お花のトンネル 🕊️

上月くるを

お花のトンネル 🕊️





 そのむかし、お城の砦があったところから、いまも城山と呼ばれている小高い丘。

 桜の名所でもある城山にのぼるには、市街地から相当な急坂をたどらねばならず。


 トレッキング目的でない人たちは、それぞれの車でヘアピンカーブをのぼります。

 あっという間に頂上の駐車場に着くので、楽といえばこれ以上の楽はないのです。


 けれども、歩いてのぼったことがない市民は、途中のご褒美の恩恵に浴せません。

 それは……左側の古い家からこぼれ咲く山吹の花 & 右側の懸崖に生える枝垂桜。


 夏みかんみたいな黄色の群れ & ほのかな薄紅色がかすかな風に他愛なくゆれる。

 そうです、それはまさに、夢のなかの風景のように美しくて儚いお花のトンネル。




      🌳




 2040年春、そのトンネルにいましも一台のベビーカーがさしかかっています。

 押しているのはブロンドの髪の背の高い人、乗せられているのは黒髪の赤ちゃん。


 海外からこの島国に移住して、すっかり定着していることがよくわかる一対です。

 おとうさん? だとしたら、おかあさんは? 憶測したがる時代は過去のもので。


「国家はなぜ同性婚を認めたがらないのか」つい20年前までは本気でそんな議論がなされていましたが、我欲剥き出しの政治家はこぞって異界へ住民票を移しました。


 なのでいまは、この世に生を享けた人の、どこの国のだれもが、本来のすがたで、ありのままの自分の生命を謳歌し、生きたいように生きられるようになったのです。


 


     🌔



 お花見は昼間だけとは限りませんよ~。

 夜桜や花明りの季語があるとおりでね。


 月が上空にかかるころには、花のトンネルに城山に棲む動物たちがやって来ます。

 きつね、たぬき、さる、りす、ももんが……だっこ、おんぶ、乳母車それぞれで。


 なんか今夜はいやに騒々しいなあと、山吹の家の住人が窓の外を覗いてみました。

 でも、淡い月光に照らされた金色と薄紅の花が咲いているだけ。あ、そ~れっと。




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お花のトンネル 🕊️ 上月くるを @kurutan

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