第31話 豪胆な女


(ククク……安全な城壁と冒険者たちに守られて安心しきってるクソバカたれ共め……お前らを恐怖のどん底へ叩き落としてやるぜ!)


 仮面の魔物ジョーカーは城壁の上から、夕闇に沈みつつあるヨトンヘイムを眺めていた。

周囲には切り刻まれた衛兵の死体がいくつも転がっている。

故にこれからのジョーカーの凶行を止められる者は誰一人いない。


 ジョーカーは懐から水晶玉を取り出し放り投げる。

すると水晶玉が勝手に宙へ浮き、ジョーカーを中心に回り始めた。


「みえているかい、ノルン? これからお前のためだけに殺戮ショーを開演してやろうじゃないか。くははは!」


 ジョーカーは夕闇に紛れて、城壁を飛び降り、あっさりヨトンヘイムの中へと舞い降りた。

そして猫のように足音を一切発さず、裏路地を駆け始める。


「第一演目……まずはお前が守っているヨトンヘイムの人間を10人ほど殺させて……んがぁっ!?」


 突然、脇から白く輝く球が飛んできて、ジョーカーを吹き飛ばした。


「あ、当たっちゃった!?」


「ナイス! トーカ!」


 ジョーカーの視線の先にはかなり若い女神官と、羅針盤のようなものを持った少年冒険者がいた。

どうやらジョーカーを"聖光球ホーリーボール"で吹き飛ばした連中らしい。


「おやぁ? たしか君たちはノルンのお弟子さんのジェイくんとトーカちゃんだったかなぁ?」


「て、てめぇ、どうして俺とトーカのことを……?」


「きぃめた! まずはお前らからバラす!」


 ジョーカーは腰元にずらりと差した短剣を複数抜いた。


 危険を感じたジェイとトーカは、脱兎のごとくその場から逃げ出してゆく。


「くははは! なんだい!? 君たちは危険を顧みず、ロマンにかける冒険者だろぉ!? 逃げるだなんて、情けないと思わないのかいぁい!?」


「こ、この変態仮面やろう……!」


「ジェイくん、めっ! ノルンさんとの約束忘れたの!? 約束したからノルンさんはジェイくんに警戒を任せたって忘れた!?」


「う、ぬぅ……」


「ほら、予定通りに走って!」


「お、おう!」


 そうトーカに注意され、ジェイは表情を引き締め直した。

二人は未だ、明かりが溢れて出ているヨトンヘイム冒険者ギルドの集会場へ飛び込んでゆく。


「ふふ、まさか、ここに飛び込んでくれるとは……しかも未だに営業中……ノルン、見えているかい!! 君のお弟子さんたちがわざわざ案内してくれたよ!」


 ジョーカーは周囲に浮かぶ水晶玉へそう笑いかけた。

 集会場の重い扉を開き、中へと入ってゆく。


 そろそろ閉業時間なのだろうか。

冒険者の姿はまばらだった。

 ジョーカーは真正面のカウンターで、せっせと書き物に勤しんでいる女性職員のところへ歩み寄ってゆく。


「……遅い時間までお疲れ様です。何か御用でしょうか?」


リゼは大きな胸を震わせながら、顔を上げてジョーカーと対面する。

不気味な仮面の男が現れても動じないのはさすがといったところか。


「こんばんは。君がリゼだねぇ……?」


「え、ええまぁ……そうですけど」


「俺はここで助っ人冒険者をしているノルンとは昔から親しい仲でねぇ。彼に君を呼んできて欲しいと頼まれたのさ」


「そうなんですか。それはお疲れ様です。でしたら後少し待っててください。まだ仕事が終わってませんので」


 そうリゼはきっぱり言い放ち、再び書類へ視線を落としたのだった。


 ジョーカーはバーシィだったら頃から気が短く、凶暴な質だった。

 一刻も早く、ノルンへ壊れてゆくリゼの姿を見せつけたい。呑気の待ってなどいられない。


 ジョーカーは黒いガントレットに覆われた手を、リゼの頭へ伸ばしてゆく。


「ちょっとそこの変態仮面! なにしようとしてんのさ!」


 脇から邪魔が入った。

 コツコツと靴音を立てながら、銀の髪を左右で2本に結った女魔法使いが歩み寄ってきている。


「リゼさんもさ、こんな変態を前にしてよく平気で仕事できるよね?」


「いちいちそんなこと気にしてたら、毎日やってくる大勢の冒険者の皆様は捌けませんから」


「すっごい胆力! リゼさん、意外と冒険者できるかもよ?」


「え? そうですか? 考えちゃおうかなぁ……」


「良いじゃん! 考えちゃおうよ!」


 何故かリゼと、銀髪の女魔法使いはジョーカーを無視して会話を始めた。


(まさか銀旋のティナまで現れてくれるとは……くふふ……これでノルンへ捧げる生贄は2つ……)


 ジョーカーは短剣へ手を伸ばす。

全ての指の間に柄を挟んで、魔力を流し込む。

そして黒く燃え始めた8本の短剣をリゼとティナへ向けて鋭く投げ放った。


刹那、ティナが魔法のロッドを掲げて障壁を張り、全ての短剣を撃ち落とす。


魔法障壁を張るには相応の魔力の充填が必要であり、瞬時に張ることはできない。


「やっぱり、あんたただの変態じゃないね。狙いは誰? リゼさん? それともあたし?」


「くっ……き、貴様、どうして……!?」


「皆さん、出てきてください!」


 ティナが声を張り上げた。


 左右の扉からは竜人のデルパと、妖精のシェスタが現れた。

2階の踊り場では既にアンが、鉱石魔法を発動させて、待機している。


「やっぱり、貴方がノルンさんが予見していた"脅威"だったんですね」


 リゼはすくっとカウンターからたちあがった。

そしてカウンターの下に隠れ潜んでいたジェイとトーカに守られつつ、ジョーカーのいるホールへ踏み出してゆく。


「おかしいと思ったんです。マスターは急に休めと言いだすし、ノルンさんは慌てて出かけちゃうし……怪しいなと思って、ティナさんや三姫士の皆さんへ聞いても、この話題になると、何故かみんなしどろもどろになっちゃってましたし……」


「だって、お兄さんが絶対にリゼさんには言うなって言うし……てか、なんであたしたちが何かしているってわかっちゃったの?」


「勘! これでも毎日癖の強い冒険者の皆さんと接しているんです。自然と洞察力がついちゃいますっての」


「しかし、それでもどこからか情報が漏れねば……」


 シェスタがもっとな事を言う。


「そりゃ、口が軽い癖に重責を負ってる上司がいっつもそばに居ますから……ねっ、グスタフマスター?」


「あはは、こりゃどうも、皆さんお揃いで……」


 カウンターの奥の事務所から、低姿勢のグスタフが姿を表すのだった。


「だから私、マスターを問い詰めたんです。何も話さないんじゃ、ここを辞めてやるって。私が居なくなったら、このギルドは立ち行かなくなるぞって。そうしたらペラペラと……」


「うっ……み、みんな、そんな目で見るなって! この状況って、全部を知った上でわざと囮になって、みんなをまとめてくれたリゼさんの成果だろ!? 結果オーライってことで、良いじゃんか!!」


グスタフは皆からの冷たい視線へ抗弁するかのように、そう叫んだ。


「ノルンさんは自分の周囲に"脅威"があると気づいた。そしてその脅威は"私"のことを狙うかもしれないと。だから、マスターと結託して私を休ませて、姿を隠させ、自分はその脅威のところへ向かった。万が一に備えて、ティナさん、ジェイくんとトーカちゃん、そして三姫士の皆さんにはいざという時の"脅威"への対処をお願いして……そんなところですよね、ノルンさん!」


リゼはわざとジョーカーの周囲を飛び回っている水晶玉へそう叫んだ。


「もしこれが貴方とノルンさんの仕組んだ盛大な悪戯なら、黒猫亭のフルコースディナーで許してあげます」


「くく……あははは! 確かに! この大胆さ、そして勇気! 確かに似ているぞ! あのクソババアに、このリゼという女はよく似ているぞ! あははは!!」


 ジョーカーは不気味な高笑いをあげた。

彼の体からドス黒い気配が漂い始める。


「良いさ、小細工はこの際ぬきだ! まとめてこの場で壊し、犯し、蹂躙する! あははは!!」

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