九十九神御一行の……

香居

深夜、一本の電話がかかってきた。


 黒電話のジリジリと鳴き喚く音が、耳の奥まで突き刺さってくる。

 篠宮は目を閉じたまま眉間にシワを寄せ、布団から手を出した。ふらふらと幽霊のようにさまよわせ、頭の上にある黒電話を探し当てた。緩慢な動作で受話器を取り、耳に当て──


「あっ! センパイ!? ボクです!」


 つながるや否や、矢継ぎ早に話し始める南方みなかた

 電話を取るまで誰からの着信かわからない。それがこんなに不快なことだと、篠宮は初めて知った。寝入り端を叩き起こされた憤りを声で伝えようとするが、口は覚醒しようとしない。動け、と脳から命令を出し、無理矢理動かした。


「……何の用……?」


 唸るような声は、無事に届いたらしい。


「えっ、あの、助けて欲しくて……」


 うろたえる南方。


「……緊急……?」

「はい!」


 南方の声の調子から、本当に切羽詰まっている様子は感じられなかった。だが万が一ということがある。


「……手早く話して……」


 今すぐ出動なら、この体にもうひと踏ん張りしてもらわなければならない。


「はい、あの──」


 南方の説明を聞いた数分後。


「……あのさぁ……」


 篠宮は怒りと呆れで眠気を吹き飛ばしてしまった。せっかく3日ぶりの睡眠だったのに。それがさらに、怒りに拍車をかける。


「『緊急』って言ったよね、南方?」

「はい! 緊急です!」

「今、何月だっけ?」

「3月です!」

「次のうまの日は何日後?」

「えっとぉ……」

「暦、見なさいよ」

「あっ、ハイ!」


 ドタバタと部屋を駆け回る音と、ガサガサと探す音がする。


(……ネズミか)


 篠宮は心の中でツッコんだ。

 待つこと数分。


「お待たせしました!」

「本当にね」

「は、はい?」

「次の午の日は何日後?」


 南方の戸惑いを無視し、もう一度問いかけた。


「4日後です!」


(……返事は良いんだよなぁ……)


 研修時代も、やる気と返事だけは高評価だったことを思い出し、ため息が深くなった。


「4日後の案件だよね。なら、電話は明日の昼でもよかったんじゃないの?」

「あっ……!」


 今気づきました、みたいな反応をする南方。本当に気づかなかったのだろう。


「私、3日ぶりなんだわ。寝るの」

「えっ!? あっ、そうか。センパイ、忙しいですもんね」

「さっき、ようやく布団に入ったところなんだわ」

「えっ、あっ、すいません!」


 南方の謝罪は受け取らない。喉元過ぎれば……の男だから。


「……3倍ね」

「はいっ!?」

「だから、上乗せ、3倍ね」

「さんっ──」


 絶句する南方を放置し、本局への申請を済ませておくよう言い聞かせると、


「……じゃ、当日に」


 と電話を切った。

 放心状態でどこまで聞いていたかは知らないが、当日までには何とか処理するだろう。



 ──迎えた当日、草木も眠る丑三つ時。

 春先とはいえ、深夜は底冷えする。


「……4倍にしてやればよかったかな」


 篠宮は得物あいぼうの感触を確かめつつ、舌打ちした。


「それはあんまりです〜」


 南方が半歩後ろで泣き言を言っている。


「さすがにそれは通りませんよ〜」

「わかってるよ。気分的な問題」


 個人支局なら多少融通がきくかもしれないが、画一化されている全国組織の頂点である本局は無理だろう。今回認められた〝3倍の報酬〟も、篠宮の実績と実力で審査をゴリ押ししたようなものだからだ。


(……その分、こっちで発散するさ)


 篠宮は得物ムチを地面に打ちつけた。


 ──パァン! 


 澄んだ音が辺りに響き渡る。南方の小さな悲鳴が聞こえた気がするが、音だけでビビるのはやめて欲しい。というか、いいかげん慣れろ。

 ともかく、ムチの音が合図となったかのように、賑やかな音が遠くから聞こえてきた。


 お祭りのお囃子のような音楽に合わせ、行列が踊るようにやって来た。というか本当に踊っている。南方の報告のとおりだった。


「……はぁ……」


 〝九十九神御一行の夜行〟は、何百年も続く由緒正しき厳かな行列だ。間違っても、こんなどんちゃん騒ぎに限りなく近いものではない。


(……あの大群に陰気を振り撒かれるよりマシ……かねぇ……)


 篠宮は良い面を見つけようとしたが、自身を納得させるには説得力に欠ける気がした。


「あれっ、あれです、センパイ!」


 南方が御一行を指差し、3ヶ月も粘ったが全く話を聞いてくれなかったと訴えてくる。


「わかった。騒ぐな、南方」


 篠宮は言葉少なに諌めた。少なくとも〝見習い〟の立ち場である南方が『あれ』呼ばわりしていい御一行ではない。

 目を凝らすと、先頭から何列目かに茶釜狸を発見した。自身の茶釜を楽器の如くばちで叩き、陽気に音頭を取っている。


「南方」

「はいっ!」

「茶釜狸が行列に加わってるって報告がなかったけど」

「へっ?」


 南方のきょとん顔で、篠宮はやっぱりな……と内心ため息をついた。大方いつものように、行列の外から、


『聞いてくださ〜い! ボクの話を聞いてくださ〜い!』


 と叫ぶのが精一杯で、変わったところがあることなど気づきもしなかったのだろう。


「茶釜狸って、九十九神でしたっけ?」


 頭の上にハテナマークを浮かべる南方に、篠宮の頭が痛くなってくる。


(……研修からやり直しか……?)


 上司に進言すべきか一瞬悩んだが、その場合担当教官は前回同様篠宮になるだろう。だが今は、自身の抱える案件だけで手一杯だ。ただでさえ、今回のようにしょっちゅう尻ぬぐいのような真似をさせられるのだ。再び担当教官になどなったら、それが四六時中になる。


(……冗談じゃない……)


 なぜあの時、南方の担当教官を引き受けてしまったのか……過去に戻れるのなら、断固として拒否するのに。人手不足解消の一端になるなら……と安易に考えた自身を恨みたい。


(……っと、今はそんなことを考えてる場合じゃないな……)


 お祭り騒ぎの御一行は、だんだんと近づいてくる。どの九十九神も、いつもの行列の時とは違い、満面の笑みを浮かべている。


(……娯楽、以前に品格が求められるもんなぁ……)


 ただの物であった彼らが九十九神へと昇格するのは誉れだっただろう。だが〝九十九神御一行の夜行〟は〝厳か〟で〝由緒正しきもの〟でなければならない。それが何百年も続く慣習だからだ。

 彼らは生きている。元々、思いが強いからこそ九十九神になったのだ。彼らにとって感情が揺さぶられることこそが、喜びであり生きている証なのかもしれない。


(……得物これは必要ないかもね……)


 篠宮は短いため息をつき、腰のポーチに得物をしまった。


(……さて……)


 楽しい時間に水を差すような真似はしたくないが、通報を受けたからには対処しなければならない。


(……仕方ないな……)


 行列の先頭、天の岩戸の大岩に念話を送る。


『……大岩殿、すまないね……』


 大岩はピクリとし、篠宮のほうを向いた。


「おぉ! 篠宮の!」


 その大声は、おそらく最後尾まで届いただろう。


「姐さんか……?」


 お囃子がピタリと止み、皆が、姐さんだ、姐さんだとささめき始めた。


「篠宮の! 直に声をかければよかろうに!」


 大声が、だんだんと近づいてくる。


「皆が楽しそうだったんでね。中断させるのも悪いと思ったのさ」


 言葉にしたのも本音だ。だが御一行の首領で、地声が大きい大岩に念話を送れば行列は止まるだろう、とも考えた。

 結果的に、声をかけたのは大岩から・・という形になり、篠宮が無理矢理黙らせたのではない構図が出来上がった。自分たちの首領が自ら止まったことに、不満を抱くものはいないだろう。


「少しだけ話を聞きたいんだよ。世の中には煩い輩がいてねぇ」


 篠宮が肩をすくめてみせると、大岩は鷹揚に頷いた。


「いつか、どこかから来るんじゃないかとは思っていた! だが連中も儂も、悪いことをしたとは思っておらん!」

「あぁ、そうだね。皆の顔がイキイキとしていた。楽しそうなのが伝わってきたよ」

「そうか! やはりお主は、話がわかる!」


 ガッハッハと笑う大岩に、不安の色を見せていた者たちも緊張をほぐしたようだ。


「ただねぇ……〝由緒正しき夜行〟だろう? このままだと、また投書が来ると思うんだよね」

「ふむ……」


 大岩は腕を組む。


「このまま終わらせて、連中が納得すると思うか!?」

「いや。一度知ってしまった楽しさは、そうそう忘れられるものじゃないだろう」

「その通りだ!」


 大岩の力強い頷きに、皆もうんうんと同意する。


「そこで提案なんだが」


 篠宮は顔の横で人差し指を点てた。

 現在使われていない広場がある。普段はそこで踊ったりしてはどうか。そして、月に数回の夜行は格式どおりにこなす……


「どうだろうか。九十九神夜行の品格は保たれるし、皆も生活にメリハリができて良いのでは?」

「ふむ……」


 大岩は思案する。それから間もなく、一行を振り返った。篠宮の提案を大声で伝える。


「儂は提案を飲もうと思うが、皆はどうじゃ!?」


 首領が認めたことに否やを唱える者はいない。それが彼らの掟だからだ。

 うんうんと頷く彼らを確認した篠宮は、次いで茶釜狸に声をかけた。


「悪いけど、明日にでも話を聞かせてもらえるかねぇ」

「えっ? 今夜じゃなくていいんです?」


 真ん丸な狸の目が、さらに丸くなった。


「今夜の夜行は、まだ終わりじゃないだろう? せっかくなら終着地まで楽しんできな」

「姐さん! あんた、話がわかるお人だねぇ!」


 間違いなく、明日話に行きますよ、と言質を取ったところで、今夜の仕事はおしまいにしていいだろう。

 話に来る狸に広場の使用許可証を渡しておくよ、と告げたのは念のためだ。

 彼らは大手を振って娯楽を堪能できる。彼らが思う存分踏み固めることで、本局に投書が来ていた広場の雑草問題も解決できる。一石二鳥だろう。

 

 笑顔で陽気に去っていく御一行を見送り、篠宮は帰ろうとした。


「えっ? あの、止めなくていいんですか?」


 今頃とんちんかんな発言をかましてくる南方に、得物を振り下ろさなかった自身を褒めたいと思う篠宮だった。


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