の言葉じゃなかったか?

 ……でも、まあ今はそれでいい。俺は書きたいように書く。十分だ。


「あっちなみにさっきから、カミカミうるさいが、ワシは各務かかみじゃ。最初、お主もそう呼んだじゃろう」


「え!?人間なの?神じゃなくて?俺が小説書いてる事、何も聞かずに当てたじゃん」


「一度も神とは言うとらん。お主、気持ちがこもり過ぎて願い事を口に出していたぞ。それより、相談料じゃ。一杯奢れ」


 いろいろと言いたい事はあったが、ぐちゃぐちゃだった頭の中が妙にスッキリしたのは確かだ。一杯くらい奢ってもいいかもしれない。


 後日、確認したらあの各務とかいう老人は悩める作家志望の若人から奢られる事を生業としたプロの奢られヤーらしい。

 ……職業に貴賎無しとは言え、家族に堂々と話せる仕事には就こうと俺は強く決心した。

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