妖怪ぐちゃぐちゃ

井田いづ

第1話

 春一の強い風が吹きつけるある日のこと。

 木戸番小屋で暇そうな男が二人、真剣な顔で墨を刷っていた。木戸番の小太郎と、貧乏長屋に身を置く浪人者の昌良まさよしである。暇つぶしの為、真剣そのものな面持ちで集まるのが彼らの日課であった。


「では、昌良。今日は新たな妖怪を考えるぞ」

「うむ。腕がなるな、小太郎よ」


補足をすると、二人は巷で話題の『百鬼夜行』を読んだばかりであった。存分に影響されて、二人で妖怪画を描こうと言うことになったのである。


「ああ、愛嬌と親しみがあるが、その実日本一おっかねェ奴にしようぜ」

「愛らしさと恐ろしさの二面性か……愛らしいと言えば、猫だな。頭は猫にせぬか」

「おれは犬の方が好きだな」

「妖怪なのだ、頭が二つあってもよかろう」

「じゃ、頭は犬と猫にしよう」


二人は筆を走らせた。


「身体はどうする」

「わからんな。人の体にするか?」

「いっそ女人にするか。こう、艶っぽく」

「白装束の艶っぽい女にしよう」

「そうしよう」


二人は筆を走らせた。


「しかし、不気味ではあるがさして恐ろしくはないな……」


昌良は顎を撫でた。この男が考える時の癖である。小太郎はにやりと笑った。


「なあに、我らの恐ろしいと思うものを詰め込めば良いじゃねェか」

「ううむ、腹が減るのは万人怖いことではないか? 痩せ細った長身の体躯にしよう」

「刃物もおっかねェや。両手に包丁、背中に五十本くらい刀を背負わせるか」

「いっそ火を吐くのはどうだろう。火事は恐ろしいからな」

「確かにおそろしい。猫に火を吹かせて、犬は風を吹かせようぜ」

「おれは骨の多い魚も嫌いだ」

「おれも嫌いだな。魚の骨が腹から生えているのはどうだい」


二人は筆を走らせた。


「しかし、こいつは一体なんの妖怪なんだ?」

「ぐちゃぐちゃと、混ざりすぎてわかんねェな!」


 二人は顔を見合わせて大きく笑うと、さっさと飽きてしまった。今日は囲碁なんかを打っている。

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妖怪ぐちゃぐちゃ 井田いづ @Idacksoy

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