春の贈り物
※魔術学校二年生の春の話です。
「よし、いい天気だ」
魔術学校の二年生に無事進級して一ヶ月が経った土曜日。二年生になっても俺の暮らしは特に変わらない。学校の敷地の片隅にある男子寮で、ルームメイト兼寮監の紺野先生とふたり、折り目正しく規則正しい生活を送っている。
平日も休日も変わらず六時半起床、七時から朝食。少しだけ休憩をして、土曜の日課である寮の掃除を始める。
紺野先生は昨夜から所用で実家に帰っているので、今日の夜まで帰ってこない。掃除はいつもは先生と分担しているが、普段から互いに綺麗に使うように気をつけているのでたいした手間ではない。
次に洗濯物を取り出し、順に干していく。これも一人分なのですぐに終わる。
青空にたなびく洗濯物を眺めるのは実に清々しかった。ベランダに立ち、胸いっぱいに空気を吸い込む。新緑の匂いを含んだ五月の風は、なんとも心地いい。
そこまで終えたら集めたゴミを集積所まで持っていき、ついでに校内をランニング。ここまではいつも通り。
さて、昼食まで勉強をするとして、午後からはどうしようか。
珠希さんの予定を確認しておけばよかった、と思いながら走っていると、高所実習塔のそばの広場で数名の学生が足元をじっと見てうろついているのが見えた。
「ん、何やってるんだ?」
目を凝らすと、どうやらそこには馴染みの面々がいるようだ。もちろん気になったのですぐ近くまで寄ってみる。かなり距離を詰めてもみんな地面に夢中で、俺の存在には気づいていないようだ。
「みんなどうした? 何か落とし物か?」
俺の問いかけにいち早く反応してくれたのはなんと、珠希さんだった。
「あ、環くん。あのね、みんなで四葉を探すのを手伝ってるの。手芸サークルの子がアクセサリーの材料にしたいからって」
「……材料? え? 葉っぱをか?」
ここらに生えてる雑草と、アクセサリーという言葉がうまく脳内でつながらない。生ものには違いないのに、一体どうするんだろう?
「押し花にして樹脂で固めるんだって。学校祭で売り出すために今から準備しなきゃいけないらしくて。お手伝いしたひとには四葉のアクセサリーをくれるっていうから、それ目当てで来たの」
「なるほどな」
どういうものなのかは今ひとつピンとこないが、植物をそのままアクササリーにするなんて、面白いことを考える人もいるんだなと思う。
「あと、単なる幸せ探しかな。私もはやく彼氏作りたい」
「あはは……」
俺と珠希さんを交互に見て、何か言いたげな三井さんから逃げるように、地べたに這いつくばるように草をかき分けている森戸さんの背中に目を向ける。
彼女はトレードマークの長い髪をひっつめ、必死に地面とにらめっこしている。
しかし、こんなまどろっこしいことをせずとも、俺たちは魔術学生だ。探し物をしたいならもっと楽な方法がある。
「……なあ、許可取って探査術使えばいいんじゃないのか?」
探し物は、魔術が最も得意とすることのうちのひとつだ。しかし、
「突然現れてつまんないこと言わないでよ。こういうのはね、探査術に頼らずに見つけてこそよ」
「ああ、ごめんな」
どうやらまた森戸さんの怒りを買ってしまったらしい。縮こまって頭をかいた。
なるほど、幸せは楽をしては手に入らない、という理屈らしいというのはわかった。確かに探査術を使えば見つけるのは一瞬だろうから、せっかく見つけてもありがたみは減ってしまいそうな気がする。
ただ、今は二年生の四月。探査術の教科書を数ページ進んだだけの俺たちにとって、四葉を探すための
「ねえ、環くんも一緒に幸せ探さない?」
立ち去ろうとした俺を甘い声が引き留めた。当然考えるより先に、首が勝手に縦に動いてしまう。珠希さんにそう言われて、断るわけにはいかない。
女の子たちの合間を縫って、蝶々がひらひら花々を飛び移っていく。春の日というのは、どうしてこう心が弾むんだろうか。
思えば今までこんな遊びに興じたことはない。面白そうなので、休憩ついでに輪に加わるのも良いだろう。
「よし、やるか」
俺も張り切って地べたに腰を下ろした。
◆
「んー、これも三葉ね」
「なんか、全部おんなじに見えるよ」
「緑って目にいいはずなのに、めちゃくちゃ疲れてきたんだけど」
森戸さんは眉間にシワを寄せ、珠希さんは目をゆっくり瞬かせている。三井さんや他の面々も、みんな眉間を揉みながらため息をつき、同じように疲れた表情だ。
このままではみんなの幸せが遠のいてしまいそうなので、ここらでテレビ仕込みの雑学をひとつご紹介することにしよう。立ち上がって、場所を数歩移動する。
「環くん?」
「四葉は株の中心より、端の方が見つかりやすいらしい。あとは人がよく歩く場所とか……あ、あった。四枚じゃなくて五枚だな。あと、ここにも、ここにも」
捜索開始十秒で四葉ふたつ、五葉をひとつゲット。ここまでうまくいくとは思わなかった。
目と口を丸く開いた珠希さんと森戸さん、三井さんに適当に一本ずつ渡す。
「早っ!? ていうか五枚!? すごっ!?」
「どうして!? 魔術使ってないのよね!?」
「環くんすごい!!」
普段から親しくしている子たちだけではない。わらわらと女の子たちが寄ってきて、輝く眼差しをいっせいに向けられる。
入学して以来初めての経験だ。なんだかめちゃくちゃ熱くて、むず痒い。
なんだろう、今の俺、めちゃくちゃモテているんじゃないか?
思わずにやけそうになるのを珠希さんに悟られるわけにはいかない。気にしていない風を装うために咳払いをする。
「まあ、なんだ。目がいいからだと思うぞ。四葉は固まって生えるらしいから、ここらへん探せばほかにも見つかるかもしれない」
背筋を思いっきり伸ばし、胸を張った。
「なんだろ。今、香坂くんのことがめちゃくちゃかっこよく見える」
三井さんがそう言うと、みんながうんうんと頷いた。
やばい。本当に熱い。俺にはもう心に決めた人がいるのに、今の状況がちょっと気持ちいいとか思ってしまっている。讃えられているはずなのに、逆に居た堪れなくなってきた。
いや、いかんいかん。
大げさにかぶりをふる俺を、珠希さんが不思議そうに首を傾げながら見ていた。なんというか、読まれてなければいいのだが。
「ほんと、視力が落ちない秘訣を教えてほしいわ……私なんかまたコンタクトとメガネの作り直しなのに」
「もりちゃん、いっつも暗いところで漫画読んでるからじゃないの?」
「うーん。わかってはいるのだけど、物語の世界に没入できるからやめられないのよね」
森戸さんと三井さんがそんな会話を交わして笑っている。森戸さんは無類の少女漫画好き。そのせいか、彼女は目が悪いのが悩みらしい。
ちなみに森戸さんの蔵書は珠希さんもよく借りて読んでいるようだが、どんな話かは教えてもらえない。俺に知られるのは恥ずかしいんだそうだ。
一方俺はと言えば、二年に上がってすぐにあった視力検査でも、検査表の一番下までちゃんと見えた。スマホを触りだせば視力は落ちるものだと勝手に思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
「結構生えてるもんだね」
「みんなありがと!! 超助かった!!」
一時間ほどの捜索で、かなりの本数が見つかったらしい。お礼を楽しみにしていてね、と言い残し、手芸サークルの子は去っていった。
そして、残った女の子たちはこれからポツポツと咲く花で花冠を編むのだという。懐かしいだとか、久しぶりだねとみんな楽しそうだ。
ここからは女の子の時間だな、と思いその場を立ち去ろうとしたとき、すぐそばのやりとりが耳に入った。
「え、珠希さん、作り方知らないの?」
「うん。今までこういうことする機会なくて……なんか、ごめんね」
珠希さんが悲しそうな顔をして俯いているのを見て、浮きかけていた腰をふたたび草の上に下ろした。
「……俺も知らないぞ」
目を丸くする三井さん。
「まあ、男子はねー。知ってたらびっくりだよ」
「じゃあ、私たちで教えてあげましょ」
かくして、十六歳の男子が女の子に混ざって花冠を編むことになった。なんだか気恥ずかしいが、何事も経験。もしかすると今後の役に立つかもしれないので、張り切って挑むことにする。
シロツメクサで作る花冠……記憶を十年ほど遡ってみれば、一応見たことはある代物。手にとってみたことがあるわけではないが、なんとなく、茎がびっちり編まれているようなイメージを持っている。
難しくありませんようにとうなる俺を尻目に、森戸さんがまずはと手近にあった花をぷちぷちと摘んだ。
「まずは二本取って、交差させるように茎を絡めるでしょ。それからお花が並ぶようにもう一本を置いて、茎をこうやって、最初の二本の茎を巻くようにくるっと巻くのね。お花を並べて茎を巻きつける。これをずっと繰り返すの」
てっきり構造は複雑なのかと思っていたが、意外と単純だった。要するに編むというより、花を一本ずつ巻きつけていくだけ。手先はあまり器用ではないが、コツはすぐに掴めた。
「すごくいい匂いだね」
「確かに」
珠希さんの言うように、手を動かすたびに甘い匂いがほのかに立ちのぼる。高い花ならまだしも、雑草の花からこんなにいい匂いがするとは侮れないなと思う。
こうして遊びに誘われなければ、知ることもなかったかもしれない知識だ。
そうこうしているうちに、冠にするのにちょうどいい長さになった。
そうしたら始点と終点を重ね合わせ、花の茎で縛ってまとめて輪にする。はみ出してしまった余分な茎は、今まで編んできたところの隙間にうまく差し込んでいき、目立たないようにするんだそうだ。
「よし、できたぞ」
三井さんや森戸さんが作って見せてくれたものより歪んでいるが、初めてでもきちんと形にすることができた。たかだか遊びだが、しっかりとした達成感がある。
「私もできたよ!」
俺のと同じように少し歪んだ花冠を嬉しそうに見つめる珠希さん。三井さんに褒められ、笑顔を眩しく咲かせている。
楽しそうな様子の彼女たちを見てゆっくりと息をついた。俺の幸せはすぐ目の前にあるんだよな。そのことをじっと噛み締めていると、栗色の瞳がこちらに向いて、ひときわ輝いた。
「はい、プレゼント」
花の匂いが鼻先を掠めた次の瞬間、頭に珠希さんが作った花冠が乗せられていた。冠自体の重さはたいしたことないはずなのに、幸せでずっしりとしている。
「じゃあ俺も、お返しだ」
目の前に生えていた四葉を自分で編んだ花冠に刺して、珠希さんの頭の上に載せる。彼女にもめいっぱいの幸せが訪れることを願って。
「えへへ、ありがとうね」
「こっちこそ、ありがとうな」
見つめあった俺たちの間を、二匹の蝶が戯れながら飛んでいく。それが今の自分たちの姿と重なって、自然と笑いがこぼれ落ちてくる。珠希さんも同じように笑っている。
春の日差しとともに、幸せが限りなく降り注いでくるようだった。
「あー、イチャイチャしてるー」
「……近ごろ人目をはばからなくなってきたわね」
我に返る。振り向いた先にはからかう気満々の三井さんに、呆れ顔の森戸さん。
いかん、いつものようにふたりの世界に入り込んでしまって、周りに人がいることをつい忘れていた。生暖かい視線を一心に受けていることに気がつき、バネを飛ばしたみたいに立ち上がる。
「なんとでも言ってくれ! じゃあ俺はそろそろ行くからな」
小さくない笑い声が起こり、今度こそ居た堪れなくなってその場を後にした。
珠希さんに贈ってもらった花冠を落とさないように気をつけて、いつものランニングコースを疾走すると、風がやたらとくすぐったく感じた。
世界にたったひとりの魔術師の卵は、こんなふうに思い出を日々増やしながら、魔術学校で過ごす二度目の春を謳歌している。
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