わたしのねがいごと

牧村 美波

第1話

風花は授業参観を楽しみにしていた。

体の弱い妹ばかりを優先する母だけど、この時間だけはわたしを見てくれるのだ。

わたしだけを。


授業が始まって後ろをチラッと見る。

まだいない。

少しくらいは遅れてくるかもしれない。


クラスのみんなが順番に自分の書いた作文を読んでいく。

その度に廊下や後ろに立っているみんなのお母さん達がざわざわしたり、笑ったり、照れくさそうにしていて、風花もドキドキわくわくしてくる。


うちのお母さんもオシャレしてくるかな?

お化粧してくるかな?


もうすぐ私の番だ。

いない。


読み上げてから後ろを振り返ってみる。

いない。


授業が終わるまであと10分。


いない。

いない。

いない。

いない。


…母はこなかった。

授業が終わると自分のお母さんと話しはじめる友だち達がうらやましかった。


なんでお父さんが来たの?お母さんがよかった!って怒ってる子もいたけど、来るだけいいじゃないと思った。


下校中は、とぼとぼと歩きながら自分なりに納得のいく理由を考えた。

たぶん、妹がまた熱を出したんだ。

それなら仕方ないよね。

妹はまだ小さいんだもん。

守ってあげないとかわいそうだよ。


「わたしはかわいそうじゃないのかなぁ。」

ちょっとぼやいてみたりもした。


でも、わたしはお姉ちゃんだ。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん。」

呪文のようにつぶやいて風花は玄関のドアを開けた。


そこには、いつもよりずっとオシャレでお化粧をした母とランドセルを背負った妹のミユが立っていた。



「え?あれ?お母さんもしかして観に来てくれてた?」

ほんの一瞬、風花はうれしくなった。


「私の作文どうだった?」

「何が?」


母親のキョトンとした顔に風花の心は重い何かに殴られたようなズシンとした痛みがした。


「授業参観に行ってないの?」

「ちゃんと行ったよ。ミユは算数だったよ。」

「わたしは?わたしのは?」

「なんで?」


母親がまたキョトンとする。

まるで遠い国の人と話をしているみたいだ。


「わたしも授業参観だったよ。忘れてた?」

「知ってたけど、行く必要ある?」


行く必要ある?

この言葉に風花はショックを受けた。


「あるよ。昨日も朝も行ったじゃん!作文を読むから来てね!って言ったじゃん!ちゃんと行ったって何?行ってないじゃん!ミユは元気だったんでしょ!ちょっと来てくれればいいのに。2年生の教室から上の階に行けばすぐでしょ!わたしも一緒に帰りたかった!」


母親に言いたいことをぶつけているうちに涙も出てきた。

「ミユはいつ具合が悪くなるか分からないし、風花はひとりで帰れるでしょ?」


はぁと一息ついて母親が風花に片手を差し出す。


「作文ならお家で読めるじゃない。ほら、読むから見せて。」

風花はランドセルをおろして作文を取り出すと、ビリビリと破り捨てて玄関から飛び出した。


「もういい!ミユだけ大事にすれば!」


泣きながら走って、走って、ふと気がついたら一度も来たことがない公園に来ていた。


「おじょうさん、どうしたの?」

優しそうなおばあさんが話しかけてきた。


知らない人だけど誰かに聞いて欲しくなって今日のことを全部話した。


「そう、それじゃあ、このぬいぐるみをあげようかね。」

「黒い…うさぎ?」

「これはね、なんでもひとつだけ願いを叶えてくれるぬいぐるみだよ。」

「だまされたと思ってお願いごとをいってごらん。」


風花は言われるままに願ってみた。

どうせ叶うわけないし。


「ミユなんていなくなっちゃえ!」


すると大きく風が吹いたかと思うとおばあさんは、風花に渡したはずのぬいぐるみを抱えていた。


「聞こえるかい?この中にミユちゃんの魂を詰めこんでアタシが連れて行くことにするよ。」


ぬいぐるみから確かにミユの声が聞こえた。

おねーちゃーん!助けてって。


「え?なんで?どういうこと?」

「このぬいぐるみはキライな人間を消してくれるぬいぐるみなのよ。」

「別にキライじゃないよ。ウソウソ!今のナシ!」


「ごめんなさい!ちょっと寂しかっただけなの!ごめんなさい!私が!私が変わるからミユは返して!ごめんなさい!」


うさぎのぬいぐるみを抱きしめながら叫ぶと風花は気を失った。



……気がつくと部屋のベッドで寝ていて、目を覚ますと母が泣いて抱きしめてくれた。


あれは、いったい何だったんだろう。




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