ぐちゃぐちゃの想い

藤泉都理

ぐちゃぐちゃの想い




 いつものように、朝。

 ベッドの上で髪の毛をブラシで梳かしていた時だった。

 どうしてこんなにぐちゃぐちゃしているのよと悪態をつきながら、ブラシに絡みついている緑色の髪の毛を取ろうとした。ら。

 銀色とも純白とも言える鳥の羽みたいなものもブラシに絡みついていたのだ。


 え、なに、昨日鳥の巣の中にでも紛れ込んだっけ。それとも鳥に襲来でもされたっけ。

 思い出そうとしても思い出せず。

 ずっしり背中に重みが増しているのは、恐怖の出来事に遭遇したから。

 ではなかった。


 視界の両端に見えるのだ。

 銀色とも純白とも言える翼の一部が。


 いや。

 いやいやいやいや。

 起きたら、鳥人間になっていましたとかないない。

 手とか脚とか胴体とか人間のままだし。

 顔。

 顔は触った限り、つるつるしているし。

 え、でも、まさか、毛なしの鳥顔に、なっている、とか。


 現実を見たくはないが、人に会う前に確認しとかないと。

 恐る恐る鏡台に近づいて、布をめくって、鏡で自分の姿を見ると。


 顔はいつもの自分で、けれど、服を突き破って、背中から、生えてい、た、羽の集合体は、まるで天使の翼みたいで。


 認識した途端、急激に襲いかかって来たのは、激しい頭痛、と。

 前世の記憶。


 天使でありながら、現世を彷徨う魂だった人間の彼に恋をして。

 猛アタックをして、見事恋を実らせて、上司に賄賂を渡して、彼を天使にして、仲睦まじく暮らしていたけれど、不正がばれて。

 引き裂かれる絶望に耐えられなくなって、堕天使となって、地下深くに追放。






「されたはずなのにどうして」


 思い出せない。

 彼と最後に会ったのはいつか。

 どんな場面だったのか。

 どんな言葉を交わしたのか。

 どんな表情をしていたのか。


「なにも、思い、出せない」


 現世と前世の記憶が綯交ぜになって、ぐちゃぐちゃだった。






「お~い。いつまで寝てんだ。遅刻する………って。何で、泣いてんだ?」

「え?何でだろう」


 わからない。

 なぜ、鏡台の前で泣いていたのか。

 身体が引き千切られるくらいに絶望を抱いていたはずなのに。


「何でだろう?」

「そんなの俺にわかるわけないだろう。ほら。さっさと。用意しろよ」


 兄に時計を指さされて、飛び跳ねてしまった。


「遅刻!」

「早くしろ」

「うん!」




 私は知らなかった。

 天使の翼をなくしたのも、破れていたはずの背中の服は元通りにしたのも、記憶を消したのもすべて。


 兄がしたことだなんて、なにも。







「こんな想いを持っているのは、俺だけでいい」




 そう、兄が呟いたことも。











(2023.3.6)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぐちゃぐちゃの想い 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ