戦え!ぬいぐるみ戦士ちゃん!〖KAC20232〗

センセイ

「しいなちゃん、助けて!」


ある日、わたしのお気に入りのぬいぐるみのにゃーちゃんが喋った。


「えっ、にゃーちゃん?!」

「そうだよ、しいなちゃん」


にゃーちゃんは、わたしの目の前でくるりと一回まわってみせる。


「わ、すごぉい…」

「ねぇ、そんな事言ってる場合じゃないの、助けてよ!」


にゃーちゃんは焦ったようにそう言う。


「何するの?」

「あのね、街に出た怪物と戦って欲しいの!」

「へぇ。…あっ、それってわたし、魔法少女っ?!」


わたしは目をきらきらさせて言う。

でも、にゃーちゃんは「違うよ」と言った。


「えー、じゃあ辞めた!」

「そんなぁ…」


わたしが大きな声で言うと、にゃーちゃんは体を大きく前に倒してしゅんとする。


「でも、魔法じゃないならどうやって…」

「しいなー?大きい声出してどうしたのー?」

「おか……んぐっ…」


おかあさんににゃーちゃんが喋った事を教えてあげようと思って口を開けると、にゃーちゃんに強い力で口を塞がれる。


「んーっ!ん!」


わたしは今日運悪く鼻が詰まっていたから、息が出来なくなる。

ジタバタ暴れると、にゃーちゃんは「静かに!」と言ってくるけど、苦しくてそんな事考えられない。


「もー…しょうがないなぁ…」


にゃーちゃんはそう言うと、窓を開けて、2階から飛んだ。


「んんーっ!」


にゃーちゃんはわたしの顔の所を掴んでいたから、隣の家の屋根に着地した時、背中をゴツンとぶつけてしまう。


「ぅえっ……げほっ、ごほっ…はぁ…」


屋根に着いて、やっと口から手を離されて、わたしはやっと息を吸える。


「もーっ!ひどいよにゃーちゃん!」

「ん?あー、ごめんごめん」

「もーおーっ!」

「でもほら、見て」


にゃーちゃんが指さす先には、大きな…家よりも大きなクマのぬいぐるみが居た。


「わぁ!可愛い!」

「何言ってるの?あれが敵だよ」

「えっ?だって…」

「ほら行くよ」


にゃーちゃんはそう言って、またわたしの顔を掴んでそのクマのぬいぐるみの方へ飛ぼうとした。


「あっ、待ってよ!変な持ち方しないで、痛いから」

「じゃあどうやって持つの?私の体、小さいから…」

「うーん…じゃあこう!」


私は両手を差し出し、にゃーちゃんのふかふかな手を掴んだ。


「…良いけど、この持ち方するなら、自分で掴まってよ?」

「はぁーい」

「じゃ、行くよ」


にゃーちゃんは一気に飛び上がって、すぐに家二つ分くらいの高さになる。


「わぁ!高い高い!凄ーい!!」


わたしは鉄棒にぶら下がるようににゃーちゃんの手に掴まる。


すると、にゃーちゃんはひとっ飛びで『怪物』の目の前まで来る。


「わぁ…!にゃーちゃん、変身だよ!変身!」

「変身?良いけど、まずは自分の力で戦って欲しいな」

「自分の力?」


にゃーちゃんは聞き終わる前に、わたしを『怪物』の目の前の屋根に下ろす。


(自分の力って何だろう……超能力?)


「えい!」


わたしは試しにその『怪物』に向かって両手をバッと出してみた。


「何やってるの?」

「…やっぱり何も…」

「あーっ!」


にゃーちゃんの呆れたような声に、わたしがどうしたら良いのか聞こうとすると、頭上から大きな声が聞こえてくる。


「わー!にんげんだぁ!」

「わっ!クマも喋った…!」


その声は、『怪物』の声だった。

小さい子供のような雰囲気に、


「にゃーちゃん、ほんとにこの子倒さないといけないの?」


と、思わず聞いてしまう。

にゃーちゃんはどうして?と言うように首をふにゃりとかしげたので、わたしは慌ててその『怪物』に向き直る。


「ごめんだけど、倒すね!」

「ん?…あっ、にんげんとたたかいごっこだぁ!」


『怪物』は、そう言って「えい!」と、大きな腕でわたしをパンチした。


「うっ……あれ、そんなに痛くない…」


飛ばされて屋根から落ちそうになったけれど、大きさの割にはあんまり痛くない。


「うーっ!ぼくがつよいんだ!勝つんだーっ!」


わたしが平気そうな顔をしていると、『怪物』は拗ねたように怒ってからわたしを両手で掴む。


「えっ?強…」


体は柔らかいけど、掴む力が強すぎて抜けられない。

わたしはそのまま持ち上げられて、『怪物』の顔の前まで持ってこられる。


「どーだっ!まいったかにんげん!」

「もーむりーっ!降参っ!」

「ダメ!」


わたしが降参しようとすると、それをにゃーちゃんが止める。


「しいなちゃん、助けてくれるって言ったでしょ!」

「えっ?言ったっけ…」

「言った!」


にゃーちゃんにはっきり言われて、わたしはしぶしぶ「…わかったよ」と言って、


「えいっ!」


と、『怪物』の目に向かってパンチした。


「あーっ!やったなーっ!」


案の定『怪物』は怒って、


「にんげんなんて、こうしてやるーっ!」


と、わたしを地面にたたきつけた。

…あの高さから。


「何でっ?!何でっ!!ぎゃあああっ!いだいぃぃっ!!いだいよぉっ!」


背中の骨が鳴る音が前身に響く。


「にゃーちゃん助けてっ!にゃーちゃん!ああああっ!」

「うるさい!」

「ひっ…」


『怪物』は大声でそう言うと、わたしの背中をぐぐぐ…っと踏んでくる。

顔をあげられなくて、にゃーちゃんがどうしてるのか分からない。


「あぐぅぅぅっ!はーっ…はーーーっ…!」


うるさくしたら酷いことをされると思って、必死に声を出さないように耐える。

……それなのに、


「あれ?しゃべんなくなった?」

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛あっ!」

「しゃべった!」


背中を踏みつけながら、両手で右腕を強く引っ張ってくる。

ちぎれそうな痛みに思わず声を出すと、『怪物』は嬉しそうにそう言って力を強める。


「いやだっ!やだあぁっ!いだいいだいいだいっ!!!」


いやな音がする。

聞いたことない音。

背中の肉まで引っ張られるような感覚がする。

痛い。


…痛い。


痛い痛い痛い!!


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!」


引っ張られるような痛みだけ無くなって、でも強いじんじんとした痛みがまだあって、…怖くて腕を見られない。


「はーっ…はーっ…す……はぁーっ…」


落ち着かないと、気を失ってしまいそう。

わたしが必死に息をすることだけに集中していると、どこからか、「やっぱりダメだったかぁ」と声がする。


この声は…。


「しいなちゃん」

「にゃー、ちゃん…」


にゃーちゃんは私の前に降りると、すっかり飽きられて放置されていたわたしの腕…を、手に取った。


やっぱり、取れてたんだ…。

いけない、落ち着かないと…!


「おつかれさま」

「はぁっ…っ…なんっ、で、…助けて、くれなかっ…たの、」


にゃーちゃんはわたしの言葉を聞こうともせずに、私の腕をまじまじと見て、




……食べた。


バキッ…ゴリッ……ぐちゃぁっ…


「っ!!!わたしの腕…っ…!」

「やっぱりちょっと硬いね」

「やっ、辞めてよっ!」


骨まで食べるにゃーちゃんを見て、わたしは必死に辞めるよう言うけれど、にゃーちゃんは食べ進めるだけで辞めてくれない。


「まぁ、私は見てきたから知ってるけど」

「…?」

「しいなちゃんがおかしくなったのは、ゆうなちゃんが居なくなってからだよね」

「ゆ…ゆうな…」


久しぶりに聞いたその名前は…わたしの妹。

わたしが4歳の頃に行方不明になった…


「やっぱり柔らかかったんだなぁ」

「えっ…、」

「しいなちゃん、変身したいって言ったでしょ?私は、『ぬいぐるみ戦士』になって、あの時も戦った」


喋れなくなっているわたしに、にゃーちゃんは一言言った。


「良かったね、もう、辞めて良いんだから」


言い終わると、にゃーちゃんはわたしに向かって大きく口を開けた。




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