第32話 義妹とアイツらとの再会


(リゼさん、なんて無茶を……! くそぉっ! 戦いが始まってしまったではないか!!)


 水晶玉の中ではジョーカーと、ティナ、三姫士が激しいぶつかり合いを始めていた。


『お、おい! お前ら、あんまり集会場を壊すんじゃないぞっ!』


(グスタフ……そこを今気にするか……)


 今はそれだけ余裕があるということだろう。

とはいえ、こちらもあまりのんびりしている訳には行かない。

こんなところとはさっさとおさらばをして、早くヨトンヘイムへ戻らなければ。


「ふしゅるぅぅぅ……ご機嫌はどうかなぁ? ノルンくん?」


 扉の向こうから、ローパー人間が現れた。

奴は気味の悪い笑みを浮かべながら、こちらへ近づいてきている。


「もう十分ショーは楽しんだだろう? 今度はこちらがお楽しみをするばんさ……」


「き、貴様、何を……?」


「改造は後でも君の体を……くふふふ!」


 まずいぞ、本気でこれは色々な意味でまずそうだ。

しかし手足が縄で拘束されていて、解けそうもない。

どうするか? 一旦、こいつが考えていることに付き合って隙を伺うか?

いや、それはとても嫌だ。

ならばどうする!? どうしたら……!?


「それじゃあ、うひひ……」


「ま、待ってくれぇっ! そういうことはご遠慮願いたい!」


 ローパー人間の触手が近づいて……来たのだが、何故か途中でぴたりと動きを止める。


「ぎやあぁぁぁぁ! ふがっ!?」


 ローパー人間が悲鳴をあげたかと思うと、前のめりに倒れた。

背中を切り裂かれ、緑の血を流す奴の頭を小柄らな人影が思い切り踏みつける。


「兄さんに……変なことをするなぁぁぁ!!!」


「ひぎゃぁぁーっ!!」


 ダガーナイフがローパー人間へトドメの一撃をお見舞いする。

それっきり、ローパー人間はピクリとも動かなくなった。


「レン、なのか……?」


「兄さん……兄さんっ!! 本物の兄さんだぁ〜っ!」


 黒衣に身を包んだレンは、ダガーナイフを逆手に持ったまま、俺へ抱きついて来る。

血はつながらずとも、レンとは兄妹の契りを交わし、リディア様のもとで厳しい訓練に励んだ同志だ。


「今、縄解いてあげるね。ああ、もう……こんなに強く縛って! 鬱血して、後が残ったらどうするの……」


 レンはぶつぶつ何か文句を言いながら、丁寧に縄を解いてくれたのだった。


「ありがとうレン、助かった。しかし何故ここに……?」


「とある人から兄さんが生きているって教えてもらったの。で、たぶん、グスタフのところへ行くかなぁと思って、アイツに聞いたら、兄さんはハンタイってところに向かったって教えてくれてね!」


結果としてこうして助かったのだから、結果オーライなのだが……リゼさんの時といい、グスタフよ、ペラペラと喋りすぎだぞ全く……


「レン、募る話はまた後にしよう。ジョーカーがまた現れた。今度こそ奴を完全消滅させるため、今すぐヨトンヘイムへ戻らねばならん!」


「バーシィの奴、まだ生きてたんだ? なら私にもやらせて! 前の時は未熟でなにもできなかったけど、今の私なら!」


 2年前に俺の反対を押し切って、レンは王立暗殺団へ所属した。

そして今や、王立暗殺団のエースと呼ばれる逸材にまで成長している。

レンは勇者にはなれなかったのだが、民のために戦いたいという意志は、しっかりとリディア様から受け継いだからだ。

しかし本音をいうと、レンにはいつの日か、暗殺団を脱退させ、良い旦那を世話し、人並みの幸せを掴んでほしいと願っている俺だった。


「私が兄さんのために、先端を開いてあげるからね!」


「お、おい、慌てるな! 滑って転んで、膝を擦りむくぞぉー!」


俺はレンを追って部屋を飛び出してゆく。

途端、濃密な魔の気配が全身へ揺さぶりをかけてくる。


 回廊には埋め尽くさんばかりの魔物で溢れかえっていた。

さすがは魔物の巣といったところか。


「邪魔を……しないっ!」


 レンの姿が足音もなく消えた。

気がつけば、目の前を塞いでいた魔物が、ダガーナイフによって切り裂かれ、バタバタと倒れ出してる。

レンは更に腕を上げているらしい。


だが、


「ぐぎゃっ!?」


 脇の扉から現れて、レンへ襲い掛かろうとしていた魔物へナイフを投げて撃ち落とす。

まだ、脇の甘さは相変わらずか。


「さっすが兄さん! 助けてくれてありがと!」


「いくら強くなったからといって油断は禁物だ……ではさっさと片付けてしまおう!」


 骨大剣を召喚しつつ踵を返した。

巨大な刃が狭い通路の壁ごと、背後から迫っていたオーク諸々を一網打尽とする。


俺とレンは互いに背中を預け合いながら、魔物を薙ぎ倒しつつ、前進を繰り返してゆく。


「……」

「……」


やがて広いエントランスホールへ辿り着くと、白い仮面をつけられ、体をゆらゆらと揺らしている2人組と出会した。


「兄さん、この人たちって……」


「おそらくジョーカーの仕業だろう」


 ジョーカーは自分の一部から新しい仮面を作り出し、その装着者を意のままに操る能力を持っていた。

 リディア様はジョーカーの獲得したこの力の存在を知らなかったために、不意打ちにあい、命を落とされた。


「時間がないけど、どうするの兄さん?」


「決まっている!」


 俺は仮面の二人組へ突っ込んでいった。

レンも足音を殺しつつ、並走してくる。


すると、仮面の片方が火属性魔法を放ってきた。

それを回避し、懐へ潜り込んで殴り飛ばそうとしたところ、もう片方が間に入って障壁を張り、俺を吹き飛ばした。


(この連携はもしや……?)


 仮面をつけているのは、霰もない格好をしている人間の女性だ。

そして非常にみたことのある風態だ。

 どうしてこんなことになっているのかはわからない。

既に経緯などはどうでもいい。


しかし、だからといって、ここで見捨てるのはあまりに後味が悪い!


「レン! お前は魔法を使う方を頼む!」


「了解!」


 俺とレンはそれぞれ標的を定めて、再度突撃を敢行した。

すると魔法を使う方が、手を掲げ、魔法の気配を漂わせる。

すかさずレンが糸のようなものを放った。


「ーー!?」


「竜神の髭へ特殊加工を施した特製の糸だよ! 兄さん、魔法は封じたよ!」


「さすがだ我が妹よ! ぬおぉぉぉ!!!」


 俺は骨大剣を肩に掲げて、もう片方へ猛然と駆けて行った。

おそらく、攻撃魔法をほとんど習得していないのだろ。

敵はただ接近する俺へ、非常に粗末な光弾を放つのみ。

 俺は一気に相手の懐へ潜り込んだ。


「目を覚ませ! アリシアぁーっ!」


「ごふっーー!?」


 俺の拳が仮面を叩き割り、その下から胡乱げな目をしているアリシアの顔が現れた。

次いで素早く踵を返し、レンに拘束されている魔法を使う方へ向かってゆく。


「お前もだ、クラリスぅーっ!」


「がはっ!?」


 仮面を割られたクラリスは、何度も床の上を跳ねて転がるのだった。


「うあぁ……あうっ……」


「き、気持ち悪い……げろぉ……」


「こんなところで何をしているんだお前たち?」


クラリスは前に立つと、二人は驚いたように目を見ひらいた。

どうやらアリシアは何か良くないことでもされ続けたのか、ずっと胡乱げな視線のままだった。


「ノ、ノワール……? どうしてアンタがここに……」


「たまたま今の俺の住まいの近くに魔物の巣があるときいて潰しにきた。そうしたらそこにお前たちがいた」


「そうなんだ……」


「なぜこのようなところに?」


「……売られちゃったんだ……殿下に、私たち……お金をごまかしたり、ほかにもいろいろと悪いことをしちゃったから……」


「兄さん」


やや怒気を含んだレンの声が背中に響く。

おそらくレンは、クラリスたちが、かつて俺に対して何をしたか知っているからこそ、怒りを覚えているのだろう。


俺自身も思うところは多々ある。

しかし……


「レン、すまないが少し時間をくれないか?」


「……わかった。でもあんまり時間はないから手短に」


レンはそう告げて、再び館の探索へと向かってゆく。


「はっきりと言う。今、お前たちに構っている暇はない。それほど、今の俺は余裕のない状態だ」


「……」


「だから、今のお前たちにはこうしてやる他、できることはない!」


俺はかざした腕から魔力の塊を放ち、扉を壊す。

たたき割られた扉の向こうには、薄暗く不気味な廃村が広がっている。


「さぁ、行けクラリス、アリシア! 貴様らは自由の身だ。ここに留まり死を待つのもよし。再び自由を手にしやり直すのも良し! 好きな方を選べ!」


「ノワール……」


「自分で選び、自分で決断しろ! お前はたとえ堕ちたとして誉高い勇者一行のメンバーだ!」


「ありがとう、ございます……今更、こんなこと言っても許してもらえないかもだけど……ごめんなさい」


クラリスは床へ手をつき、深々と頭を下げてきたのだった。


「……もしも俺への謝意があるのなら……アリシアのことを頼めればうれしい」


俺の目から見ても、アリシアは完全に廃人だ。

もはや手の施しようもないほど、心も体も荒んでいる。

今のクラリスにとって、アリシアはお荷物のなにものでもない。


「さぁ、行けクラリス!」


「ありがとう、ノワール! 行くよ、アリシア……私たち、もう自由だよ!」


クラリスはもう一度俺へ頭を下げると、アリシアへ肩を貸しつつ、外へと向かっていった。


――もう二度と、あの二人に会うことはないだろう。

そう思った俺は、せめて二人は、ここからやり直し幸多からん未来へ向かってくれることを切に願うのだった。


「兄さん! 魔穴の痕跡を見つけたよ! これですぐにヨトンヘイムへ戻れるよ!」


レンがそう報告してきた。

過去の感傷に浸っている場合ではない。


リゼさん、みんな! 無事でいてくれ! いますぐ戻るぞ!

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