第5話 奇跡?

 悩みがあってはろくに眠れない。リカルドは不機嫌さを隠しもせずに、まだ明けきらない空の下を歩く。

 早起き、というより眠りが浅かっただけだが、驚いたことにメリアはもう動き回っていた。先日の元気を完全に取り戻している。体力以上に、よほどの図太さがなければ無理な芸当だろう。


 そんな女神官が何をしているかといえば、寝ている兵士たちの仕分けだった。


「あなたは、こちら。立てますか?よろしい。では、あなたは向こうに」


「何のつもりだ?呪い相手に、隊列を組んで突撃でもするのか?」


「おや、リカルドさま。まだ寝ていてもかまいませんが」


「そんなわけがあるか。俺の兵だぞ」


 メリアは向き直りもせずに言ってくる。王族の男子に対しては、殿下の敬称をつけるべきなのだが、俗世のことには関わらぬ建前の神官の場合、目上として接する以上のことはしない。

 それでもやはり、権威に媚びへつらう聖職者は多いのだが、このメリアという神官は基本に忠実なようであった。


「で、これはなんだ?まさかこいつらを帰らせる気か?」


「いいえ。見ての通り、患者を分けています」


「どういう基準で?」


 見たところ、重症かどうかで区別しているようではなかった。げっそりとやつれている者も、痛みに耐える気力がある者もいる。強いていうなら、重症者は向かって右の方が多そうだったが、程度問題に過ぎない。

 メリアは部隊を分け終えて満足したのか、ようやくリカルドの方へ近づく。そしてマスク越しにまた分からぬことを言い出した。


「顔色です」


「んん?顔色?」


「向かって右の方々は、顔色が土気色でしょう」


「言われてみればそうだな」


 遠くからだとよく分かる。朝日を反射する量が明らかに違った。


「ああいった顔色の方は、腎か肝を患っていることが多いです」


「顔色だけで分かるのか?」


「あくまで、参考の一つですが。他にも体の有る一点を押すと、強い痛みが出たりもします」


 リカルドは、メリアが患者をぺたぺた触っていたことを思い出した。


「顔色が暗い方々は、まだ時間がかかります。先に左の方々を治しましょう」


「治すと言ってもな。どれくらいかかるんだ」


「半日もあれば、大丈夫でしょう」


「何?」


 安請け合いにしても速すぎる。リカルドの常識からすれば、医術というものは効果が出るまで時間がかかる上に、運任せの要素が強い。だからこそ皆が神頼みをして、神官の仕事は尽きないのだ。

 

「奇跡の技でも使うのか?あれは怪我や一部の毒にしか効果がないというが」


「そうではありませんが、そういうことにしておきましょうか。騎士の方々をお呼びください。少しお手伝いしてほしいことがあります」


「まあ、かまわんがな」


 早くに癒やしてくれるなら、そっちがいいに決まっている。リカルドはヨハンを呼びつけ、騎士たちを集合させた。

 幸い騎士たちの多くは健康で、部隊の統制がとれているのも、その部分によるところが大きい。命令を受けるとすぐさま駆けつけた。


「とりあえず緊急の仕事がある者以外は集めました」


 ヨハンが報告する。


「ご苦労。それで、こいつらに何をやらせるんだ?」


 騎馬にまたがる者たちは、身分も気位も高い。雑用をやりたがらないことはよくあるし、戦力の有効活用の面では、それは正しいことでもあった。

 たとえ神官であっても、むげに扱うようなら暴力に訴えかねないところがある。リカルドはすでに、どうやって騎士共を押さえつけるかを考えていた。

 そんな苦悩など知るはずもなく、メリアは騎士たちに命じる。



「ちょっと奇跡を起こしますので、皆さんには聖水を作っていただきます」

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