第3話 奇病

「まずは症状を把握したいのですが、当初どのような異常がありましたか?」


 メリアは異様な鳥の仮面越しに、まっとうなことを言い始めた。無論、現状を説明するのは要請した者の義務なので、準備はしてある。

 ヨハンは報告書をめくりながら、これまでのことを説明する。


「まず異常があったのは脚です。沼地に入って半日ほどでしょうか。休憩の際に脚に赤い斑点ができたと訴える者が続出しまして。まあ本来ならその程度のことは気にしないのですが。数が多かったことと、呪いを恐れて兵士たちの統制がとれなくなったために、いったん帰還することにしました」


「結果的には、正解でしたね」


「まさしく。沼地で身動きがとれなくなっていたらと思うと、ぞっとしますよ」


「その後は?」


「し尿に、あー」


 ヨハンが頭をかいて別の表現を探す。だがメリアの方は平然としたものだった。


「かまいません。排泄物や性器でひるむようなら、ここに来たりはしません」


「ええ。そうですね。失敬。症状は血が混じったし尿に、強い腹痛と吐き気。顔色は泥のようににごり、吹き出物も少々。これがほぼ全ての兵士に起きました」


「なるほど」


 メリアは陣地を軽く見渡した。元気に歩いている者は数えるほどで、立ち上がっているの者さえ少数派だ。

 指揮官を気にして近づいてはこないが、動けるものはメリアの方を向き、ときには祈りを捧げている。体が弱れば気力も消耗する。どんな勇者でも、そうなっては神にすがるしかない。


 しかし、そんな真摯な祈りを受けても、メリアにはいささかの動揺も見られない。たとえ葛藤があっても、マスクごしでは見えないが。


「ずいぶん、病は長引いているようですね」


「ええ。もう半月ばかり。どうにか動ける者たちで自活はできていますが、これでは時間の問題でしょう」


「病人を診てきます」


 そう言うと、メリアはさっさと歩き出す。あまりに迷いない行動に、リカルドとヨハンは面食らう。だが、積極的に治療をしようというのだから、止めることもできない。

 なにしろ兵士たちは弱っているのだ。治療を邪魔されたら暴動を起こしかねない。


 メリアは近くでうなっている男に近づくと、顔色を眺めながら体のあちこちを触る。


「痛いところは、ありますか?」


「ああ、神官さま。ありがてえこって。いえ、とにかく腹が痛いんです。もうまともに飯も食えずに、しなびたニンジンみてえな有様で、いててて」


「なるほど」


 何がなるほどなのかは本人いがい知るよしもないが、メリアは手際良く診察を続けていく。

 どうなることかと見守っていた指揮官組だったが、メリアは実によく働いた。片っぱしから患者を見て回り、辛い部分を聞いていく。

 休みも飲食も取らないその姿勢には、さすがのリカルドも感銘を受けたようだった。


「なかなかどうして、大したもんじゃないか。あんなのが王都の神殿に一人でもいたら、貴族の行状も多少はマシになりそうなもんだ」


「発言は控えさせていただきます。ですがあの働きぶりなら、日が落ちる前に往診は済んでしまいそうですね」


「そうだな。まあ茶でも用意してやれ。あれだけ徳の高い人間に飲まれるんなら、茶も本望だろう」


 ヨハンに否やは無かった。


 


 やがて山に赤い夕日がかかり、徐々に周囲が暗くなっていく。メリアはさすがに疲れたようで、億劫そうにリカルドたちの陣幕へもどってきた。


「ご苦労だったな。神官殿。飲み物を用意してある。東方の珍味だぞ」

 

 メリアはひくりとマスクのくちばしを、おそらくは鼻を動かす。


「お茶ですか」


「ほう、ご存知か」


「薬の一種ですので、少量なら扱ったことがあります。飲料として飲むのは初めてです」


「それは良かった。秘蔵の品だからな。できれば驚いてほしいところだ」


 リカルドは呵々と笑う。そうすると歴戦の将軍というより、いたずらな子犬のようだった。

 メリアは首を傾ける。考え事かと思われたが、返答はすぐだった。


「ええ。ちょうどいいところでした。お話はお茶を飲みながらにしましょう」


「うん?ちょうどいいとはどういうことだ?」


「やはりこれは呪いではありません。病の原因と、治療法についてお話いたします」

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