ちっぽけ勇者

@Project_O

プロローグ(1)





ここは、どこだろう?





待て待て待て、落ち着け僕。

状況を冷静に整理しよう。


うん。


まず、僕は神走勇助。


4月9日生まれ。小学校を卒業して中学生になるはずの12歳。


他人と比べて、頭の回転が速いと思う。


運動は長男に比べればまだまだだけど、一般の同級生になら負けない程だ。


後は、アニメ・ゲームが好き、いや大好きな至って普通の現代っ子だ。


そして今の状況は?


足元には固すぎず柔らかい土。

周囲を見渡せば生い茂る木々、植物。キノコなんかもある。

空気が美味しい。


気持ちがいい程の日差しを木々の枝葉が影を作り心地いい。

つまるところ、山か森の中といった印象かな。


そして目の前には赤い目をし、茶色より少し黒ずんでいる毛に包まれた、ふごふごいってるイノシシ。

好戦的っぽい。しかもこっちをおもむろに見ている。


今にも襲いかかってきそうだ。






なるほど。


これはやばい。


僕が誰に自己紹介をしているわけでもなく冷静に状況を判断し終えるとイノシシが僕の元に襲いかかってきた。


「うわぁぁぁぁ!!!」


逃げなきゃ。とにかく逃げなきゃ!

森の中を一心不乱に逃げる。


生い茂る植物が足に絡もうとしてきて邪魔だ。

しかも中々イノシシは諦めてくれない。


「っ!なんで!!なんで!!」


あんなイノシシに素手で立ち向かおうものなら一瞬で殺される……!


とにかく今は走って逃げるしかない。

が、


「っ!?」


ズサァァァアアア!!


転げ落ち、顔面から思いっきり土にぶつかる。

かけていたメガネは壊れてしまった。

砂ぼこりとともに、僕は足が動かなくなった事に気づく。


足元を見ると植物のツルが足に絡まっていた。


「……っ!そんな……!」


明らかに植物の方から僕の足元へと巻きついていた。

こんな植物、見たことも聞いたこともない。


「い、痛い痛い!」


植物の巻きつきはどんどんと強くなっていく。

加えて、小学生ぐらいの力しかない僕だ。

どんなに力を入れても、足が抜けない。


「あっ……」


そんなことをしていると……。

奴が、とうとう追いついてしまった。

こちらが動けないことを察したのか、歩みはトテトテと遅くなる。


このままではまずい。何か方法は……!

その変にあった棒を振り回す。一瞬だけイノシシの動きがとまる。


ブルルルルルル


これはイノシシの鳴き声……なのか?


ブルゥルルルル、ブルルルル。


まるで走り出す前のスターティングの様に足で砂ぼこりを立てるようにしながらこっちを見ている。


あぁ。

僕はもう死ぬんだ。こいつに殺られるんだ。でも、どうせこんな僕が生きていたって……死んでも……


時間がゆっくりと流れ、走馬灯のようにこれまでの記憶が流れる。






小学校にいたクラスメイトなんかは、アニメやゲームが好きな僕をあまりいい目で見てはくれなかった。


時折陰から聞こえる僕の悪口。


「アイツアニメの女の子が好きなんだってよ、きもちわりー」


「もう中学生にもなるのに……あの趣味はねぇー……」


学校でも、仲間に入れてくれることが少なかった日常。


それでも、僕はアニメ、ゲームをやめられなかった。


物語に出てくる主人公は自分の正義を貫く為に一生懸命だ。憧れる。


また、可愛い女の子たちがでてくるアニメだって、僕を癒してくれる。笑わせてくれる。


こんな素敵なものがいっぱい、いっぱいあるのだ。


でも、現実のみんなの反応は違った。


小学校から中学校に上がってもクラスメイトは被るだろう。


また、どうせ非難されてしまうんだ。






――――やっぱり――――


――――――このまま死んでも……――――






また別の記憶。






そういえば、僕は卒業式を終えて小学校から中学校に入学するまでのなんというか入学前の春休みみたいなもので、家にいたんだ。


いつもであれば夜更かしはしないけど、その日はギャルゲーの最後のヒロインの攻略中だった。そして、寝落ちしていた。


次の日のお昼頃、母親に起こされてどうしてもとおつかいを頼まれた。


頼まれたものを買い終え、スーパーの袋を持って狭い帰り道を歩いていた。


昨日録画しておいた楽しみにしていたアニメの、いよいよ最終回。


寝落ちしてしまったが本当に続きが気になる胸が熱くなるギャルゲーの展開。


そんなことを考えながら楽しみに帰り道を歩いていたはずだったんだ。


そしたら、家に着く前に急に眩暈がして世界が暗転。

意識を失って気づいたらこの森の中だ。






…………。

いや、待て。


そうだ。


僕はまだ彼女達の最後を見届けていない。


ギャルゲのヒロイン、アニメの主人公の結末を。


それなのに、死ぬ?


良いのか?






良い訳、ないっ……!






「うっ、ぐっ、ああああ!!!!!!」


突然の咆哮に、イノシシもまた僕から距離を置く。


「くそっ、この植物は……!!放してよ!!」


未だに植物から抜け出せない。


「このままじゃ……!」


僕の嫌な予感は見事に的中し、

遂にイノシシも僕に向かって勢い良く突進してきた。


「うう……そんな……!!」


ここまで……なのかな……。


ブンッ


僕が諦めかけたそのとき、僕の後ろからイノシシめがけて何かが投げられる。


ブルァァァ!!ブルァァア!!


気づくとイノシシが痛みに悶えていた。

眼鏡が割れたせいでよく見えないけど、あれは……ナイフ!?


サッ


そして後ろから何者かが飛びだし颯爽とイノシシの元に駆け寄り、

腰にさしていた何かを振りかざす。おそらく刃物、剣みたいだ。


ザシュゥッ!


剣はみるみるイノシシの体を刻んでいき、一瞬のブルルルという鳴き声とともにイノシシが倒れつきた。

すると、最後には光の結晶とともにイノシシは姿を消した。


近くには、肉となっているであろうものが落ちていた。

その後、イノシシを倒した人は僕の元に近づいてきた。

白いヒゲ、白い髪の毛をした老人だった。後はよく見えない。


「○ ✕ ▽ □?」


何かを話しかけている様子だが、聞き取れなかった。

だが、助かった事実とともに安心した為か、僕はまた気を失った。




僕が目を覚ますと、ふかふかのクッションが敷かれた木製のベットの上だった。

全体的に丸太、木で作られた建物の中みたい。ログハウスのようだ。

広さは……八畳といったところかな?


そのへんにあるのは生活用品に必要なもの、なのかな。

裸眼で見える限りではタンスや棚なんかもある。


奥にはキッチンのようなものが見えた。

おばあさんが、なにやら特大の鍋を煮ている。


向こうはまだ気づいていないようだ。

意を決して僕は話しかけることとした。


「あのっ!!すみません!!」


「○✕?」


「えっ、今なんて……?」


「○……×?」


また聞き取れない。

すると、おばあさんは僕とは反対方向へと向かって声を上げた。


「〇〇!〇〇!」


なにやら人を呼んでいるのかな……?

すると別室から足音と共に1人のおじいさんが現れた。

白い髭、白い髪の毛。おそらくさっき助けてくれたおじいさんだと思う。


「△△△△!?」


「〇〇× 」


二人が何を言っているのかがまったく分からない。


「えっ、えっと、こういうときは……」


英語だ。あんまり良く分からないけど英語を使うんだ。


「あい、あむ、ろすとちるど!」


たしか、これで迷子……のはず。

通じているだろうか。


おじいさんとおばあさんは不思議そうにこっちを見ている。


うん、通じてない。


「えっと、迷子、迷子なんです!」


駄目だ。全然伝わらない。


するとおじいさんとおばあさんは目を合わせ、少し会話をするとおばあさんは一度離れて杖を持ってきた。

先端がぐるぐると巻かれた木製の、いかにもRPGとかにでてきそうなあんな杖。


「 *ஜ۩۞۩ஜ*」


おばあさんがなにやら唱え始める(?)と周囲に光の記号やらなんやらが書き込まれた魔法陣(?)のようなものが浮き出てきた。

冒険ものアニメとかゲームとかにでてくる、あれ。

そして、おばあさんの詠唱が終わると、僕の方に杖を振り下ろされた。


「ヒッ!」


僕は目をつぶって身構えた。が、何も起こらない。

恐る恐る目を開けるとおばあさんの魔法陣のようなものは消えている。


「これで、わかるかな?」


「えっ!?」


先ほどのおばあさんの声。


「私の言っていることがわかるかな?」


わかる……!わかる……!

言葉が伝わることがこんなにも嬉しい……!


「は、はい!わかります!!」


「よかったよかった」


「ほっほっほっ、さすがじゃの。おばあさんや」


「いえいえ」


おじいさんとおばあさんは嬉しそうにしていた。

仲はとても良さそうだし、悪い人にも見えない。


「そ、それで……ここは、どこですか……?」


「ここか?ここはリリーフだよ」


「リ、リリーフ……?聞いたことないです」


人間に絡みついてくる植物。魔法陣のような存在。RPGに出てくる杖。

聞いたことも無い地名……。


ま、まさか、まさかな。


「ほぅ。おまえさんは、どっから来たんだい?」


そ、そんな、だって、え、いや、だけどそれが一番納得できる。


「日本です……じゃぱん、です」


「日本……?じゃぱん……?」


「聞いたことがないのぅ」


やっ、やっぱり……!?


どうやら僕は、異世界に迷い込んだのではないだろうか。


まるで、冒険もののゲームやアニメの様な世界に!


「ありえるはずが……!?ありえるはず……ない……!?」


そしてまた、僕は気を失った。


おじいさんとおばあさんがなにやら話していたが、

あまりの出来事に僕は返答すらできなかった。





僕がおじいさんに助けられてから、1年が経った。





僕の経緯を話すと、

「帰れるようになるまで、いや、ずっとでもここにいなさい。」と、

おじいさんとおばあさんは言ってくれて僕の世話をしてくれている。


また、僕がイノシシから逃げていた時に壊してしまった眼鏡。

壊れてしまい、目がよく見えないというとおばあさんはまた魔法を使い、僕の視力はぐんと良くなった。

その時、僕の目は綺麗な青色となった。


加えて、帰る方法について心当たりがあるらしく、

時間はかかるが調べてもくれると言ってくれていた。


その間に様々な話を聞いた。


まず、この二人はトリームおじいさんと、ルルおばあさんということ。


トリームおじいさんは長く白い髪の毛、手で掴めるであろうくらいに長く垂れ下がった白い髭。

おじいさんはいつも茶色の長袖の上着に白いインナー、長い青ズボン。

顔にはシワが年相応に。高い鼻に黒い目。いつも遠くを見据えているような感じだった。


ルルおばあさんはこちらも白く長い髪を後ろで編み込んでいる。

いつも水色のブワっと広がるような長いスカートがある1枚着を身につけていた。少し、ぷっくりとした様子。

表情にはシワはあまり見られない。そして、目は僕と同じ青い目をしていた。


次にこの国の歴史。幾度となく戦ってきた魔王との戦い。

どうやら勇者も魔王も人々と魔物間で代々受け継がれ、幾度となく戦いがあったらしい。


そして、この世界の勇者は英雄と周りに認められることで、特別な力を得るらしい。


そして、前代の魔王を倒したのはこのおじいさんとおばあさんだった。


前代の魔王を倒した後でも、残されたモンスターはいた。

その残党を倒し、最後の一匹があの赤い目をしたイノシシだったみたい。


魔軍との本当の戦いを終え、トリームおじいさんとルルおばあさんは本当の英雄となった。


国民からの祝福はすごかった。

王宮であろう場所で壇上にあがったトリームおじいさんとルルおばあさん。


僕は端から見ているだけだったけど、2人はたくさんの人に崇められた。

僕はそんな2人をとてもかっこいいと思った。


今では食料調達のために近くの森などに狩りには出かけている。

僕も、ただお世話になっているだけでは嫌だったから積極的に手伝った。

きのこや山菜取り。イノシシやクマだって狩った。赤い目をしていたものはいなかった。


もちろん、光の結晶とともに消えることもなく、

狩ったものをそのまま持ち帰ればルルおばあさんが美味しく料理をしてくれた。


暇な時、トリームおじいさんは僕に剣術だって教えてくれた。その度、おじいさんは僕を褒めてくれた。


「勇助はすごいのぅ、剣の才能がある」


それも、お世辞ではないような顔をして言ってくれる。

家族以外が笑顔を見せてくれ自分を大切にしてくれている。


僕の家族はどうしているだろう、と時々考えることもあった。


それでも僕は幸せだった。とにかく幸せだった。


でも、そんな幸せは突然壊された。






日中であろうのに、やけに空の色が暗い日。


数日前から空の色がおかしかったけど、その日は格段に違った。


トリームおじいさんの顔が険しい。

ルルおばあさんもそうだ。


僕はなんだか怖くて話しかけられなかった。

2人とも、剣と杖を手放さない。


「勇助、ちょっとわし達はでかけてくるぞ」


「気をつけてお留守番お願いね」


「う、うん」


僕が歯切れの悪い返事をするとトリームおじいさんとルルおばあさんは目を合わせ、外に行った。


……僕は2人にばれないよう、こっそりとついていくことにした。




何時間か歩いていると、いきなり天気が荒れ始めた。

雨は降っていないけど、雷鳴が鳴り響く。

空を黒い雲が覆っていく。


トリームおじいさんとルルおばあさんはピタリと揃って立ち止まる。

申し訳程度に生えている木があるだけで、平地が広がる寂しい場所だった。


僕は一本の木に身を潜め、2人の様子を伺っていた。


ガガガゴーン!


一瞬、世界が耳を引き裂くような雷鳴と共に光はじめる。

その光に、僕は思わず耳と目を塞ぐ。


僕が目を開けた時、2人の前にはいつの間にか男がいた。

紫の髪に赤い服。黒いマントに身を包ませた細身。

色白の肌をして、自信満々のように細い目で2人を見つめている。


「ほう。さすがは前代の魔王を倒し英雄。我の誕生を読んでいたのか」


何者なんだろう……。

だけど、明らかに僕でも只者ではないと感じる。

隠れていても体中が恐怖に怯え、ガクガクと震えている。


「ふん。老いぼれだからといってなめるなよ。

 ワシはまだ、貴様の相手くらいなら容易いであろうよ……。

 とは言え、貴様、今までと違いすぎるな……何者だ」


「……」


「答えないか……まぁ良い。なんであろうと……」


トリームおじいさんとルルおばあさんもまた、いつもでは絶対に出さないような気迫だった。

その目は、確かに色白の男を睨んでいる。


「私とおじいさんをなめないことね!!」


ルルおばあさんの言葉と同時に、トリームおじいさんは飛び出す。


「はぁぁぁぁっ!!」


トリームおじいさんが剣を鞘から抜き、一瞬で✕字を描くように残った剣技を放つ。


「グッ!?フフ、さすがはこの世界の英雄。中々やるようだな……。

 だが、この世界の魔王に選ばれし私をこれぐらいで倒せるとは思うなよ」


言いながらも、男は腕でその技を押さえつけていた。

ダメージは入っているようだが、致命傷にはなってなそうだ。


「光とともに、悪を滅せよ!」


「!?」


おばあさんの詠唱が終わり、男、いや魔王と名乗る者に光の輪が締め付ける。


「グヌゥ!?フフフッ、フハハハハっ!!」


一瞬驚きはしたものの、魔王は余裕を見せつけるかのように光の輪をまた腕で砕いた。


「まだまだぁぁっ!!」


掛け声とともに大きく飛び剣を振り下ろすおじいさん。

魔王はスルリと避け、漆黒の光に包まれた手で掌打を繰り出す。

剣で受け止めるおじいさん。しかし、吹き飛ばされる。


反撃するように飛んでくるおばあさんの魔法。いくつもの大きな光の槍が、魔王に飛んでいく。

1つが魔王のわき腹を擦るとグフッ、と魔王が一瞬たじろいた。

が、すぐさま闇のムチを詠唱もなしに出し全ての光の槍に巻きつかせて光の槍を砕いた。


そのまま手を大きく振りおばあさんに鞭を飛ばす。

杖を頼りに防ぐものの、やはりおばあさんも吹き飛ばされる。


その間に立ち上がるおじいさん。再び魔王に切りかかる。






すごい……とにかくすごかった。

こんな気迫を持ったおじいさんとおばあさんを僕は初めて見た。


戦いは続いた。

両者ともに弱っていた。


けど、おじいさんとおばあさんは限界だった。


「ぐぅ、これが老か……おばあさん、すまない、わしも限界のようだ」


おじいさんが何かを諦めたように言う。

でも、目はまだ諦めていないように見えた。


「あなた……そうね……私達の代も終わり」


「まったく、短い英雄じゃったのぉ……」


「本当にその通り……だけど、ちゃんと英雄になれてよかったわ」


おじいさんと同じように、おばあさんも返す。


「クフフ、フハーハッハハ!!貴様たちもこれで終わりのようだなぁ!!」


魔王は高笑いをし、口角を持ち上げニヤりと笑い、言い放つ。


「「!?!?」」


おじいさんとおばあさんを、急に漆黒の輪が締め付ける。


「ぐわぁぁぁぁ!!!!」


「フハ、フハーハッハッ!!貴様たち英雄がいなくなれば、

 人の国などたやすく攻められる。ククっ!ハーッハッハッ!!」


確信したように、魔王は言う。


「フフ、まだまだね。あなたも……これが最後の私達の反撃よ!!」


ルルおばあさんがそう言うと、突如おじいさんとおばあさんの体が赤く光り出す。


「なにっ!グガァァァァっ!!」


魔王は急にもがき始める。


「き、貴様らぁぁ!!何をしたぁぁ!」


体から放たれた赤い光……。

僕は、1つのことを思い出す。


「やっぱり、新参者だから知らんかったのう」


「これはわたし達の命を代償にした最終手段。

 大ダメージを与えられる代わりに、あと5分もすればわたし達もただでは済まないけど……

 でも、あなたには致命的なダメージになるはず。」


聞いたことがある。本で読んだこともある。

あれは英雄と人々に認められし者のみが使える自爆技……名を、英雄の覚悟。

たしかに魔軍にはそれをなすすべはないと聞いた。


……でも、それを使うってことは……


あの技はあくまでも"自爆技"、なのだ。


「グガァァァっ!!」


魔王にも赤い光が身を包む。

明らかに苦しんでいる。


「わしらの体も持って5分かのう……

 さぁ、残りの5分で貴様を倒してやる」


「そうね、私たちの人生の最後の5分をあなたに捧げてあげる」


おじいさんもふらふらになりながらも立ち上がり剣を構える。

だが、おばあさんの一言を聞いた途端、魔王の表情は一変した。


「クク、なるほど、ククク……!甘かったなぁ英雄さんよぉっ!!!」


言うなり突如、魔王は手鏡のような物を取り出した。


「そ、それは、しまった!!」


トリームおじいさんは目に見えるくらい動揺する。


「フハハ、私はこのまま我が城にもどりしばらくの休息をとるとしよう!!

 我が復活したとき、貴様達英雄もいない世界、はたしてどうなるんだろうなぁ!!

 ハーッハッハッハッ!!!」


そういうと、魔王は手鏡に吸い込まれるように消えていく。


「ま、待て!待てぇぇ!!」


なんとか距離を詰めようとするおじいさん。

掴もうとしていたであろう手の先に、既に魔王はおらず崩れ去る。

それに続くように、杖を頼りに立っていたおばあさんも倒れこんだ。


高笑いと共に、魔王は手鏡を残し完全に消え去った。






「トリームおじいさん!!ルルおばあさん!!」


急に静まり返った世界。

ようやく震えていた体が収まり、僕は2人のもとに駆け寄る。


「おぉ……勇助……見ていたのか……」


「は、はやく薬を!!」


「勇助、よく聞いてね……さっきの男が落としていった手鏡があるでしょ……」


「それを使えば……勇助は帰れるだろう」


「えっ!?」


なんで……こんなときに……!


「遅くなってごめんね……

 でも、魔王軍が使う手鏡は、時空を超えるという研究をしている知り合いがいてね……」


「ようやく、昨日その確認が取れたんじゃ……」


ふ、2人は……いったい何を……!?


「わたし達とこの世界のことを忘れて、あなたの世界に帰りなさい」


「そうじゃ……こんな老いぼれ達のことを忘れて、

 自分のいた世界に帰りなさい……平和だと教えてくれた、じゃぱんに……」


「そ、そんなこと……!言ってる場合じゃ……!」


「わし達は」


「わたし達は」


「「勇助といれて、楽しかったぞ」」


おじいさんとおばあさんは、目を閉じた。

僕が抱きかかえようとすると……

2人の肉体は、結晶となって消え去った。


「トリームおじいさん!!ルルおばあさん!!」


返事はない。


それでも僕は、2人の名前を呼び続けた。






どれくらい経ったのだろうか。


僕は気がつけば手鏡を持っていた。

そうだ。これを使えば元の世界に帰れるんだ。


僕には戦う理由も、必要性もない。


ただ、家族だけは僕のことを大切にしてくれている世界に帰れる。






気になるアニメの最終回だって見られる。






あのギャルゲの続きだって、きっとできるだろう。






そうだ、帰れるんだ。馬鹿にされることも多いけど、平和な世界に。






帰って、しまえる……。





















「帰れる方法が見つかるまで、この家にいていいのよ。なんだったらずっとでも」


「勇助や、剣は振り回すだけでは勝てないんだよ、目的を持ってしっかりと振り下ろすんじゃ」


「まぁ、勇助こんなにも持ってきてくれたの!助かるわぁ!」


「勇助はすごいの、剣技の才能がある」


「勇助。わたしたちはね、この世界、リリーフが大好きなの。だから、守りたくて英雄になったのよ」


「そうじゃよ。だから、勇助にもリリーフのことが好きになってくれれば嬉しいの」


「勇助」


「勇助」





















「「勇助」」





















………………っ!

帰って良い訳……ないっ……!!!


「魔王……覚えておけよ……!」


「僕の名前は神走勇助……」


僕は叫ぶ。ありったけの力で。


「お前を倒す者の名前だぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!」






僕は、気がつけば走り出していた。


向かう場所は、僕とトリームおじいさんが初めて出会ったあの場所。


手元には、トリームおじいさんがさっきまで使っていた剣。

背中には、ルルおばあさんの杖を。

さっきの手鏡は、もう無い。






ブルルァ!ブルルルルっ!!


赤い目をしたイノシシがどこからともなく現れ、僕は囲まれていた。


フゴフゴ、ブルルァ!


ブルルルルっ!


ブルルルルルルァ!!


「お前ら、邪魔だぁ!!」


僕は剣を振るう。

おじいさんに教えて貰った剣の使い方で。

イノシシたちは次々と光の結晶となって消え去った。






僕とトリームおじいさんが始めて出会ったあの場所にたどり着く。


目の前には赤い目をした巨大な熊が立っていた。


「お前も…お前もかぁっ!!」


振り下ろされる熊の手。

僕は剣で受け流す。


「うがぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!」






その後は、よく覚えていない。


気がつけば僕の革でできた茶色の服とズボンには傷が複数できていてボロボロになっていて、赤い液体がにじんでいた。

不思議と、痛みは感じなかった。


目の前には横たわった熊。

それも、光の結晶とともに消え去った。


あの時とは違い、倒した後には

禍々しい色をした結晶の欠片がその場に残っていた……。

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