夢見星

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夢見星

 ここは、森の中にある小さな村。その村ではリューベと呼ばれる薬師たちが住んでいて、彼らにしか作れない薬を売っている。この村では十三歳になると、リューベ見習いとして一人前のリューベ目指して薬師の勉強をする。

そして、村の学舎で講義を受けている赤みがかった紫の髪に黄緑の瞳の少女が、ソプラと言うリューベ見習いだ。

十三歳になる前は基礎を学び、見習いになると応用を学び、実技として販売用ではない薬を作るようになる。

「——」

 小さな学舎には講義をする少し年を取ったリューベの声が響く。今日の講義は村長むらおさに認められた上位のリューベにしか伝えられていない薬についてだ。

「——夢見星ゆめみぼしは幻覚を魅せることから現実逃避の薬と呼ばれています。飲んだ人にとって都合のよい幻覚を魅せるこの薬は、病で苦しむ人のための薬ですが現実に不満がある人が飲むことも——」

悪用されないように実力があり口の堅い優秀な上位のリューベにしか伝えられない薬はこの村の薬屋でしか売っておらず、買うには身分を証明するものが必要だったり、契約書にサインをしないと買えなかったりもする。それだけ危険なのだ。

「——飲む頻度が高いと失明——」

 講義をしている村長に認められたリューベは、いかに危険なのかを話しているが、自分が認められた存在で村でも上位なのだという自慢が次第に溢れ出てくる。

「——私のように信頼されるリューベ——」

「……」

 ソプラは微笑み、手の甲で踊る小鳥を撫でながら相槌を打つ。耳から耳へ、リューベの言葉は流れていく。誰かの自慢話をちゃんと聞いておけるほどソプラは真面目ではない。

 机には左右に揺れる花が咲き、周りには半透明な蝶がふわふわと飛んでいる。

「——今日はここまで。次の講義は明後日だから忘れないようにね」

 講義が終わるとソプラは他の見習いに笑顔で挨拶をすると学舎から出る。

「小鳥さんさようなら、虹色の羽がきれいだね」

 ソプラは手の甲の鳥を放つとなにも無いところに手を振る。

「ふんふんふーん」

 ソプラはくるりと一回転する。ふわりと長い髪が浮き、浮いた髪の周りに半透明の花が舞う。

(楽しいなぁ)

ソプラは周りに舞った花にふぅっと息を吹きかけ飛ばす。

(ずっとこの生活が続けばいいなぁ)


 ソプラは家に着くと自室に戻って鍵をかけた。趣味で作ったお香の香りが漂う部屋には本やお香の材料などをしまう棚がたくさんある。ソプラは目立たない所に置いてある引き出しを開ける。中には緩衝材で守られた瓶が入っている。淡い青紫色の液体は瓶の外にも甘ったるい香りを漂わせている。

 瓶から小皿に大匙一杯ほど注ぐとソプラはそれを飲む。少しくらりとするが、目を開けばその先は夢の国。空飛ぶウサギを撫でながらソプラは瓶をしまう。所々花が咲いた部屋を歩いてリスの眠る本棚の奥から一冊の古い本を取り出す。

 これは、少し前にソプラが自宅の物置部屋から見つけた本。名前も知らない先祖が『死ぬまでにリューベに伝わる薬の作り方を全て集めたい』という思いから収集して遺した本だ。


 上位でもないリューベが許可されていない範囲の知識を得て、その知識を本に残したこと。

 許可されていない薬を作ったこと。

 味見と称して禁止されている薬を口にしたこと。


 これは先祖が破った村の掟だ。本の最後のほうは自分語りのページで、自分の望みを叶えるために行った違反行為や、薬を作る才能がないことへの嘆き、森の中にある誰も知らない薬草の群生地を見つけた時の話など、どこを読んでも名前だけは書かれてはいなかったがいろいろなことが書いてあった。

好奇心に負けた先祖の、誰にも知られてはいけない秘密が詰まった禁忌の書。これには先ほどソプラが飲んだ、夢見星の作り方と材料が載っていた。

 ソプラもまた、この本の著者と同じように好奇心に負けてしまった。こっそり作るというのは面白そうで暇つぶしができそうだとそう思ってしまったのだ。

いくつかの薬が載っている本の中で夢見星を選んだのは、『甘い味と匂いがする』と書かれていたからだ。甘味が少ない村に住む甘いものが好きなソプラには魅力的に見えたのだろう。

本を頼りにこっそり材料を採取して作った夢見星は、ソプラにとって甘すぎた。



「おはようネズミさん。体に花が咲いてきれいだね」

 ソプラは飲み始めた時よりも花が生い茂った部屋で目が覚める。

目が覚めると真っ先に夢見星を飲む。最初は週に一度の頻度だった夢見星も、いつしか毎日何回も飲むようになっていた。

 ゆっくり回転する花で埋め尽くされた壁をつたいながら部屋を歩く。半透明だった幻覚はいつの間にか先が見えないほどくっきりとしたものになっていた。

「あれ、リスだ。なんで部屋に?」

 ソプラは手を伸ばす。リスは伸ばした手を透けた。

幻覚にせものだったかぁ」

(いつもいるリスさんとは違って、体の色が茶色かったから現実ほんものだと思ったんだけど。……でもいつものリスさんのほうがいいや。水色のリスのほうがかわいいもの)

 そう思い直すソプラの背後にはくっきりと見える幻覚の大輪の花が咲いていた。



「ソプラ、最近大丈夫?」

 ソプラは姉にそう言われてどきりとした。

「実技の時もぼーっとして失敗することが増えているみたいだし……。体調悪い?」

「最近夜更かししていて……これからはちゃんと寝るね」

 ソプラは言い訳をすると姉の前を離れた。

「……」

 ソプラは扉の前で荒ぶるテディベアを無視してドアを開けると部屋に入る。


『わたし、大きくなったらとーさまかーさまみたいなリューベになるんだ! 困っている人のために薬を作るの』


『ねーさま、見習い卒業おめでとう。私、見習いになったらいっぱい頑張ってすぐねーさまに追いついちゃうからね!』


「……このままじゃ、リューベになれない。憧れの場所に立てない」

 見習いは村長たちに技術を認められないと一人前にはなれない。人の命に関わるかもしれないことを信じられない者に託したくはないだろう。

 規則を破って薬を作り、副作用でまともに生活のできない状態になろうとしているソプラは下手したら一生リューベになれないかもしれない。

「……墓場まで持って行かないと。この違反はなかったことにしないと。今からでもまだリューベにはなれる。今ならまだ間に合う。飲まなければ幻覚は見えない。現実に帰ってこられる」

 ソプラは夢見星の入った引き出しを開けずにベッドに潜った。追加で夢見星を摂取しなかったからか、ほんの少し、幻覚が薄くなった。



 覚悟を決めたソプラはその日から一切夢見星を口にしなかった。夢見星の甘い匂いを誤魔化すようにお香を焚いて、甘いものを欲する口には果物を放り込んだ。夢見星のことを考えないように別のことに打ち込んだ。

 少しずつ透明になっていく幻覚の動物に悲しそうな目で見つめられた時は一瞬迷ったが、下手したらリューベになれないどころか村を追い出される可能性があると言い聞かせて目を逸らした。


 一つ、二つと幻覚は薄れ消えていく。家の廊下の壁際で歌を歌いながら揺れていた花がいなくなるとなにも無い静かな廊下に戻り、いつも周辺をふわふわ飛んでいた蝶たちは消え、散歩の時間が寂しくなった。

「ウサギさん……」

 空飛ぶウサギを看取ったソプラは悲しそうな顔をするが、すぐに前を向いた。

「夢見星は夢を現実で見る薬。ウサギさんは夢に帰っただけ。寝て夢を見たらいつでも会える」

 言い聞かせるようにソプラは呟く。

幻覚ゆめのみんなも私がリューベになるのを望んでいるはず。……大丈夫、頑張れる」

 そう言ったソプラの手に虹色の小鳥が乗った。

「君が最後の幻覚になっちゃったね」

 ソプラは夢見星を初めて口にした時に最初に見たのはこの子だったなぁと思いながら撫でる。

「そろそろ別れの時間かなぁ。……残った夢見星を処分しないと」

(裏庭に穴を掘って中身を捨てて、瓶は洗って処分しよう。材料は使い切ったはずだけど一応確認して、あったら捨てよう)

 ソプラは平たい箱に先祖が遺した本をしまうと紐でぐるぐる巻きにした。

(この本は一旦封印しておこう)

 ソプラは引き出しの奥の奥に箱をしまうと夢見星の入った瓶を持って裏庭に出る。万が一、家族が帰って来た時のために夢見星を茂みの中に置くと軽く穴を掘る。しばらくすると掘った場所からはごつごつとした石が出てきてしまった。仕方がないのでソプラはこの石が埋まったやや浅い穴に液体を捨てることにした。

 茂みから夢見星を取り出す。作りすぎた夢見星はまだ瓶にたくさん残っていて、光に反射してキラキラ光っていた。

「きれいだよね」

手首にとまりながら透き通った声で歌を歌いながらのんびりとしている小鳥に話しかけると蓋を開けようとする。

「あとは捨てるだけ……あっ」

 開けようとした時、手から瓶が滑り落ちた。落ちた瓶は石の角に当たると割れ、中身が跳ね、それに驚いた小鳥は空へと羽ばたいた。

 思ったよりも、ずいぶんあっさりとした終わりだった。

「小鳥さんさようなら、虹色の羽がきれいだね」

 ソプラは空を見上げて、羽ばたいていった小鳥にそう言う。虹色の小鳥は次第に透明になり、最後は霧のようにすうっと薄れて消えた。




 その場には甘い香りだけが残った。




                                    終

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